表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/45

11.さいきんのこと

「雪が多くて、困る」

 村の酒場で、赤ら顔の男が溜息まじりにそう言った。

 確かに、今年の冬は雪が多い。もちろん、元々寒い土地柄だから、雪は珍しくない。問題は、その量なのだ。いつもよりも深い雪にすっぽりと覆われた村は、何度雪を掻いてもすぐに元通りの雪景色になり、村人もあまり出歩かなくなった。

 街からやってくる寄り合い馬車も最近では滞りがちで、村自体にも活気がなくなってきている。

 村唯一の酒場であるここも、いつもに比べて人が少ない。数人の男性と店主、それから女性の客が二人だけだ。

「隣国では、最近、魔獣も多いそうだよ」

 痩せぎすの男が、暗い顔でそう口にすると、赤ら顔の男も頷いた。

「ああ、この間村に来ていた行商人も、そんなことを言っていたな。国境近くの街道沿いに魔獣が出るせいで、隣国から仕入れていた物が品薄になっているんだとさ」

「人を襲っているのか。やっかいだな」

 魔獣は、魔物と違い数は多いが、臆病な性質のものがほとんどだ。子育て中であるとか、住処をあらされるなどしなければ、あまり人が多いところには現れない。

 たまに人を食う魔獣もいるが、その殆どは人に退治されることを厭って、あまり街道沿いには出てこないのだ。知能が高い魔獣ほど、その傾向は強い。

「軍は何もしないのか」

「いや。軍だけでなく、傭兵や冒険者の類もかり出されているんだが、うまく捕まえられないらしいんだ」

 赤ら顔の男の問いに答えたのは、また別の黒髪の男だった。この店の常連客で、隣国に親戚がいる彼は、村人たちが知らない情報をもっていることがよくある。

「軍の連中が手におえないほど、凶暴な魔獣なのか」

 赤ら顔の男は、おびえたように身をすくませた。そんな魔獣が出ることは稀だが、もし出会ってしまえば、何の力も持たない人間など太刀打ちできないだろう。優秀な軍人でさえ、てこずることは多いのだ。

 だが、そんな不安そうな男に、黒髪の男はさらに憂鬱そうな顔を見せる。

「いや。魔獣自体はそれほど強くないらしい。ただ数が多いのと、さまざまな種族の寄せ集めにもかかわらず何故か統率がとれていて、人間の裏をかくらしい」

「それは、まさか誰かが操っているとか?」

 本来、魔獣は種族が違うものたちで集うことはない。仲間内同士ならば、群れとして集うこともあるのだろうが、別種族でなどとは聞いたこともなかった。魔獣使いという存在がいるが、彼らでも、それほど複数の魔獣を操ることはできないのだ。

「その可能性もあるってことだ。いくら魔獣を捕まえても、それ一匹は取り立てて目立つところもない普通の魔獣で、かといって何か魔法をかけられていたり、行動を操るような魔具もつけられていないらしい。どちらにしても、軍の方もいつまでも手をこまねいているわけにもいかないからな。いろいろ対策は練っているようだが、いい成果があったという話は聞いていないな」

 黒髪の男は、深いため息とともにそう締めくくった。

 ほかの男たちの顔も、どこか暗い。自分たちにはどうしようもないというあきらめにも似た空気さえ感じられた。

「まあ、俺たちにできることなんてないから、ここで文句を言ってもどうにもならないんだがな」

 赤ら顔の男の言葉に、皆がうなずく。彼らは、ごく普通の村人に過ぎないのだ。訓練を受けた軍人でも、腕っ節に自信があるわけでもない彼らにできることといえば、なるべく魔獣とかかわらないように、あったとしても一人で立ち向かわず逃げて、それをしかるべきところに知らせるくらいだ。

 そのことをいやというほどわかっているから、彼らは気分を変えるように店主を呼び、新しい酒と食べ物を注文する。

 そして、ほどなく、男たちの話題は別なことに移っていった。



「あんまり、いい話をしていないですね」

 果実酒をすすりながら、多紀が溜息をつく。

「そうだね。なんだか、暗い話が多い」

 多紀と同じく果実酒を手にしていた雫が、酒場に集う人々を眺めながら、やはり溜息をついた。

 普段は、森からあまり出ない雫と、やはり用事がなければ店から離れない多紀だが、時には買い出しついでに村まで出かけることがある。

 目的は、村の酒場だ。

 こんな場所にあるにしては品揃えが多いと評判の村唯一の酒場の常連客でもあるのだ。

 ちなみにお酒に目がない二人は、店主に頼んで、幾つか珍しい酒を特別に仕入れてもらっている。

「そういえば、店主も、最近国外の酒は手に入りにくいと言っていたな」

 特に隣国で作られた酒に、その傾向がある。今回も、注文していた酒が数本、入荷できてないという。

「やっかいなことに、ならなければいいがね」

 幸い、この辺りではまだ魔獣の襲撃という話は聞かれていない。

 だが、もし男が言うことが本当ならば、いずれその被害がこちらに及ぶということも考えられるのだ。

 それに、同じ大陸に存在する国同士だ。

 たとえ、国境の警備をどれほど強化しようとも、相手が統率された魔獣だとすれば、人ごとではなくなる日がくるかもしれない。

「ただの、杞憂だといいんだけどねえ」

 いつになく憂鬱そうな雫の言葉に、多紀も力なく頷いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ