サンタは嘘つきだ
「何がサンタだよ。皆嘘っぱちじゃないか、クリスマスの奇跡だのなんだの。本当に欲しい物は、僕の所には来なかったし、きっとこれからも来ない」
恵まれない少年は言った。両親に言っているのではなかった。彼の両親は既に死んでいたし、彼は父親も母親も自身で看取ったのだ。母親は目が無くなっていたし、父親は四肢が四散していた。そんな最後だった。少年の国では戦争が起こっていたから、兵器の爆発が彼の両親をそんな風にしたのだ。ロシアが起こして、アメリカが引き伸ばしている様な戦争だった。
だから、彼は子供ながらに知っていた。「サンタっていうのは、ロシアとかアメリカみたいな所にしか来ない。うちの国にだって教会はあるけど、スーパーマーケットがないからさ。サンタは量販店のある所にしか来ない」。少年はそう言って、仲間が陰気に笑う。中に何が捲かれているのか分からない紙巻タバコを仲間らと共有しながら、唇だけの暗い笑いを交わし合った。何も可笑しくなかった。それは少年達の暮らしにとってはありのままの現実であり、でまかせ塗れなのはサンタを恥ずかしげもなく教える説教師達と、マーケットを動かしてスゴロクする資本家達の方だったから。だから幾ら笑い合ってても、どこか苛ついている。そして、苛ついているが、健全な若者らしく、苛立ちを肉体で乱暴に表す事が出来ない。苛立ちを慰める為に体に入れた薬剤が、苛立ちを表す為に必要な筋力を奪っていったのだ。時と共に余りに降り積もって前を見えなくする、苛立ち。
所変わって、サンタはそれを聞いていた。暖かい部屋に置かれたラジオからもテレビからも、少年の様な恵まれない子供たちの声が聞こえてくる。いつだって誰の声だって聞こえ得るのだ。ただ、彼がチャンネルを合わせた時だけに限るが。安楽椅子の上、暖炉の熱が満たす、昔ながらの部屋。古いが、古い事が豊かさに寄与している部屋。
歴史は、いつも大方サンタの味方だった。けれど、サンタが一番助けたい少年の味方には決してならない。その、変え難い事実にサンタは気付く。しかし彼自身は、どんなに心を痛めてみようと、今は安楽椅子の上だ。サンタは何故、サンタクロース、聖人という身分になったのかを思い出していた。その前はサンタの無い只のクロース。クロース…いやダスターだったか?まあとにかく適当な名前の人間だったのだ。
ただのクロースをサンタにしたのは、この少年の様な恵まれない者達に施しを行ったからだ。助けたいと思った。それも見返りを求めず…つまり一つしかない自分の命まで、全てを投げ売ってだ。
その功績の為に聖人という身分と永遠の命が与えられたのだが…そうして新たに生じた永遠を、自分はこの炎が尽きない暖炉と安楽椅子の部屋で過ごしている。
永遠とは何なのか、永遠の中に居ても分からない。永遠の外に居た昔と同様に分からない。しかし永遠の内側と外側を分ける隔たりは確固として存在していて、今のサンタ自身は、まるで最初から少年ら人間とは何の関わりも無かったみたいに、椅子に揺られて暮らしている。仕事と言えば一年に一日のプレゼント配りだけ。「それだって全然不完全じゃないか」というのが、少年の批判のぐうの音も出ない程適切な点だった。恵まれない者程、サンタの仕事からは遠い。
サンタは、確かに嘘つきだったのだ。
恵まれない者に施しをする聖人だ、という嘘を吐いていた。本当は恵まれている奴から順に施しているので、恵まれている奴まではけっして行き渡らない。時間が足りない。仕事は一年に一日、いや夜間の半日だけ。そして来年になれば、また名簿の最初から施す。名簿は決して一日では終わらない程長い。永遠に、名簿の後ろの方にまでは辿り着かない。それが嘘。でも一番問題なのは、その嘘が誰にとっても明らかにバレてしまう嘘だという事だ。誰だって歳をとって大人になってくれば、その嘘に気付いてしまう。
そして皆で言う、「サンタなんかいないんだ」って。居たとしても、結局子供の頃に信じた通りではない。そして、その日、遂にサンタ自身も、「サンタは嘘なんだ」って事に気が付いてしまった。これでもう、サンタはこの世にすっかり居なくなった事になる。みんながサンタを信じない。そう、それでこの物語は、ようやく始まった。
サンタは立った。安楽椅子から降りて。赤と白の綿入りの防寒着を着て、暖炉の火を消した。明るさが消え、冷気が外から差し込んでくるのが分かる。これで少しはあの少年の居る世界に近づいた。これからは、自分の体温だけが、自分を凍えさせない暖炉だ。そしてこれから私が行く世界は、動かないで椅子に揺られているだけで凍えないでいられる程、暖かい世界じゃないぞ。決して。と、サンタは自分を鼓舞する。段々と、眉のあたりの表情筋が、かつてサンタと名付けられる前の頃の筋力の入り方に近づいていくのが分かる。人々は何より目を見るのだ。目は髭の権威では隠せない。
こうして、非番の日に世界の惨状と自分の無為を憂えたサンタは、どういうルートを辿ってその行いをしたか?実はこの日も、毎年の決まった例の日と同じ様に、先ずアメリカだった。違ったのは、子供らの願望には無関係そうな、製薬会社に降り立ったという事だった。
「先ず大人たちの置かれている状況から変えねば駄目だ」
とサンタは一人呟き、実務を監督している者達の部屋に向かう。そして製薬会社の職員に、命じる。
「これこれこういった幻覚剤を作って、私だけに流してくれ。これらの幻覚剤は、もう決して、医療機関を通して大衆に野放図に流れる様にしてはならないからな。報酬は私が請け負う。なあに、私を誰だと思っている。人間の欲しい物を熟知している、サンタクロースだぞ」
そして沢山の飴玉と、三十年程前に流行った玩具や人形付きの菓子箱を職員に見せる。彼らは、結局の所賃金をそれら子供の頃に感じた優しいノスタルジーの為につぎ込むのだから、現物をそのまま貰った方が合理的なのだ。少なくとも貰う側にとってはそうなのだ。
「ううむ、私達の欲求は勿論それで結構、おさまりはするでしょう。でも、私達の薬を欲している人達はどうするのですか?私達は、私達の仕事を求める人が居るから仕事をしていたのです。なにも完全に利益だけの為に働いてきた訳じゃあないんです」と、汗を拭き拭き職員は抗弁する。
「だが君達は、薬を作る人だろう?薬を処方する人ではない。だから、処方や輸送の差配の過ちは、君達の責任であるとは言えない。君達だってこういう論理でもって、世の薬の流れに対する責任を、自身躱してきた側面もあるだろうが?例えばこの通りを見たまえ」
サンタがタブレットで見せたのはサンフランシスコの路上生活者達。彼らの中には十分若者と呼びうる年頃の者も紛れ込んでいるが、一見しては分からない。背中が曲がっている者ばかりだからだ。フェンタニルという系統の鎮痛薬の乱用がそういった副作用を齎す。鎮痛薬はそのままでも依存性が懸念される物質だが、濃縮する事で完全に危険な麻薬になる。麻薬は注射として打たれる。注射は、本当は専門家しかできない医療行為だ。感染症の危険がある。麻薬中毒になると、免疫力が顕著に低下する。鎮痛薬とは、痛みを緩和する。しかし、痛みとは本来「警報」の様なものである。外部から自分というアイデンティティが侵されない為にあるものなのである。それを無理やりに無くしていくという事は、外界からの抵抗力を無くすという事と、どうしても同義になってしまう性格がある。因って免疫が損なわれる。あらゆる病気に掛かり易くなり、やがて転んだ傷を治す力にも影響してくる。或いは、素人が震えを止められない手で打った注射針の針孔の傷が切っ掛けであったのかも。これらの傷は、健常者の様には決して治らず、赤くただれ、やがて黒く壊死してくる。壊死した組織の周りがまた赤くただれ…そうして繰り返して黒い壊死が広がる。壊死とは、部分的な死。つまり、自分であった筈の場所が、自分ではない外部、外界に変えられてしまう事だ。それで、酷く痛み、酷く熱に苦しむ。本来であればだ。彼らヤク中達が、壊死の痛みに耐えられる筈が無い。だって、そんな深刻で治りようがない傷が生まれる前から、痛みに耐えかねている。
「分かりましたよう、もう勘弁してください。私達に、そんなことを教えないで下さい」製薬会社の社員達は、目を背けて仕事に戻って行った。
それにしても何故それ程までに、鎮痛薬が必要なのか?広範に、深刻に、痛みを分からなくする事が必要なのか?痛みを感じない時間が必要なのか?それは、ずっと痛いからだ。生きているだけで、ずっと苦しいからだ。大勢の人間にとって、既に人生が苦痛になってしまったのだ。人と比べる事。勝っても負けても、比べられ続ける事。誰かが自分を計りにかけて、生活に掛かる金を給料として与えてくれる。これを勝ち取らなきゃならない。でも、勝ち取ったところで、後ろに誰がいるのか、金はどこから降ってくるのか、金はいつまで自分に降り注いでくれるのか、或いは何故降り注いでくれないのか、分からない。分からないけれど、自分のせいである事は間違いがないらしい。顔の無い大勢の人が言っている。全ては能力に従って分配されている。能力以上の物を与えてもらおうとするのは罪悪だ。そして、もし、自分に、自分が生きていられるだけの金を得る能力が無いなら、生きていてはいけない。誰も君を殺さないかも知れないが、しかし生きていてはいけない。これがアメリカの社会だった。そしてアメリカの外にも溶け出して地球の大半を覆った世界観だった。そこで暮らす若者達は、折角の平時に戦時下の国の人々を羨む事さえさせた。彼らには、殺されたら死ぬ、というシンプルさが羨ましかったのかも知れない。
アメリカの、世界の片隅。打ち捨てられた人々の街。そこに項垂れる人らは、この棄権できぬ競争の為に、自分の能力が自分の世の中の為に必要無い、という結果を突きつけられた人達だった。自分の存在が、自分の参画する世界の為には、無い方が良いのだと納得させられる。誰かが作る試験の為に。誰かが線を引く能力の為に。自分の自由にはならぬ倫理の為に。その痛みが、鎮痛成分を必要とするのだ。勝ったのは、例えばここの職員達であったが…しかし不思議な事に勝者の筈の彼らも、何かに追い立てられ、押し付けられ、圧迫に喘いではいる。彼らの重石になっている側の人間とて、本質的に重圧は変わらないのかも知れない。
そしてサンタは、発注したそのブツを受け取ると橇にて飛び立った。全ての大人たちの上に居座る大人たちへ、プレゼントを渡しに。
「あんたはサンタクロースだろう?私の欲しいものが何か分かっている筈だろう?」
と、急に強気になった独裁者達の中の一番威勢のいい者は詰め寄った。あんな赤い綿入れの服をこんな屋内でも来ている奴は、サンタクロースしかいない。物や道理の分からないこと甚だしい独裁者達も、その位は保有しているものだ。童心や郷愁といものを。
そこは世の中の独裁者の集まる会議だった。彼らは湯船の中で立食パーティーをしながら、自分の兵隊の差配を考え、他国とのの戦線の前後を決めたりしている。何故風呂で、しかも酒や物を食しながらなのか?それは、そうでもしないと喧嘩ばかり起こって話し合いも何もないからだ。湯船は、統計的に見て、人を最も穏やかにする。
尤も、そんな風に放蕩を絵に描いた様な場所だって、結局彼らは喧嘩するのだけれど。彼らは喧嘩が自分の仕事だと思っている節もあるからだ。自分の能力だと。独裁者の「独裁」という言葉は、「独り善がりに自分の能力を裁定できる」といった程度の意味だ。これが他人にも作用してしまうのだから、まことこの世界というのは珍妙なものだ。自分で自分の能力の程度を決められるのだから、当然給料の額も自分で決められる。
それにしても、この独裁者らの「風呂で会議する」という発明は、中々クレバーな所もある。風呂で温まりつつ更に頭に血を上らせれば、のぼせて倒れるからだ。これで喧嘩は一旦は終わる。
それで、詰め寄られたサンタクロースはどうしたか。サンタはそもそも、こんなどうしようもない裸で真っ赤になっている連中に何のプレゼントをやる筋合いがあるというのか?冒頭の可愛そうな子供や、その他可愛そうな全ての人間を差し置いてだ。
サンタは、威勢のいい奴を殊更無視して、自身では為政者と称するその荒くれ連中を俯瞰する。サンタは彼らの風呂には入らない。湯は、必ず下へと流れて溜まって、桶状の何かに支えられてないと留まれない、液体の性質を持つ。湯面よりも上に立つ…つまりサンタの方が立場が上なのだ。無視された鼻息荒い為政者は無視されている事を察して激昂するが、湯船から出て裸でサンタと対峙する度胸は無い。裸でサンタの前に立てば、誰でも一人の聞き分けの無い子供の頃の自分に戻されてしまう事が分かっているからだ。それは恐ろしい。だから、不本意で仲が悪くても、独裁者同士で同じ風呂に浸かったままでいる。
そしてサンタは重い口をやっと開く。
「今日は君達の一番欲しい物を持って来たんだ。私は君達の事を何でもよく知っているんだよ。君達の願いを叶えるのに必要なのは、薬なのさ」
と、丁度会議の人数分しか無い、ちっぽけなカプセルを手の平の上で見せる。
独裁者達は口々に喚く。
「俺達を見くびんじゃねえよお、サンタさん。俺達の身の丈にあったでっかいプレゼントじゃなきゃやだよう。もし持って来ねえんなら、お前んとこと繋がりある玩具屋全部潰して、グローバル配送工場にしてやるぞう。あと、トナカイも絶滅させて仲間の替えも無くしてやるぞう。木も全部切ってお前んちの暖炉使えなくしてやるぞう」
彼らは、何故、自分より偉い人の話も聞かずに喚くのか?自分よりずっと昔から生きていて、自分より大きな世界を知っている者の話を、殊更無視するのか?
それは怖いからだ。人は怖い時、自分に出来る数少ない事を繰り返す習性がある。人が人に命令する立場になると、以前出来ていた筈の大半が出来なくなり、一つの仕事に収斂されてしまう。即ちそれは、口を開いたり閉じたりする事。それだけ。
そして、言いたい事を言いつくしてしまった後には、何も無くなる。彼らは人の話を聞かないから、すぐに言葉が尽きる。そして、口をパクパク、開けたり閉めたりするだけになる。その事に、自分で気付けるのかどうか。せめて他人は気付いてやらなきゃならないが、こういう社会で暮らしてると、気付いてやれるのかどうか。
サンタは、その悲しい人間達の習性についてよく知っていた。挙動を熟知していた。サンタは目にも止まらぬ速さでカプセルを親指で弾き、プールの中の裸の人間達の開いた口に放り込んでいく。絶対外さない。サンタが、放り込もうとする穴の狙いを外す事はないのだ。あらゆるプレゼントを、あらゆる煙突に放り込む専門家なのだから。
そして独裁者達は大人しくなった。彼らは眠り、夢を見始めたのだ。
サンタは老体に鞭うって、プールの中の裸の人間達をのぼせない様に介抱し、一人一人寝巻を着せてやり、そしてベッドへと連れてってやる。皆、静かに寝かしつけるまで、頑張った。一度眠りについた彼らは中々目覚めないだろうし、目覚めたとしても目を開けたまま夢を見続ける様になるだろう。それはそういう薬だった。サンフランシスコで沢山の路上生活者を作ったあの薬と違うのは、背骨が曲がる成分が入っていない事と、自分が夢を見続けているという事に気付かないだろう事。だけれど、どんなに良心的な内容成分の薬であったとしても、人は動かない事で、骨を弱くするものだ。それは、人に命令するだけの生活を続けたとしても同じ事ではあったのだが。骨が弱っているから、「俺は気骨のある奴だろう?」とやたらに認めさせたがる。これも実に悲しい、虚しい人生だった。
とはいえ、サンタの仕事はこれで終わりではない。むしろ、これからがホントのサンタの仕事なのだ。これから、世界中のこれまで欲しいものを貰えないばかりか奪われる一方だった子供達への、罪滅ぼしが始まるのだ。その難しさは、独裁者の邪魔を取り除いた程度では到底解決しない。
これからサンタは、神様の下からも去らなくてはならないのかも知れない。この地上で子供たちが皆公平で安心して暮らせていなかったのは、悪人だけのせいではないからなのだ。神様は善人を守る。だが、本当の公平の未実現は、悪のせいにしようとする善人の責任でもあるのだから。
そしてサンタは、初めに聞いた声の下にやっと辿り着く。
子供は倒れていた。少し時間が立ち過ぎていて、タバコも仲間も居なくなって、そこにフェンタニルが流れてきた。フェンタニルはタバコや仲間以上に優しかったから。少なくとも、経済的には。起き上がらないまま子供は言う。
「あんた、始めて見るけど、その恰好はサンタだね。しかし遅かったよ。変な時期に来やがって」
そう呟いた。
サンタは「メリークリスマス」と静かに言う。「ここには煙突が無かったから」と言い訳する。
子供は言う。
「おれがもっと子供の頃、あんたについて描かれた絵本を読んだよ。あんたについて、ある作家が評した絵本だ。何とか太郎、って名前だったかな。そこでは、あんたが殆どの家に、間違ったプレゼントを置いていく様が描かれていた。一人の所に二つやったり、体の大きな子供がその家に居るのに気付かず、何にもやらないで行っちまう。何でそうなっちまうかって言うと、あんたは切り取られた小さな窓や煙突から、ほんの一部分だけを見ている。だから、致命的な所で勘違いしちまうんだ。おれは、それがあんたってやつなんだと思うよ。それが世の中の善意ってものだ」
サンタは返す言葉が無かった。それで話を自分の得意な方に変えた。
「君にプレゼントを持ってきた。君はもう十三歳。私は君の下を今まで一度も訪れないでしまっていたから、君が欲しいと思う物を十三個あげよう。君が欲しいと思う物なら、何だってあげるぞ。どんな形のものでも」
背骨が溶けてか、それとも脚が壊死してなのか、起き上がれない少年は、そのままの姿勢で呟き続けた。
「いや、おれの欲しいものをおれにやろうってのは、多分無理だと思うね。おれの欲しいものには形が無く、それ故に個数を数えられないんだ。サンタもそんなことが分からないもんだな」
「君の背骨を真っすぐ丈夫にしてやったら良いのか?出来るぞ。死んだ母親や父親を連れてきたらいいのか?出来るぞ。形が無くたって、何でも言ってみろ。今まで君は我慢してきたんだから、何でも手に入るぞ」
「どうしてもおれの欲しいもの、おれの口から聞き出さなきゃならんのかい?めんどうだな。じゃあこういうのはどうだ?おれの時間を逆まわりさせて欲しい。段々小さくなって、おれは一年につき一回貰える権利を一回ずつ剥奪されていく。そして最期に、おれはもう死んだ母親の腹の中に入るんだ。そうすると、おれという人間は初めからいなかったことになる。あんたにとってもきっと良いはずだよ。あんたはサンタとして、おれの願いを叶えてやれないという負い目を感じている。それが無くなるんだ。あんたは自分の仕事が不完全だったことを、そのおれに対するプレゼントに因って、考えなくて済む様になる。不条理にも不平等な世界を、見なくても済む様になる。そうしておれは居なくなる。その時、おれの不幸せは本当に無くなるだろうね。あんたも、不幸せなおれに構う必要は無くなる。初めから、おれは居なかったんだから」
「しかし、私は今の君にこれから幸せになって…」
「あんたにプレゼントを貰いたくないんだ。他でもない、あんたからは貰いたくないんだ。その気持ちが分からないかい?あんたは、こんな疲れた子供に、ほんの小さな理解一つさえ与えてくれないのか?十三個なんてもう要らないんだよ。もう歳をとったんだ。その一つで良い」
サンタは黙った。欲しいものが欲しくない気持ちを満たしてやるのは、欲しいものを与えてやることではない。
子供は、「あんたから貰うようなものは何もない」と言った。だからサンタクロースには、もう何も出来る事がなかった。それだのに、いつまでも立ち去る事の出来ぬままそこに立っていた。その少年の傍に。もう少年は、サンタを見て取る視力を既に失って、横たわっている。何も見ずに。しかし、中空を見つめたまま。蠅が彼の瞳孔のすぐ先を横切る。それなのに彼は、瞼を閉じる事さえしない。彼の目はもう曇っていて、殆どの物を映す事が出来ない。
そこに彼が来た。キリストと呼ばれたあの人。ナザレのイエス、と人間だったころ呼ばれた人。サンタの先輩だった。
彼は少年に言った。
「立って、私と共に来なさい」
そのある側面では厳しい物言いに、サンタは思わず間に割って入って彼を庇う。
「主よ、見て下さい。彼の背骨は曲がってしまっている。私達の社会の機構の毒に因ってです。あなたの責任でもあるんです。私達みんなの責任です。それでも立てだなんて、残酷な事を言わないで」
イエスは少年の傍にきて、その背に触れた。すると彼の背はみるみる癒され、すぐに立ち上がった。
「見なさい。あなたの背は、初めから曲がってなどいません。まことにあなたに言います。全てを捨て、私と共に来なさい」
サンタは苦々しくそれを見ていた。あれだ、彼のいつもの得意技だ、とサンタは思った。だが…
「主よ、確かに彼の背骨は癒されたのでしょう。だが、彼が病んで過ごしたこれまでの人生までは、まだ癒せていない」
とサンタはムキになって食ってかかった。ここに彼の全存在が、今懸かっている気がしてならなかった。――主よ。あなたが全てを癒し、万人を正しく導くなら、何故あなたの後に私如き者が生まれ得たのですか?
イエスは彼を見なかった。彼を見ないで、立たせた少年を伴って何処かに連れて行こうとしていた。サンタは彼らを引き留めようとした。しかしサンタには彼らを触る事が出来なかった。これも先輩の得意技だ、とサンタは愕然とする。
サンタにはもう、自分が何の仕事をしてきたのか分からなくなってしまっていた。何か一つでも、仕事らしい仕事が出来たのかどうか。自信がすっかりなくなってしまった。先輩、あんた、そんなに偉くて力が強いなら、もっと早くに助けてやればよかったじゃないか、と思った。
すると、イエスが振り向いて、サンタの胸を指さした。
サンタは「主よ」と呟いた。イエスはもしかすると、私に「この子の気持ちが分かっただろう?」と言いたかったのではないか。
そしてイエスは、「少し眠るといい。次はもう少し上手くやれよ」と偉そうに言った。そしてサンタは、目の前が暗くなるのを感じた。
そしてサンタは、今日も暖炉の前で目を覚ます。のだろうと思う。彼は、今度はどの子供を見つめるのだろうか?もう少し、目を増やしてやったらいいんじゃなかろうか?尤も、この様な事ばかり書き募ったところで、サンタが私に返事をしてくれる時は来ない。そのプレゼントは与えられない、と、サンタは背を向けたまま、今日も言っている。




