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「……えっ!? あっ、いやっ……ちがっ!!」

小柄な侵入者の身体が、咄嗟に強張る。合成音声のフィルターを抜け、声が明らかに裏返った。


セダスタが追いすがるよりも早く、相手は身を翻し、一目散に逃げ出す。

「待て!!」

ときどき、剣と剣が火花を散らすほどの間合いいまで追いつめる瞬間もあるが、それでも侵入者は逃走に徹し続けた。


やがて行き着いたのは、袋小路。

左右を壁に阻まれ、彼女は覚悟を決めたように金縁の丸窓へ向き直る。そして一刀を抜き、体幹をしなやかに捻った鋭い一閃で、あざやかに窓を十字に切り裂くと、躊躇なくその身を宇宙の闇へと躍らせようとした。


「馬鹿、死ぬぞ!!」


セダスタの身体が本能的に動く。赤い絨毯を蹴り、風が迫るより速く跳ぶ――しかし一瞬遅かった。

切り裂かれた窓から、船内の空気が唸りを上げて吸い出される。彼女の武器が、まるで

竹とんぼのように虚しく回転しながら闇に消え、その身体もまた、闇の底へと引きずり込まれかけていた。そのか細い手首を、紙一重でセダスタの逞しい手が掴み取る。


「離しっ……」

「お前のこと……多分、知ってる!」

「いや! すみまっ……」

思わぬ言葉に、侵入者は素っ頓狂な声を上げた。


気圧差が生む暴風が、セダスタの全身ごと廊下の外へ引きずり込もうとする。

人間用の巨大な掃除機に吸われるような吸引力に抗い、

彼は歯を食いしばり、腕1本で彼女を引き戻した。


2人は壁際へと転がり込む。セダスタは近くの消防設備まで必死に身体を這わせると、その蓋をこじ

開け、中に備え付けられていた銃を掴み取る。床を転がる勢いのまま、ぽっかりと口を開けた虚空の穴へと銃口を向け

た。


引き金が引かれる。放たれた弾丸は弾道の途中で炸裂し、空気に触れることで急速に化学変化を起こしながら、粘性の膜を蜘蛛の巣のように展開した。宇宙船の船体が傷ついた際に、応急的に亀裂を塞ぐための特殊な装備である。


気流の源が絶たれると、廊下に満ちていた風の轟音も嘘のように収束していった。先ほどまで空中を狂ったように舞っていたいくつかの小物が、突然訪れた引力の支配に翻弄され、残された運動エネルギーのまま床を跳ねて、やがて静止した。


「……もう逃げるな。お前、”リャチ”だろ?」

その一言で、彼女の最後の抵抗が音もなく崩れ落ちる。うなだれて首を振ると、自らマスクを外し始めた。


ヘルメットの下から現れたのは、やはりセダスタの記憶に眠っていた、あの憂いを帯びた顔。

女性的な柔らかさと、揺るぎない芯の強さを両立させる理知的な美貌。

涼やかに切れ長の目元――間違いなく、彼の知る“リャチ”だった。


挿絵(By みてみん)

(リャチの鉛筆画※テロリスト姿ではない普段の装備)


「はい、その通りです」

彼女はすべてを諦めたように、静かにそう答えた。


その時、新たにもう1人、覆面の戦士が廊下の角から姿を現した。

「……リャチ、大丈夫か!?」

彼はリャチを庇うようにセダスタの前へ仁王立ちになり、鋭く剣を突きつける。

だが、セダスタの顔をはっきりと認めた瞬間、その全身から殺気が霧散し、兵士は驚愕に目を見開いた。


「……なっっっ!!! なぜあなたがここに!?? ご無事でおられたのですか!?」

その狼狽の仕方は、先ほどのリャチと驚くほど似通っていた。


「ダヒシール、何もするな! ……ああ、申し訳ありません。こいつはダヒシールという者です」

リャチが慌てて2人の間に割って入り、男の銃剣を制する。


互いにあまりにも多くの疑問符を抱えたまま、3人はひとまず近くの空き部屋へと身を隠した。等級の低い客室の無機質な静けさが、3人の間の気まずさを一層際立たせる。


「……お変わりないようで、何よりにございます。セダスタ殿下」

部屋に入るなり、リャチは視線を床に落としたまま、そう口を開いた。その声には、かつての快活さの欠片もなかった。


「いや、変わったよ。本当に、多くのことが変わった」

セダスタは、万感の思いを込めて応じた。その声は、彼女を責める響きではなく、ただ過ぎ去った時の重みを噛み締めているかのようだった。


「……そう、ですね。申し訳ありません。そしてもう、何も戻らない」

「よかったら、何があったか教えてくれないか? そっちの――」

とセダスタが問うと、

「ダヒシールと申します」

男があらためて短く名乗り、深く、しかしぎこちなく頭を下げた。


「……近衛軍の同期です。クドゥクシュの落日の時、乗る船が偶然一緒になってから、ずっと行動を共に」

と、リャチが途切れ途切れに補足した。


「ごめん。たぶん、君とは初めましてだね」

「……いえ、お気になさらず」

ダヒシールは相変わらず低く、感情の起伏を感じさせない声で答えた。


その張り詰めた空気を破ったのは、廊下の向こうから響いてきた必死な声だった。

「……殿! 殿! どこにいらっしゃいますか!!?」

セダスタは扉から顔を覗かせると、見覚えのある魔道士の影、メゼキラカフに手招きをした。


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