「他人が羨ましい」嫉妬は未来のための原動力。良くも悪くも働く内燃機関【関係の力学_嫉妬】
関係の力学――嫉妬
1.嫉妬は悪い物なのか?
嫉妬とは何か。
なぜ人は、自分より成功した人、自分より評価された人、自分の欲しいものを持つ人を見たとき、心を揺らされるのか。
そして、その揺らぎはなぜ、
「自分もそこへ行きたい」
という推進力にも、
「あいつを引きずり下ろしたい」
という攻撃にも変わるのか。
ここでは嫉妬を、単純に醜い感情、未熟な感情として扱わない。
嫉妬によって何を観測しているのか。
そこで生じた力がどこへ向かうのか。
自己と他者の位置関係がどう変化するのか。
その力学を見ていこうと思う。
2.嫉妬は心の揺らぎ
嫉妬とは、他者との比較によって自己の現在位置と欲求の差分を検出したときに生じる揺らぎであり、その力を自己の移動へ使うか、他者の移動へ使うかで結果が変わる。
3.嫉妬がなぜ悪いといわれるのか
嫉妬には悪い印象がある。
人を妬むな。
他人の成功を喜べ。
嫉妬は醜い。
妬む暇があるなら努力しろ。
社会規範としては理解できる。
嫉妬から他者を攻撃し、成果を毀損し、足を引っ張る人間が増えれば、社会全体の挑戦コストが高くなるからである。
しかし、この規範をそのまま個人の内面へ持ち込むと別の問題が生じる。
「嫉妬してはいけない」
と思うほど、自分が嫉妬していることを認めにくくなる。
すると、
「あいつは性格が悪い」
「運が良かっただけだ」
「大したことをしていない」
「評価している周囲がおかしい」
と、嫉妬とは別の説明を作り始めることがある。
本当は、「羨ましい」だけかもしれない。
ならば問題なのは、嫉妬という感情そのものなのだろうか。
それとも、その感情をどのように処理するかなのだろうか。
4.嫉妬を捉えなおしてみる
ここでは嫉妬を、
他者の持つ状態・成果・関係・評価などを観測したことで、自分の現在状態との差分が意識され、自己が揺らいだ状態
として考える。
対象になるものは多い。
能力、収入、容姿、人気、地位、恋愛、愛情、承認、自由、人間関係、才能、経験、機会、など。
重要なのは、「相手が何かを持っている」だけでは嫉妬にならないことである。
自分にとって価値のないものなら、相手が持っていても大して揺らぎはしない。
つまり嫉妬には、
他者の状態の観測
と、
自分もそれを価値あるものとして認識していること
の二つが必要になる。
その意味で嫉妬は、自己の欲求を検出するセンサーでもある。
また、広い意味では嫉妬を「感動」の一種として扱うこともできる。
ここでいう感動とは、美しいものを見て涙することだけではない。
外部から刺激を受け、それまで安定していた自己状態が動くこと。
喜び、怒り、恐怖、憧れ、悔しさ、嫉妬など。
いずれも、外部との接触によって自己が揺らいだ結果として捉えられる。
5.構造図
嫉妬の基本構造は、次のように置ける。
他者を観測する
↓
他者の状態に価値を認める
↓
自己の現在状態と比較する
↓
差分を検出する
↓
自己が揺らぐ
↓
「なぜ自分にはないのか」が発生する
↓
差分を処理しようとする
ここから大きく二方向へ分かれる。
『自己移動型』
嫉妬
↓
差分認識
↓
相手の履歴を観測する
↓
自分の現在位置を測る
↓
不足や過剰を認識する
↓
不足や過剰を無くすよう自身を移動させる
↓
履歴が増える
↓
自己位置が変化する
『他者移動型』
嫉妬
↓
差分認識
↓
劣位感が発生する
↓
相手の欠点を探す
↓
成果を過小評価する
↓
批判・攻撃・妨害する
↓
相手の評価を下げる
↓
相対差が縮まる
↓
劣位感が軽減する
どちらも「差分を小さくする」という点では同じである。
違うのは、
自分を動かしたのか、相手を動かしたのか
である。
6.嫉妬を詳細に見るために
比較できるから嫉妬する
嫉妬には比較可能性が必要になる。
同年代、同性、同業者、同期。
友人、兄弟姉妹、家族親族、隣人。
同じ学校、同じ趣味、同じ市場。
自分と何らかの共通項を持つ人間ほど、
「自分もそこにいたかもしれない」
という認識が生まれやすい。
しかし、人間の現在位置は一つの属性では決まらない。
同じ三十歳でも履歴は違う。
同じ職業でも経験量は違う。
同じ一年でも投入時間は違う。
同じ努力量でも適性は違う。
同じ能力でも市場との接続条件は違う。
年齢や所属など数個の変数だけを抜き出せば、本来遠く離れている二人が近く見える。
すると、
「自分にも得られたかもしれない」
が、
「同じ場所にいたのだから自分も得られるはずだった」
へ変わる場合がある。
可能性が、権利のように認識され始める。
他者の成果には他者の履歴がある
成果だけを見ると、その背後の履歴は見えにくい。
千時間練習した。
何度も失敗した。
人間関係を作った。
資金を投入した。
機会を逃した。
生活を削った。
偶然に恵まれた。
適性があった。
結果として見える一点には、それ以前の大量の履歴が圧縮されている。
したがって、他者の成果を理解するには、
「何を持っているか」
だけでなく、
「どうやってそこへ来たか」
を見る必要がある。
自分の現在位置も、実践しなければ分からない
同時に、自分自身についても履歴が必要になる。
知識として理解していることと、実際にできることは違う。
小説の構造を知っていることと、一冊書き切ることは違う。
経営理論を知っていることと、実際に店を維持することは違う。
スポーツを観戦していることと、その競技を実際に行うことは違う。
実践すると、
ここまではできる。
ここから難しい。
これは訓練で伸びる。
これは自分には向いていない。
これは思ったほど難しくない。
これは外から見るよりはるかに難しい。
という情報が得られる。
挑戦とは、成功するためだけのものではない。
自己位置を測量する行為でもある。
失敗もまた測量結果である。
相手を下げても差分は縮む
ここが嫉妬の危険なところである。
自分が40。
相手が60。
差は20ある。
自分が45になれば、差は15になる。
しかし相手を55へ落としても、差は15になる。
相対位置だけを見るなら、どちらも成功である。
しかも自分を45へ上げるには、
学習、訓練、時間、失敗、資金、自尊心への打撃。
などのコストが掛かる。
相手の評価を5下げる方が安い場合がある。
そこで、
嫉妬から、
欠点探索→批判→評価低下→相対差縮小→ 安心
という回路が成立する。
そして評価を下げる行いが一度成功すれば、学習される。
次も自分を上げるより、相手を下げた方が楽になる。
相対座標だけで生きると、他者の成功が自己の損失になる
自己の現在位置を自分で持てない場合、他者との相対位置が自己評価になる。
すると、
相手が上がる= 自分が下がる
ように見える。
実際には自分の能力も、財産も、成果も減っていない。
しかし順位だけを見れば落ちている。
この状態では、他者の成功そのものが自己への圧になる。
反対に、
同じ事柄に対して自己の現在位置と相手の現在位置を
「自分は40から42へ進んだ」
「相手は60から100へ進んだ」
と別々に認識できれば、両者の上昇は同時に成立する。
相手が100へ行ったことは、
「この道は100まで続いている」
という地形情報にもなる。
7.勘違いしないために
嫉妬を扱うとき、いくつか分けなければならないものがある。
まず、
『感情と行動は違う』
嫉妬したことと、嫉妬を理由に他者を攻撃したことは同じではない。
感情は発生する。
その発生自体を完全に制御することは難しい。
しかし、その後に何をするかには選択可能性がある。
『可能性と権利は違う』
「あの人が得たのだから、自分にも得られた可能性がある」
と、
「あの人が得たのだから、自分にも与えられるべきだ」
は違う。
『他者の成功と自己の失敗は違う』
誰かが成功したことによって、自分の過去が自動的に失敗へ変換されるわけではない。
『批判と嫉妬も同一ではない』
他者の成果に問題がある場合もある。
不正や虚偽を批判することもある。
競争相手の問題点を指摘することもある。
したがって、
「批判する者は嫉妬している」
と決めつけるのも誤りである。
見るべきなのは感情の有無ではなく、
何を問題としているのか。
どの事実を根拠としているのか。
その批判によって何を変えようとしているのか。
である。
8.よくある誤解
『嫉妬するのは性格が悪い』
嫉妬は感情反応である。
問題になるのは、それをどう処理するかである。
羨ましい。
悔しい。
自分も欲しい。
そう感じるだけなら、他者へ損害は発生していない。
『嫉妬しない人間の方が成熟している』
必ずしもそうではない。
比較対象に興味がなければ嫉妬しない。
欲しいものが違っても嫉妬しない。
自分との差を大きく認識していても嫉妬しにくい。
嫉妬の少なさだけで成熟度を測ることはできない。
『成功者を批判するのは嫉妬である』
これも違う。
批判内容に事実的根拠があるなら、嫉妬の有無とは別に検討できる。
「嫉妬しているから批判している」
という説明で批判内容そのものを棄却すれば、それもまた論点の移動になる。
『努力すれば嫉妬しなくなる』
むしろ実践したからこそ、相手との差を正確に理解して嫉妬する場合もある。
ただし実践には別の効果がある。
相手の成果が、
「なんとなく凄い」
から、
「ここが自分より優れている」
へ変わる。
嫉妬の解像度が上がるのである。
「他人と比較してはいけない」
比較そのものは情報取得として有用である。
問題なのは、比較結果をそのまま自己価値へ変換することである。
比較は測量に使えばいい。
判決に使う必要はない。
9.身近な嫉妬のパターン
『同期が先に昇進した』
同じ年に入社した同僚が先に昇進した。
「同じ同期なのに」
と思う。
しかし調べてみれば、
担当業務や成果。
社内調整能力に資格。
上司との関係。
異動経験。
勤務姿勢。
などの履歴が違うかもしれない。
そこで、
「あいつは上司に媚びただけだ」
と処理することもできる。
あるいは、
「自分との差はどこにあるのか」
と測ることもできる。
『同年代の作家が売れた』
同じ年齢の作家がヒット作を出した。
「自分と同じ年齢なのに」
と思う。
しかし年齢は同じでも、
執筆歴十年。
投稿十作。
没原稿百万字。
編集者とのやり取り。
市場研究。
過去の失敗。
まで同じとは限らない。
年齢だけを揃えて比較すれば、履歴差が消える。
『恋愛における嫉妬』
自分にとって大切な相手が、別の人間へ関心を向けている。
ここでは成果ではなく、関係の配分が問題になる。
「自分より相手の方が大切なのではないか」
という比較が発生する。
この場合も、
自分と相手との関係を確認する
方向と、
第三者を排除する
方向がある。
後者を選べば、嫉妬は他者の自由度を削る力へ変わる。
『トッププレイヤーを見る』
自分と少し上の人には嫉妬するのに、世界最高峰にはあまり嫉妬しないことがある。
距離が大きすぎるからである。
比較対象というよりランドマークになる。
しかし実際に同じ分野を続けると、そのトップの異常さが具体的に分かってくる。
ここまでは真似できる。
ここから難しい。
この判断速度は届かない。
この技術は訓練できる。
憧れが測量へ変わる。
トップとは、崇拝する対象であるだけでなく、自分の限界を測るための遠方基準点にもなる。
10.他テーマとの接続
「悩み」
嫉妬は差分を検出する。
自分の望む状態と現在状態との差が見え、その差をどう処理すればよいか分からなければ悩みになる。
嫉妬そのものより、
「この差をどうすればいい」
が自己内に滞留することで苦しくなる。
「マウンティング」
嫉妬から生じた相対差を、
自分を上げるのではなく相手を下げることで処理すると、マウンティングと接続する。
成果を過小評価する。
欠点を拡大する。
比較軸を変える。
相手の上昇を阻害する。
いずれも相対位置を操作する行為である。
「現代のナルシズム」
自己評価を外部へ預けているほど、他者の成功が自己評価を揺らしやすくなる。
相手への評価が上がることで、自分の価値が下がったように感じる。
これは他者評価を自己価値の主電源にしているために起こる。
自己位置を自分の履歴から形成できれば、他者評価は情報として利用できる。
「価値観攻撃」
嫉妬を認められないと、
「私は羨ましい」
ではなく、
「あの生き方は間違っている」
へ変換されることがある。
自己の感情を、普遍的な価値判断へ偽装して他者へ返す。
ここで嫉妬は価値観攻撃へ接続する。
「外なる自己と内なる自己」
嫉妬によって揺らされるのが、
自己核なのか。
社会的評価なのか。
役割なのか。
ペルソナなのか。
を分ける必要がある。
「自分が欲しい」のではなく、
「この立場なら欲しがるべきだ」
という外的自己から嫉妬が生じている場合もある。
11.嫉妬した時にどうするべきか
嫉妬を感じたら、まず否定しない。
「羨ましい」
で止める。
そこから分解する。
①何に嫉妬したのか
相手そのものではなく、対象を絞る。
金か、 能力か、人気か、恋愛か、自由か、承認か、成果か、機会か。
②それは本当に自分が欲しいものか
社会的に価値があるから欲しく見えているだけではないか。
所属集団が評価しているから欲しいのではないか。
自分自身の欲求なのかを確認する。
③相手はどうやってそこへ行ったのか
成果だけでなく履歴を見る。
時間、 努力、適性、資金、環境、人脈、偶然、失敗。
可能な範囲で分解する。
④自分は現在どこにいるのか
実践する。
やってみる。
比較できるだけの履歴を自分側にも作る。
知識ではなく、自分の身体と時間を使って距離を測る。
⑤差分のうち、何が操作可能か
年齢は戻らない。
過去も変えられない。
他人の才能も奪えない。
しかし、
技能、投入時間、環境、方法、市場、協力者、評価軸。
などは変えられる場合がある。
⑥力をどちらへ向けているかを見る
自分を動かしているか。
相手を動かそうとしているか。
特に、
相手の失敗を探す。
成果を過小評価する。
失敗すると安心する。
評価が落ちると気分が良くなる。
という状態になったなら、
「自分は相対差を相手側から縮めようとしていないか」
を見る。
⑦届かないなら、届かないという履歴を得る
実践した結果、届かないこともある。
それは無駄ではない。
「ここまではできた」
「ここから先は難しい」
という境界が得られた。
限界を知ることも自己認識である。
別の道へ進んでもいい。
違う山へ登ってもいい。
同じ能力を別の市場へ置いてもいい。
嫉妬の目的は、相手になることではない。
自分が何を欲し、どこにいて、どちらへ進みたいのかを知ることに使える。
12.嫉妬とは
嫉妬は悪ではない。
他者との比較によって、
「自分にはない」
「自分も欲しい」
「自分はそこにいない」
という差分を検出したとき、自己に生じる揺らぎである。
その揺らぎは情報を持っている。
何を欲しているのか。
何を価値あるものとしているのか。
誰を比較対象としているのか。
自分をどこにいると思っているのか。
だから嫉妬は、自己認識の材料になる。
しかし、差分を縮める方法は一つではない。
自分を動かすこともできる。
相手を動かすこともできる。
自分が登れば差は縮む。
相手を引きずり下ろしても差は縮む。
そして後者の方が安い場合がある。
だから嫉妬は容易に、
批判、攻撃、妨害、マウンティング、価値観攻撃。へ変換される。
さらに、それによって本当に相手の評価を下げることができれば、行動は成功体験として学習される。
社会が嫉妬を戒めてきたことには、この外部化を抑える意味がある。
出る杭が打たれてばかりでは誰も先へ進めなくなるからだ。
しかし、その規範を個人内部へそのまま適用し、
「嫉妬してはいけない」
と感情まで否認する必要はない。
嫉妬したなら、
羨ましい。悔しい。自分も欲しい。
と認めればいい。
そこから先を見る。
相手には相手の履歴がある。
自分には自分の履歴がある。
実際に歩けば、距離が分かる。
失敗すれば、現在位置が分かる。
届かなければ、限界が一つ分かる。
届きそうなら、さらに進めばいい。
他者の成功は、自分の失敗ではない。
それは、
「そこまで行った人間がいる」
という地形情報でもある。
嫉妬によって自己が揺らぐことより、その揺らぎをどこへ流したのかが重要である。
感情ではなく、その先の運動に責任を持ち、自己を認め他者を認めることで思考がクリアになることもある。
13.嫉妬は原動力である
嫉妬を恥じるな。何に揺らされたのかを見ろ。他人を下げて差を埋めるな。その力で、自分の現在地を測れ。
次回予告「男女間の友情は成立するか」
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