31.まがいもの
目の前に置かれているのは、透き通ってはいるけれども、形は歪な二つの石だった。
大きさは、多紀の手を握ったくらい。
持ち上げてみると、見た目に反して、ずっしりと重い。
「どう思う?」
率直に聞かれて、多紀は目をこらした。
しばらく上から見たり、手にとってみたけれど、あきらめたようにため息をつくと、降参ですと呟く。
「二つとも、同じにしか見えないです」
形がほんの少し違うだけの、まったく同じ鉱石。
見分けるどころか、普通に店で出されたら、どちらも同じ物だと思って購入してしまうだろう。
「魔女殿はどう思う?」
この石を持ってきた男――中年の商人は、今度は雫の方を見て尋ねた。
面倒そうに、多紀と商人を見ていた雫だが、肩を竦めて首を振る。
「どちらも同じくらいの魔力を発しているし、触った感じも似ている。これを媒体にして魔力を使えば、どっちが本物かわかるけど、そんなことを普通の人間が出来るはずもないからね。見ただけだったら、わからないよ」
「私みたいな魔力のない人間なら、騙されそうです」
本物ならば、とても高価なものだ。
これらの鉱石は、それ自身が何の手を加えなくても、瘴気を中和する作用がある。古い時代から、瘴気避けのお守り代わりになる鉱石として広く知られているが、滅多に採掘されないし、採れる場所そのものが、危険な場所にあることが多いのだ。一攫千金を夢見て、命を落とした者も多い。
多紀も、魔女の店にいるから、これを加工した商品を扱ったこともあるが、値段の関係で、あまり売れないという認識だ。
「で、こういうのが、最近ではこの国で出回っているのかい?」
「そうだ。玄人でも見分けにくいんだから、一般の人間がわかるわけがない。おまけに魔力が込められているから、それが消えるまではそれなりに瘴気除けにはなる。値段も本物の半分くらいだ」
「でも、あまりにも安すぎると、おかしいって思わないんでしょうか」
貴重な鉱石で、滅多に取れないことは誰もが知っている。原石も高いが、加工品はさらに値が上がる。有名な職人や魔法使いが手をいれれば、さらに高価になるわけだから、中途半端に安ければ、何かあるのではないかと疑う者もいるだろう。
「それらしい理由を言って、納得させるらしいな。売りまわっている奴は、口がうまいらしい」
ため息をつきながら答える商人に、雫は眉をひそめる。
「売っている人間はわかっているのかい? あんたの言い方だと、そんな印象を受けるけど」
「そうだな。実はわかっているっていうのは微妙なんだよ。売りに来た人間の特徴は、曖昧なんだ。男で、年は40才くらいで、青白い顔色をしていた、と皆が口を揃えていうんだが、じゃあ、どんな顔だったかって具体的な特徴は覚えていないんだよ」
「そんなに特徴の無い顔だったんですか?」
職業柄、客の顔には注意している多紀なので、そこまで覚えにくい顔というのに興味があった。
いくら平凡な顔とはいっても、まったく記憶に残らないというのはありえない。何か術を使っているのか、それとも、よほどうまく印象に残らないように気をつけているのか。
「着ていた服や靴なんかは皆気持ち悪いくらい覚えているらしいから、おそらく術を使っているんだろうと、考えている」
「なるほどね」
そういいながら、雫は鉱石のひとつを取り上げた。手の中でくるくると乱暴に回し始める。
「本当によく出来た鉱石だよ」
「そっちが偽物ってことですか?」
卓上の鉱石と、雫の手の中の鉱石を見比べてみるが、やはり多紀にはどちらも同じにしか見えない。
「そうなんだけどね。ここまで本物そっくりに作ることに意味があるのかと思ってさ」
「ああ、俺もそこが不思議なんだよな」
商人は雫の言葉に首を傾げる。
「もしかして、これを作るのは、結構難しいんでしょうか」
どういう方法で作ったのかわからないが、確かに、ここまでそっくりにするというのはかなりの技術がいるだろう。ただ加工して似せるならば可能かもしれないが、魔力も込められているのだという。そんなにあちこちに魔法使いや魔女が存在しているわけではないし、魔力を何かの対象物に込めるというのはそれなりに技術も必要だ。
「難しいというのもあるかもしれないけど、面倒だと思うよ」
「つまり、時間もかかるってことですか?」
「そうだね。魔力を注ぐにしても、形や色が似た鉱石を探すにしても、手間はかかる。売れれば儲かるだろうけど、もう商人の間では偽物が出回っている話は広まっているんだろう? こうやって実物を手に入れているくらいだからさ」
雫が商人に尋ねると、迷い無く彼は頷いた。
「ああ。警戒しているし、すでに国の機関にも訴えがいっているはずだ。物が物だけに、訴えはすぐに通ったらしい」
下手をすれば、偽物の鉱石のせいで命を落とす人間が出てくる可能性がある。
なにより、国内にそんな物騒な物が出回っているのは、外聞が悪い。商人によると、どうやら、石が売られたのは、この国だけのようなのだ。
他国では、一切そういう話は聞かないという。それを手にした人間は、この国に住んでいるものか、たまたまここに訪れた時に、手に入れたらしいのだから。
「なんだか、気味が悪い話ですね」
何故この国なのか。
単純に、偽物を売っている人間がこの国の者だという可能性がある。
だが、昔に比べ他国への行き来は頻繁になった。身元を保証する証明書を持っていれば、国境を越えるのも難しくはない。たとえ持っていなくても、抜け道はいくらでもある。同じ場所で同じものを売り続けるのは、いくら魔法で人相をわからなくしていたとしても、捕まる危険性は高くなるのではないだろうか。
それとも、そこまでしても捕まらない自信があるのか、捕まっても構わない何か理由があるのか。
本人に聞いてみなければわからないのだろうが、得体の知れない気味悪さは消えない。
「で、本題はここからだ」
商人が重々しく口を開いた。てっきり雫に鉱石を見せて注意を即しただけかと思っていた多紀は、驚く。
「魔女殿にはこれの分析をお願いしたい」
「私が、かい?」
面倒そうに顔を歪めると、雫はあからさまに嫌だという態度を見せた。
「別に、他にも優秀な魔女や魔法使いはいるだろう?」
「そうだな。正直言うと、何人かに同じ依頼をしたんだ。でも、これまたいろいろなんだよなあ」
「いろいろ?」
「見た人間によって、魔法の質が違って見えるようなんだ」
そんなことが出来るのかと驚いて雫を見ると、何故か目が輝いていた。そういえば、雫は、妙なものや、得体の知れない魔具を調べるのは好きだったはずだ。
「そりゃ面白いかもしれないけどね」
態度だけは興味なさそうな雫に、商人は頼むよといいながら、頭を下げた。もちろん、ここへ何度か来たことがある商人は、雫がこういうものを調べることが好きなのだということは知っている。
「今、いろんな相手に分析してもらって、それを元に作った人間を特定できないか調べてるんだが」
顔をしかめた商人は、大げさなほどに大きなため息をついた。わざとらしい仕草だが、誰も敢えて指摘はしない。商人の目だけが、常に無く真剣だからだ。
「もしかすると、魔物が絡んでいるかもしれない、という話も出ている」
「魔物、ですか?」
商人のその言葉に真っ先に反応したのは、多紀の方である。こういう話に魔物が絡んでくると、ろくな事にならないと、経験上知っているのだ。
「売っている人は、間違いなく人間だったんですよね」
「ああ。一応はそういうことになっている」
ただ、術を使われると見分けられないかもしれないと商人は言った。以前、雫は魔物を人間に見せかける薬を作ったことがある。だからこそ、実は魔物だったということが絶対にないとは多紀も口にはできなかった。
「だいたい、人間が作ったにしては、出来過ぎてるからな」
魔女も魔法使いも人間だ。
そして、魔物ほど完全に魔法を使いこなせているわけではない。
魔法使いは、元々の才能だけでなくかなりの努力が必要だし、魔女は持って生まれた魔力も使える魔法も生涯変わらないのだ。
どちらかといえばどの魔法もそつなくこなし、なおかつ魔力が成長とともに増える可能性がある魔物とは比べものにならない。
そのあたりは雫にもわかっているらしく、商人の言葉に苦笑している。
「あまりにも完璧すぎる偽物だからね。少なくとも、私には、こんなものは作れない。時間がかかれば似たようなものは出来るかもしれないけど、仮にうまくいったとしても、数をこなすのは無理だと思うよ」
「確かに、これは短期間で多く出回っているしな」
「売る前に大量につくり置きしていたってことは?」
日持ちするものならば、雫が作るお守りや薬のように、あらかじめ作っておくという方法があるかもしれない。だが、その質問に、商人は首を振った。
「それは無理だと思う。時間が立てばこの鉱石にかけられた瘴気避けの効果が消えるみたいだし」
もし、大量に作ったのならば、考えられるのは、複数の人間がかかわっているか、魔力の高い魔族が作っているという可能性だけだという。
「とにかく、雫さんの分析も知りたいんだ。結果はまた聞きにくるから」
商人の言葉に、雫は肩をすくめた。
「善処してみるけど、あんまり期待しないでほしいね」
「わかってるよ」
商人は苦笑すると、よろしく頼むと繰り返し、店を出ていく。
後に残された雫と多紀は、互いに顔を見合わせながら、やっかいなことになったと思っていた。
「で、どうするんですか、それ」
雫の手の中に残された鉱石を見つめながら、多紀は尋ねる。
「言われたとおり、ちゃんと調べるさ」
あっさりと口にする雫に多紀は不安げな顔を向ける。
「多紀、心配しなくても、余計なことに首を突っ込んだりしないよ」
多紀が心配しているのは、下手に魔物にかかわってしまうことだ。この店に来る魔物たちは割合友好的だが、すべてがそういうわけではない。
攻撃的な者もいれば、人間を食料だと思うものもいる。
普段は人間に興味がないものでも、自分の領域を犯されれば、攻撃的になる場合もあった。
「どんな相手が関わっているかを知れば、何かの役に立つかもしれないだろう?」
「それはどういう意味ですか」
「なんだろうねえ、これを手にした時、いやな感じがしたんだよ。得体の知れない気持ち悪さっていうのかね。だから、調べてみたいって思ったのさ」
いつもの雫らしくない歯切れの悪さだが、その顔はめずらしく真剣だ。
「魔王復活の噂も気になるしね、この森や村を守るためにも、知り得る知識は全部手にいれたい」
そう言いながら、雫は多紀の頭をくしゃりとかき回した。まるで、小さな頃にしてくれたように。
「もちろん何もないのが一番だけどね。……手伝ってくれるかい、多紀」
「当たり前じゃないですか」
ただの人間の多紀に出来ることは少ないだろう。
それでも雫が守りたいものは、多紀にとっても守りたいものだ。
こんな偽物ひとつに振り回されたくはない。
そんな思いとともに、多紀は雫と共にやれることをしようと心に決めたのだった。




