巴図魯との商談に供したチチハル焼肉
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
華僑の家に生まれた私こと徐福燕にとって、その出会いは非常に大きな意味を持つ物でした。
横浜や長崎の中華街がそうであるように、私の実家が位置する神戸市の南京町もまた、春節や清明節といった太陰暦に基づく年中行事を執り行う事で民族としてのアイデンティティと同胞愛の再確認を行っています。
しかし今年の端午節は、その意味合いが例年とは些か異なる事と相成りました。
「次に南京町広場のメイン会場におけるステージイベントですが…今年は昼の部のプログラムに巴図魯殿による太極扇の演舞を執り行える事と相成りました。」
実行委員会代表の一言が会議室をどよめかせた事は、言うまでもありません。
先月に訪日された中華王朝の愛新覚羅麗蘭第一王女殿下の暗殺計画を阻止すべく影武者を務め、敵拠点の発見と不穏分子の掃討に多大な貢献をなされた。
この功績を称える形で、愛新覚羅麗蘭第一王女殿下とその御母堂にして中華王朝の今上女王であらせられる愛新覚羅芳蘭陛下により、中華王朝の前身である大清帝国の時代から数えても史上初となる日本人女性としての巴図魯に任じられた。
それは私達のような日本在住の華僑にとっても、歴史的な重大ニュースなのでした。
「元より巴図魯殿は日本の公安職であり、叙勲後の今日では市民講演会などの公務で御多忙の身。よくスケジュールを押さえられましたね。」
弾んだ声で問いかける私とは対照的に、実行委員を務める父は至って冷静でした。
「それも我々が日本在住の華僑である為だよ、福燕。影武者を務められる程に麗蘭殿下に瓜二つの自分ならば、より御多忙の殿下に代わり御威光と慈愛の御心を日本の中華コミュニティに御伝え出来る。斯様な御志だからこそ、巴図魯殿は端午節の来賓を快諾されたのだよ。」
穏やかな父の声色には、若くして日本と中華の両国の未来を担う事となった巴図魯殿への敬愛の念と、端午節の運営に携わる古参の華僑としての矜持の両方が感じられたのでした。
父の事業を手伝う若き華僑として、そして今年度のミス南京町として。
巴図魯殿も登壇される今年の端午節を成功に導き来年以降に繋げたい気持ちは、私も決して遅れは取りません。
だからこそ、打ち合わせも兼ねた会食で巴図魯殿に何を御召し上がり頂くかを決めかねたのです。
十代の日本人女性としては史上初である巴図魯殿は日中友好の架け橋となるべく公務へも積極的であるため、会食の機会も決して少なくありません。
中華料理を召し上がった回数も相当な物でしょう。
しかし私達が神戸華僑であり南京町で打ち合わせをする以上、中華料理以外の選択肢は考えられないのでした。
「公安職としての高潔さと準貴族としての矜持をお持ちの巴図魯殿だから喜んで召し上がって下さるとは思いますが、せっかくならば此度の事を記憶に留めて頂きたい…ならば献立はどうするか…」
数日に渡り悩み抜いた末、私は一つの決断を下したのでした。
そうして遂に、巴図魯殿との打ち合わせも兼ねた会食当日と相成ったのです。
「端午節運営委員会の皆様方、御招き頂き感謝致します。私は中華王朝の愛新覚羅麗蘭第一王女殿下より巴図魯の官爵を賜りし吹田千里と申す者で御座います。こちらは咲洲舞臨時秘書、並びに生駒英里奈相談役で御座います。此度の端午節は日中友好の新時代を築く布石となる事業で御座います。故に緊密な連携が必要不可欠と存じますれば、何卒よろしくお願い申し上げます。」
金色の刺繍が施された仕立ての良い緑色の旗袍に、永らく紫禁城に仕えた老臣の如く洗練された拱手礼。
何処を取っても、巴図魯という爵位に相応しい物で御座いました。
それに加えてツインテールに結った黒髪の下で輝く端正な美貌と均整の取れた背格好たるや、深紅の瞳を除けば愛新覚羅麗蘭第一王女殿下に瓜二つで、彼女が影武者任務を足掛かりに今日の地位を築かれた事を如実に物語っていましたよ。
「御初に御目にかかります、巴図魯殿。私は端午節運営委員会の一員にして元化26年度ミス南京町である徐福燕と申します。此の度は我が神戸南京町の端午節への御協力を快諾頂き、誠に感謝致します…」
恐縮するばかりの私を制しながら、巴図魯殿はその場をぐるりと一望されたのでした。
「こちらこそ、徐福燕女士。そんな女士の慧眼には私も大いに驚かされ、尚且つ頼もしく感じた次第で御座います。貴殿もそう思われませんか、生駒英里奈伯爵令嬢?」
「仰る通りで御座います、巴図魯殿。打ち合わせの店選びにおける細やかな御配慮、実に見事な物で御座いますね。」
織田信長公に仕えた戦国武将の末裔である華族令嬢が、それに上品な微笑で応じたのです。
「巴図魯の爵位を叙勲した私にとって中華王朝は第二の祖国も同然。そして我が主君である愛新覚羅氏が満洲族である以上、黒竜江省で成立したチチハル焼肉は私にとっても縁の深い料理と言って過言では御座いません。」
それは正しく、「我が意を得たり」という思いで御座いましたよ。
中華王朝とその王室に対する巴図魯殿の敬愛と尊崇の念が強いならば、満洲族のルーツである黒竜江省の料理は御気に召されるに違いない。
その判断に間違いはなかったようで御座いますね。
しかし巴図魯殿の観察眼と洞察力は、そればかりには留まらなかったのです。
「更に付け加えるならばチチハル焼肉は、南京町の中華街で開催される端午節に携わる私達の会食に相応しいメニューだと言えるでしょう。日本人女性として史上初の巴図魯となった私にとっても、そして華僑である女士にとっても。」
「私にとっても…で御座いますか?」
想定外の事態に鸚鵡返しになるばかりの私を尻目に、巴図魯殿は理路整然と御自身の見解を展開されるのでした。
「満洲族やモンゴル族といった騎馬民族による烤肉の食文化に、漢民族や回族によって培われた香辛料の技術、そして朝鮮民族のタレの技術。これらが一堂に会した上で酸菜という要素を加えて唯一無二の食文化となったチチハル焼肉は、民族や文化の越境と多文化共生の申し子と言えるでしょうね。」
「そう言う事でしたか、巴図魯殿…華僑の私も巴図魯殿も民族や文化の越境者であり、神戸の南京町は日中の多文化共生が日常的に繰り広げられる空間であると…」
その優れた洞察力と観察眼に恐れ入ると同時に、私の中で巴図魯殿に対する申し訳なさが頭をもたげてきたのです。
何しろ私は満洲族のルーツである黒竜江省の食文化としてチチハル焼肉を選んだのであり、多文化共生の象徴にして私達や中華街のメタファーとしての側面は巴図魯殿の御指摘で初めて気付かされたのですから。
そう恐る恐る申し上げた所、巴図魯殿はこう仰ったのです。
「頭をお上げ下さい、徐福燕女士。それは南京町という故郷と神戸華僑という属性が、当たり前にして不可分のアイデンティティとして女士の中で内面化されている事の証では御座いませんか。巴図魯という中華王朝の臣下としての自己を一日も早く内面化しようと尽力している私にとって、女士は謂わば頼もしき先達のような御方。何分と初めての事故に、此度の端午節では不慣れな所もあるかも知れません。女士を始めとする南京町の皆様方には、何卒御力添えを…」
「勿論で御座います、巴図魯殿。当日は私も司会進行役として、及ばずながら巴図魯殿をお支え致します。」
そうして洗練された巴図魯殿の一礼に、私も拱手礼で応じさせて頂いたのでした。
こうして巴図魯殿や生駒伯爵令嬢と黄酒で乾杯をさせて頂いた時には、私達の間には単なる運営スタッフと来賓という間柄を越えたある種の連帯感さえ生まれていたのでした。
桃園結議を行った劉備達やアンダの盟約を結んだモンゴル族の戦士達も、きっとこのように盃を交わしたのでしょうね。
「この店がチチハル焼肉の酸菜として用いている白菜は、北区の大沢町や道場町で生産されている北神白菜で御座いましてね。それに赤玉ねぎも淡路島産を用いています。」
「成る程、地産地消を通じた地元産業との共存共栄で御座いますか。それもまた越境と多文化共生というチチハル焼肉の持ち味で御座いますね。」
クミンや唐辛子で下味のついた牛肉と発酵した酸菜が渾然一体となった、奥深くも多層的な味覚。
それは複数の食文化の融和の産物であるチチハル焼肉の醍醐味というべき滋味であり、巴図魯殿に御満足頂けたのは喜ばしい限りで御座います。
きっと彼女とならば、此度の端午節を成功に導けるに違いない。
そう確信すると同時に、司会進行役としての決意を新たにした今日この頃で御座います。




