第零話 呪いが導くもの
『それ』は唐突に訪れた。
自分の身体に他人の魔力が絡み付く感覚。
深い夜の闇に乗じて、世界最高峰の白魔術師——ユーリでなければ気付きもしなかったであろうほどに密かに、呪術は成された。
「鬱陶しいな」
宿の一室でユーリは舌打ちを零す。
呪術は、いくつかの条件が重なると効力を強めるという。
その内の一つとして、睡眠時をはじめとする、意識がない時を狙うこと。
もう夜も遅い。
術者はユーリが眠っているとでも思ったのだろう。
実際、偶然に魔導書を読み耽っていなければ今頃は眠っていたはずだ。
事実として、眠った状態では卑しくも上手く気配を隠したこの呪術に対応しきれなかっただろう。
そういう意味では単純に幸運だった。
白い魔導書を開き、自分自身の身体に魔法耐性を高める魔法を掛け、対魔法の防壁も重ねて掛ける。
名を上げるということは、それだけ僻みも妬みも、逆恨みさえ買う立場になる。
こうして呪術の標的とされるのも初めてではなかった。
しかし。
(……相殺しきれない、か)
ユーリの双眸が細められる。
身体を蝕もうとする黒い魔力を自身の白い魔法で削ぎ落し、弾いて、それでも細い根のように絡み付いた呪術の一部が身体に触れた。
大部分は白魔法の防壁で焼き切れたため、大した力は残っていない。
魔力を練った時にほんの一瞬反応が遅れるような、その程度の違和感だった。
実害はほぼない。
その分、純粋な不快感だけが残った。
「随分と命知らずだな。余程自信があるのか、あるいは余程の馬鹿か——」
自信があるのはそうだろう。
白魔術師であるユーリが得意とする防御の魔法を、僅かとはいえ破ってくる時点で腕は相当なものだ。
それも眠りという隙を突かず、真正面から。
「神授武器持ちの呪術師なんていたっけ……。それとも、ただ腕が立つだけ?」
ユーリと同等とはいかずとも、相応の実力を持っていなければ触れることさえ叶わない。
記憶を辿りそんな芸当を成せそうな人物を探るものの、すぐに首を横に振って思考を中断する。
思い出す必要などない。
この黒い魔力を辿り、顔を拝みに行ってやればいいだけの話だ。
「そう、僕に呪術なんて仕掛けるような、身の程知らずの馬鹿の顔をね」
丁度請け負っていた任務も終え、暇になったところだ。
呪術師に直接顔を見せてやったら、一体どんな反応をするだろうか。
ユーリの顔を見るなり慌てて殺しに掛かってくるかもしれない。
あるいは、恐怖して床に這いつくばるかもしれない。
それとも、解呪を条件に脅してくるか。
いずれであっても、退屈しのぎ程度にはなる。
新たな暇潰しを得て、ユーリは一人静かに笑った。
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