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10.こうして、ああして

 店の扉が、可愛らしい鈴の音を鳴らしながら開いた時、多紀は大きな荷物を抱えて考え込んでいた。

 しばらく寒い日が続き、昨日は雪も降っていたから、客は来ないだろうと、すっかり油断していたのだ。だからなのか、慌てて振り返って客に愛想良く笑いかけようとして、転びそうになった。

 持っていた荷物は転がり、自分自身も床に体を打ち付ける。そう思ったのに、そうならない。

 何かがすばやく床と多紀の間に滑り込んできて、衝撃を和らげたのだ。

 自分を抱え込んでいる、この感触は間違いなく人―――しかも、見たことのある客の一人。

 いつも、雫と二人で話のネタにしている無口な客だ。

 体格がいいし、鍛えているとは思っていたが、想像以上に、男の体は硬かった。

 厚い上着のせいだけではなく、かなり中身はがっちり系とみた。考えてみれば、触れたことがあるのは、男の指先だけなのだ。

 今、その指先は、手袋に包まれて見えない。

 そのことを何故か残念だと思い、慌ててその考えを振り払う。そもそも、こんなふうに呆けたように男の上にのったままなのは、はしたないことだ。男にしても迷惑だろう。

 そう思い至った時、男が身じろぎした。

「あ、ありがとうございます」

 慌てて男から体を離し立ち上がると、頭を下げる。男の方も、ゆっくりと身を起こした。

「ごめんなさい。どこか怪我していませんか?」

 心配そうに尋ねると男は無言で首を振る。それどころか、反対に気遣うような目差しを向けられてしまった。

「ええと、私は大丈夫でした。本当に助かりました」

 多紀がそう言うと、口元を緩め、男は微笑んだ。

 反則だ、と多紀は思う。普段、無口であまり感情を出さない人が、こういう顔をすると、妙にかっこよく見えてしまう。

 しかも、初めて見る笑顔は、色んな意味でやばかった。前に幼馴染みの柚那が、無愛想な相手が、ふと違う表情になると、意外に胸にくると言っていたが、こういう心境なのだろうか。

 いや、しかしここでときめいていても仕方ない。とりあえず、彼は客だ。

 そう思って居住まいを正した多紀だったが、男がじっと自分と見ていることに気がつき、狼狽してしまった。

 目が、何をしていたのかと問いかけている気がする。

 気がするだけで、実際は呆れかえっているのかもしれないが、そんなふうに解釈することにした。でなければ、この妙に重苦しい沈黙に、多紀が耐えられない。

「今日はさすがにお客様が来ないだろうと、片付けをかねた模様替えをしていたんです」

 ああ、と溜息にも似た声が、男から聞こえた。

 外された視線の先には、うすく曇った窓がある。はっきりは見えないが、薄暗い景色の中に、白いものが混じっているのがわかった。昨日からの雪は、まだ降り続けているのだ。

「ただの気分転換のつもりだったんですけれど、つい夢中になってしまって」

 店の持ち主でもある雫は、居心地さえよければ、内装にも物の置き場所も気にしない。基本的には、多紀の好きなようにしていいということになっている。

 多紀自身は、室内や店内の模様替えをするのが楽しいから、雫の許可のもと、気が向けばいろいろといじっているのだ。

「そうか」

 男がぐるりとあたりを見回し、感心したように呟いた。

 何だろうと男を見ると、少しだけ考え込んだ後、口を開く。

「いつも居心地がいいと、そう思っていた」

「え、は、はい?」

 思わず声が上擦ってしまっていた。まさか、この人がこんなことを言うとは思わなかった。むしろ、内装とか雰囲気とかには興味がない気がしていたのだ。

 やはり人は見た目ではわからない。

 それでも、誉められたことは嬉しかった。照れくさくはあるが、普段、そういうことを言ってくれる人はいないのだ。今までここに来た客たちも、気が付いていても面と向かって何かを口にすることはなかった。

「……ありがとうございます」

 小さくお礼を言うと、男は表情を緩めたまま頷いてくれた。

「ええと、今日もいつもの品でいいですか? 前来られてからそれほど日にちがあいていませんけれど、もしかして足りませんでした?」

 照れ隠しもあって、多紀は男から目を逸らすと、店員らしくそう言った。

「いや」

 だが、多紀の質問に、男は静かにそれだけ告げる。

 しばらくの沈黙のあと、言葉がさすがに足りないと思ったのか、再び口を開いた。

「量は十分だった。ただ、しばらく遠出をしなければならなくなったので」

 そこで、男は言葉を切ったが、恐らく続くのは『遠出するぶんの追加が欲しい』ということだろう。客としてやってくる男との付き合いは、これでも結構長いのだ。雰囲気や視線、表情などで、なんとなく言いたいことを当てることは出来る。たまに間違えるのは、ご愛敬だ。

 それよりも、多紀が驚いたのは、男には珍しいくらいにたくさんの言葉を聞いたことだ。こんなに男の声を聞いたのは、初めてではないだろうか。

 しかも、男は、『だが、その前に』と、さらに呟いた。

 何のことを言っているのかと思って男を見ていると、彼はそのまま、床の上の荷物を拾い上げると、『どこへ置けばいいのか』と尋ねてきたのだ。

「あ、いえ。そのあたりに投げておいてもらって、全然かまわないです」

 元々、模様替えは一人でやるつもりだったし、普段から手伝ってもらう男手などないのから、少しくらいの力仕事は平気である。それに、客に手伝ってもらうわけにはいかない。

「女性一人で模様替えは大変だろう」

「だ、駄目ですよ。お客様なんですから」

 男の手から、荷物を取り返そうと多紀は手を伸ばしたが、あっさりとかわされてしまった。

「いつも、この店には世話になっている。それに、あなたのする模様替えとやらは、楽しそうだ」

 何故、そうなるのか。一度くらいなら社交辞令で言ったという可能性もあるが、どうやらそうではないようなのだ。

 それでも、彼はお客様。

 お客様にそんなことはさせられないと食い下がる多紀に、男は再び笑った。

 だから、その笑顔は反則なんですってば、と言いたいのをぐっと堪える。

「雫さん―――店主に怒られてしまいます」

 さすがにここまで言えば、あきらめてくれるだろう―――などという考えは、甘かった。

「ならば、一緒に怒られればいい」

 あっさりと男はそういってのけた。

 そういう問題ではないのだ。そう訴えるが、男も引く気はないらしい。

「さて、これはどこに置けばいいのかな」

 そう強く言われ、結局多紀は折れてしまったのだった。



「……何やっているんだい、あんたたち」

 雫が店に現れた時、そこでは二人の男女があっちこっちに荷物を動かしている真っ最中だった。

「ええと、いろいろわけあって、こういうことになっています」

「手伝っている」

 重なった二人の言葉に、雫がなんともいえない微妙な表情を浮かべる。それを見返した多紀の顔は、どこか疲れ切ったものだった。

「雫さんが言いたいことはわかります。お客様にこんなことをさせるなんて、駄目だってことも」

「なるほど、押し切られたんだね。そうか。見た目と違って、このお客は意外に人のことを見ているようだね」

 多紀は、押しに弱い。

 笑顔でも浮かべてお願いされると、押し切られてしまうこともしばしばだ。金銭に関しては厳しいのに、知り合いや、ちょっと親しくなった相手に対しては結構甘くなる。悪意のない純粋なお願いなら尚更だ。

 実際、それでよく雫に拝み倒されている。

 男は何も言わなかったが、否定しないところを見ると、案外雫の想像はあたっているのかもしれなかった。

「雫さん。そういうこと言っている暇があったら、手伝ってください。というか、ここは私が手伝うから、模様替えは大丈夫とか、そう言い切ってくれたら嬉しいんですけれど」

「嫌だ」

 雫はあっさり言い切ると、そのまま壁際へと移動する。

「面倒だし、だいたい、私が手伝うと邪魔になると思うよ。物を壊してもいいというなら、やってみるけどね」

「気持ちの問題ですってば。本当に手伝うかどうかは別な話です」

 その時、室内に響いたのは、小さな笑い声だった。雫でも多紀でもないそれは、男のものだ。

 わずかに口元を緩めた男が、二人を見て笑ったのだ。

 多紀は、さきほど笑顔を見たが、雫は初めてである。少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐにそれは人の悪そうな表情に変わった。

「いやはや、想像以上に面白い客だね」

 なにが雫を喜ばせているのか、最近では一番の機嫌の良さだ。今朝までは、寒いと文句を言って不機嫌そうにしていたのに。

「面白いものをみせてもらったし、そうだね。今日はみんなで模様替えってことにしよう」

 壁際から多紀の側に移動した雫の手には、いつのまにかハタキが握られている。

 普段、絶対に触ったりしないものだから、持ち方が変だと指摘したいのに、多紀には言えなかった。不気味すぎて。

「ほら、多紀。あんたが指示ださないと、進まないだろ」

「はあ」

 期待するように雫と男に見つめられ、多紀は肩を落とした。

 ただの、気分転換の模様替えだったはずなのに、どうしてこんなことになったのか。

 多紀は、今日何度目かの愚痴を、心の中だけで呟いた。



 結局、あれこれ指示を出すことになってしまった多紀だが、模様替えは思ったよりも早く終わってしまった。

 多紀一人では、夕方までかかっていたはずだ。

 雫はともかく、こちらのお願い通りに丁寧に片付けを手伝ってくれた男のおかげだろう。

「ありがとうございました。あの、お茶でも如何ですか?」

 多紀が、手伝ってもらったお礼も兼ねてと思うと残念そうな顔をされてしまう。

「いや、そろそろ戻らねばならない」

「あ、もしかして、やっぱりお時間がなかったんじゃないんですか」

 押し切られてつい甘えてしまったが、魔女の店がある森は、大きな街道から少しはずれた場所にある。一番近い村はすぐそこなので、遠くからやってくる客の中には、そこの宿で一泊するものもいるくらいだ。半日も馬を走らせれば、大きな街につくから、そちらに宿を取るというものも多い。

 だが、この男は、いつも宿には泊まっていないし、馬や馬車をどこかに預けている様子もない。

 どうやって村までやってくるのだろう。

 妙なことが気になってしまったが、なんとなく聞きづらいものがある。そういうことは、なるべくこちらから尋ねない方がいいというのは、魔女の店に来るものの殆どが訳ありだからだ。

「夕方までに戻ればいいから」

 こちらが気を使わずにすむように言ったことかもしれないが、一応、安心する。もし本当に忙しいのならば、男はきっとそういうだろう気もしたからだ。

「すぐに、品物を準備します」

 必要な数を確認しながら、急いで商品を取り出す。いつもよりも多い量は、やはり遠出とやらと関係あるのだろう。

 男は、いつものように丁寧にその品物を確かめ、いつもと同じに、きっちりと金額ぶんだけの金を差しだした。

「今日は楽しかった。ありがとう」

 何故お礼を言われたのか。問い返そうと口を開いたが、遮るように男が言葉を続けた。

「次に来るのがいつになるかはわからないが、茶はその時飲ませてほしい」

「あ、はい」

 思わず返事をしてしまうと、男がまた口元を緩める。

 考えてみれば、男がこれほど表情を変えるのも初めてのことではないだろうか。

 いろんな意味で、驚くことばかりだ。

「お待ちしています」

 多紀はそう言って頭を下げた。今回は出来なかったが、次の時のために、とびきりいいお茶を仕入れておこうと思いながら。

 そして、男はいつものように『失礼する』と言って、店を出て行った。



「なんだ、あの男。意外に話すじゃないか」

 男を見送ってから、雫は驚きを隠しもしないでそう言った。

「びっくりしました。口数は多くないですけど、こんなに会話が続いたのは、初めてかもしれない」

 新記録です、と多紀も言う。前回、もっと話が出来たらとは思っていたが、ここまでいろいろ会話が出来るとは考えもしなかったのだ。

 偶然とはいえ、模様替えをしていたのがよかったのかもしれない。

「面白い日でしたよ、今日は。……あ、しまった」

 最後に呟いた声を耳ざとく聞きつけた雫が、あまり興味なさそうに尋ねてくる。

「あんたがそんなに悔しそうな顔をするってことは、お代を間違えたのかい? それとも、お釣りを渡し忘れたとか」

「違います。あの人、毎回、きっちり金額通りのお金しか渡してこないし」

「だったら、なんだい? いい男だから、口説こうとしたのに、しそこねたとか」

「なんで、私があの人を口説くんですか」

「そうだったら、意外に面白いかと思ってさ」

「それ、面白いのは雫さんだけの気がするんですけれど」

 実際、そういうことになったら、何かにつけてからかわれそうだ。

「それなら、何が『しまった』なんだい?」

「名前ですよ。聞き損ねました」

 絶好の機会だったのだ。少しだけ、仕事以外の話もしたし、なんとなくいろいろ聞けそうな雰囲気もあった。

 それなのに、それなのにー。ぎりぎりと、上着の裾を握り締めると、多紀は唸る。

「すごく悔しい気分です」

 そんな心底がっかりした様子の多紀に、雫は豪快な笑い声を上げたのだった。

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