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19.てがみ

親愛なるお姉様。


寒く長い季節も終わり、そちらではそろそろ花綻ぶ頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。

王都は、そちらよりも北にあるせいか、まだまだ寒い日が続いています。寮は年期が入っていて、あちこち隙間だらけですが、この間姉さんに送ってもらった膝掛けや上着で、なんとか凌げているから、大丈夫だよ。

同室の子も、羨ましいっていました。彼女は、ずっと南の方から来たので、こちらの寒さはきついようです。あんまり羨ましがるから、この間ちょっとだけ上着を貸してあげました。

おかげで講義の時、風邪をひかずにすんだと、喜んでいます。


そうそう、私も王都に来てもう1年ですが、この間、通っている魔術学園にびっくりするような人がやってきました。

本物の王子様です。

姉さん、王子様なんて近くで見たことある? 私はもちろん初めてです。今まで、遠くで眺めるくらいだったのに、いきなり至近距離で王子様だよ! 王族の方なんて、私たちみたいな平民は、王宮前の広場で式典の時に遠目に見るくらいだから、本当に貴重な体験でした。学園内も大騒ぎで、同級生の何人かは、緊張しすぎて気分が悪くなったようです。

先生方だって、王子様に失礼がないようにと大慌てで、結局その日の授業のほとんどは中止になってしまいました。

ところで、姉さん。どうして王子様がこの学園に来たんだと思う?

姉さんも知っているように、この学園に通っている生徒のほとんどは平民です。貴族の子供もいないわけではないですが、そういう場合はたいてい家がとても貧乏で、貴族とは名ばかりという人が多いです。

でも、家柄にこだわらず、成績優秀ならばどんな人でも援助を受けて通うことが出来るという制度がこの学園にあるせいで、卒業生には有名な魔法使いがたくさんいます。

それが理由なんだそうですよ、王子様の訪問。

最近、国境付近で普通の剣で倒せない魔獣が暴れることが多くて、その対応のために、優秀な魔法使いを卒業後軍に勧誘したいということで来たみたいです。王子様自ら来るのはなんでかなと思ったら、その王子様は、学園に多額の援助をしているんだって。

そういえば、入学の時、そんな話を聞いた気がするけれど、忘れていました。だって『援助』という名前でこの学園に寄付している人は、たくさんいるんですから。王子様は王様の12番目の息子で、あまり表に出てこない人だから、名前もうろ覚えだったんです。

だけど、王子様は、さすがに王子様って感じの方でした。物腰だって優雅だし、笑顔もきらきらしています。着ている服は、簡素なものでしたが、生地も上等なものだし、縫い目も刺繍も丁寧で、お金かかってそうな感じでした。

それでね。

なんと、私、王子様にちょっとだけ声をかけられたんだよ!

とはいっても、『この学園は、楽しいか?』って言葉だけだったですけれど。返事はちゃんとしました。先生に教えてもらった王族に対するお辞儀だってちゃんと出来ました。

あんまり緊張しすぎて、声が裏返ってしまったことだけが心残りです。さすがに王子様は変な声になった私にあきれることもなく上品に笑っていましたが、こっちは顔から火が出るくらいはずかしかったです。

隣に立っていた同級生の男の子が、必死で笑いをこらえていたので、本当に可笑しな声だったんだろうなあ。

そういうふうに、相手を笑ったりしないところも、常に笑顔で優しげな雰囲気を漂わせているところも、王子様って、さすがって感じだよね。ちょっと嘘っぽいけれど。

でも、私はやっぱりそこらへんにいる普通の男の子がいいです。気軽に話せるから。だって、私が普段家で話しているようなことが言えない人なんて、窮屈だもの。


結局、王子様は、半日かけて学園内を回り、あちこちを見学されたみたいです。

聞いた話では、何人かの先輩が、卒業した後、軍に入ることが決まったようです。私はまだ1年生なので、そういう話はなかったけれど、誘われたとしても、軍はやっぱりちょっと恐いな。私が目指すのは、魔女を凌ぐすごい魔法使いなので、いずれどこかの研究機関で働きたいなって思っています。そのためには、勉強もがんばらないといけません。まだ、あと3年も通うんだしね。

今のところ、順調に勉強も進んでいるので、落第の心配もないと思います。その辺のことは、安心してください。


次の休暇の時には、流行のお土産をたくさん持って帰ります。

森の魔女にも、よろしく言っておいてください。前回よりも、ずっと魔法使いとしての腕はあがっているから、ぎゃふんと言わせるのも時間の問題だよってね。


それでは、姉さん。体にはくれぐれも気をつけてください。


あなたの小さな妹より。



          *          *



「何をにやにや笑っているんだい?」

 雫の声に顔を上げると、多紀は妹から手紙が来たのだと話した。

「妹っていうと、紗英のことかい?」

「はい」

 多紀には弟が二人と妹が一人いる。末の妹は多紀になついていて、小さい頃はよく彼女の手を引いて森の中へと遊びに来ていた。魔女の店にも時々顔を覗かせていたが、いつも紗英は多紀の後ろから雫を睨んでいた。

 後になって、それが大好きな姉と親しくする魔女への嫉妬心だったと知ったのだが、当時は不思議に思っていたのだ。

「そういえば、紗英は魔法使いになるとか言って、王都の魔術学校にいるんだったね」

「はい。紗英は結構成績優秀らしいんですよ」

 兄弟の中で、末の妹は勉強することが好きという変わり種だった。他の子が、遊ぶことばかり考えていた頃から、一人熱心に勉強していたように思う。

 そんな紗英は、町から勉強を教えに来た神官の推薦もあって、13歳の時に町の学校へと通いはじめ、そこを卒業した後は、魔法使いになると宣言して、そのまま王都へと行ってしまった。

 帰って来たのは、年に一度だけある長い休暇の時だけだ。

 行き帰りに時間がかかるし、まだ見習いの紗英には高度な転移魔法は使えない。お金を払えば、一般人でも魔法使いに頼んで利用できないこともないが、費用は莫大かかる。貧乏学生には陶然払えないから、仕方ないということらしい。

「雫さんに対抗するために魔法使いになるんだって言っていたけれど、本当に実現しちゃうとは思いませんでしたよ」

 子供の頃から魔女になれないのなら、魔法使いになると言っていたが、誰も本気にはしていなかった。魔法使いなど、よほど優秀でなければ、なれるものではない。お金だってかかる。紗英が通っている学園には、お金のない子供たちを援助する制度もあるが、成績が落ち込むとすぐに打ち切れられてしまう。

 それに、魔法使いはあまり人がなりたがるような職業ではないから、両親も他の兄弟たちも、かなり反対していた。応援していたのは、一番上の兄と自分くらいだったなと、多紀は思い出して苦笑する。

兄は家を継ぐことが決まっていたから、兄弟たちには自分のしたいことをすればいいと言っていたし、多紀も自分が早くから働いていて、好きなことをすることが出来なかったから、兄と同じ気持ちでいたのだ。もちろん、末の妹が自慢できるくらいに優秀だったということもある。それを生かせるようなところへ行って欲しいと思うのは自然な流れだろう。

「紗英は、対抗するって、確かにいつも言っているけどね。だいたい、なんだって、いつもあの子は私に突っかかってくるんだか」

 雫は、過去の数々のささやかな嫌がらせの数々を思い出したらしい。

 嫌がらせといっても、子供がやることだ。今ならば笑ってしまうようないたずらが主だったし、雫もあきれながらも、それなりに相手をしていたはずである。

 雫もわかっているのだ。

 紗英が、いろいろやりながらも、魔女が薬草を採りに行くところについていったり、それを調合するのを熱心に見ていたことを。

 だから、よほどのことがない限り、雫は紗英を店から追い出したりしなかった。質問をしてきても、きちんと答えていたのだ。雫なりに、自分がしていることに興味を持つ子供に、親しみを感じていたのかもしれない。

 今それを言っても、素直ではない雫は頷かないだろう。きっといつもと同じ顔で、追い返すのも面倒だったんだと答えるだけだと知っている。

 こっそり気づかれないように口元に笑みを浮かべると、多紀は小さかった頃の妹のことを思い浮かべた。

 あの子が、初めてに魔女に対する複雑な気持ちを口にしたのは、女の子らしい理由だったはずだ。

「あの子の初恋の子、雫さんが好きって言って、あの子を振ったんですよね。家に帰ってくるなり泣き出したから、大変でした」

 同じ年に生まれた幼なじみの男の子のことが、紗英は大好きだった。

 でも、その男の子は、大人で文句を言いつつ子供の相手をする女性を憧れの目で見つめていたのだ。雫のところへ行くときに限って、紗英を置いてけぼりしていたことにも、彼女は傷付いていたらしい。

「いや、それは10歳にもならない子供の言葉だよ。本気じゃない。お菓子につられて好きって言っていたようなものじゃないか」

「今なら、あの子にだってわかるんでしょうけどね。紗英だって、ここでもらうお菓子は好きだったんですから」

「私は、理由はそれだけじゃないと思うね。紗英が私に敵対心を燃やすのは、多紀のせいもあるんだよ。昔から、この家に入り浸っていたからねえ。大好きな姉が、魔女のことばかり気にしているから嫌だったんじゃないか」

「だって、私、ここが好きでしたから」

 紗英とは違う意味で、多紀はここが好きだった。

 ゆっくり流れていく時間も、だらだらしている雫も、今はもういない優しい年老いた魔女のことも。

「……そう真顔で言われると、妙に恥ずかしい気がする」

 ぼそりと、雫が呟いた。いつもと違って、あらぬ方向を向いているのは照れているせいかもかもしれない。

「でも、本当のことですよ。私も、紗英も、ここが好きなんです」

「紗英は、少し違うような気がするけど。まあ、私はそれほど紗英のことを嫌っているわけじゃないよ。いつまでたっても、小さないたずらっ子って感じだしね」

 明後日の方向を見ながら答える雫の耳は、少し赤い。

「次のお休みには帰ってくるみたいです。あの子、魔法使いとしての上達ぶりを見てもらうのを楽しみにしているんですから、ちゃんと相手してくださいね」

「はいはい」

 面倒そうな返事を聴きながら、多紀は笑う。



 次の休みの日、帰ってきたら、妹はすぐにここへ来るだろう。

 前回と同じように、息をはずませて、いきなり扉を開いて「ただいま」と口にする。

 雫はうるさいねえといいながら、店の奥から出てくるだろうし、多紀は抱きついてくる妹を受け止め、それから「おかえりなさい」と返すのだ。

 それほど遠くない未来のことを考えながら、多紀はもう一度、笑った。

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