第1話 乾燥機から魔王が出てくる
祖母から古びたコインランドリーを相続した女子大学生・雨宮まどか。
深夜零時、使用禁止の十三番乾燥機を開けると、中から全身ずぶ濡れの魔王が転がり出てきました。
洗濯物と異世界が入り乱れる、少し不思議で騒がしいコメディです。どうぞお楽しみください。
深夜零時、十三番乾燥機の中から男が出てきた。
その事実を理解するまでに、雨宮まどかは十三秒かかった。
「まずい」
男は床に膝をつき、低い声で言った。
長い黒髪。黒い外套。額から伸びた二本の角。肩幅は広く、顔立ちは整っている。いかにも魔王らしい姿だったが、全身がびしょ濡れだった。
まどかは時計を見た。
「閉店は零時です」
「そこか?」
「ほかに何があるんですか」
東京都内の私立大学に通う二十歳のまどかは、三か月前に亡くなった祖母から、この古びたコインランドリーを相続した。
店名は「ランドリーあまみや」。
洗濯機が七台、乾燥機が六台。なぜ十三番まで番号があるのか、まどかは深く考えたことがなかった。
「我はヴァルガ。北方黒炎領を統べる魔王である」
「雨宮まどかです。ここの管理人です」
「管理人?」
「床を汚した方には、清掃料三千円を請求します」
ヴァルガは自分の足元を見た。黒い水たまりが広がっている。
「待て。今の我は一文無しだ」
「それを先に言う人は信用できません」
「勇者に城を奪われたのだ」
「大変ですね」
「反応が軽いな」
「私も三限の必修単位を落としかけています」
「それは大変だな」
妙なところで意気投合しかけた。
まどかは我に返り、店の隅に立てかけてあったモップを差し出した。
「自分で拭いてください」
「我は魔王だぞ」
「私は管理人です」
二人はしばらく見つめ合った。
先に折れたのは魔王だった。
ヴァルガは外套を脱ぎ、黙々と床を拭き始めた。意外にも手際がよい。雑巾を八の字に動かし、椅子の脚の裏側まで丁寧に拭いていく。
「掃除、上手ですね」
「魔王城は広いからな」
「部下がやるのでは?」
「部下に残業を強いた結果、労働環境改善評議会が結成された」
「勇者ではなく、部下に追い出されたのでは?」
ヴァルガは答えなかった。
まどかは十三番乾燥機を調べた。扉の向こうには、暗い森と紫色の空が広がっている。冷たい風が吹き込み、青白い葉が一枚、床へ落ちた。
乾燥機の奥行きではない。
完全に別の世界だった。
「故障では済みませんね」
「済むと思っていたのか」
扉の内側に、小さな金属板が取り付けられていた。
そこには祖母の字で、こう刻まれていた。
『午前零時以降、十三番を開けないこと』
「遅いよ、おばあちゃん」
まどかがつぶやいた瞬間、乾燥機の中から鐘の音が響いた。
ヴァルガの顔色が変わる。
「閉めろ!」
「え?」
「追手が来る!」
紫色の空を、巨大な影が横切った。
まどかは扉を閉めようとした。しかし、ヴァルガの外套の裾が挟まって閉まらない。
「脱いでください!」
「これは魔王の威厳だ!」
「威厳で世界が閉じられますか!」
二人で外套を引っ張った末、布が破れた。
扉が閉じる。
店内に静寂が戻った。
乾燥機の表示には、見慣れない赤い文字が浮かんでいた。
『世界間紛失物 三点』
「なんですか、これ」
ヴァルガが目をそらした。
「心当たりは?」
「ない」
「目が泳いでいます」
「魔王の目は常に世界を見渡しているのだ」
そのとき、ヴァルガの懐から女性用の靴下が落ちた。白地に小さなイチゴ柄。片方だけだった。
まどかは無言で拾い上げた。
「私のです」
「違う。我が盗んだのではない」
「では、なぜ持っているんですか」
「我の世界では、空から落ちてきた品は神託として王城へ届けられる」
「私の靴下が?」
「現在、聖遺物として祭られている」
まどかは頭を抱えた。
行方不明になった靴下が、異世界で信仰されていた。
十三番乾燥機の表示が切り替わる。
『返却期限 あと三十日』
「返さないと、どうなるんですか」
「さあな」
「魔王でしょう」
「魔王にも管轄外はある」
そのとき、店の奥にある祖母の事務机から、何かが落ちる音がした。
引き出しは施錠されていたはずだった。
床に、古びた鍵が転がっている。
鍵には「境界管理用」と書かれた札がついていた。
まどかは鍵を拾い、ヴァルガを見た。
「今夜だけ泊めてくれ」
「嫌です」
「追手に捕まれば処刑される」
「それは困りますね」
「泊めてくれるのか」
「店で死人を出されると、事故物件になります」
まどかは料金表の裏へ、油性ペンで新しい項目を書き加えた。
『異世界人 一泊三千円。清掃代別』
「金がないと言ったはずだ」
「では、働いて返してください」
「魔王に労働を命じるのか?」
「最低賃金は守ります」
ヴァルガは天井を仰いだ。
「異世界より恐ろしい場所へ来てしまった」
こうして「ランドリーあまみや」は、元魔王を住み込み従業員として雇うことになった。
翌朝、十三番乾燥機の中から、何かが「きゅう」と鳴いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
魔王、子ドラゴン、女騎士と、十三番乾燥機の周囲は急速に騒がしくなってきました。
「異世界間紛失物」に認定された魔王を、二十八日以内に返却できるのか。そして、二つの世界の統合を止められるのか。
まどかの大学生活とコインランドリー経営は、まだまだ平穏には戻りそうにありません。




