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数秒後、兵士たちの壁はすでに突破されていた。セダスタが切り開いた進路を、魔道士メゼキラカフがつかず離れず追いかける。
老魔道士は常に半開きの魔導書を携え、その身のまわりには青白い球電が不気味に浮遊している。
角を曲がった先で、新たな敵部隊と正面から鉢合わせた。
セダスタは即座に足を広げ、剣を盾にする構えで束の間の壁役を買って出る。
敵兵が銃を構えるのとほぼ同時、メゼキラカフは魔導書を持たぬ方の手を静かに前へ押し出した。
その身のまわりを漂っていた球電の1つが、鋭い音を立てて敵兵の足元へ飛ぶ。
炸裂したのは、決して破壊的な雷撃ではない。閃光とともに迸る電流が兵士のアーマー表面を走り抜け、エネルギーシールドと駆動系を瞬時にショートさせる。
火花を散らして膝をつく敵兵。その一部始終を、メゼキラカフは眉ひとつ動かさずに見届ける。
この船の壁の向こうには、気圧の奈落が広がっていることを、彼は知っている。船体を傷つけるような愚は犯せない――だからこそ、彼の魔法は外科手術のように正確で、極限まで抑制されていた。
ふたりは駆けだし、次々と鉢合わせた敵兵たちを打ち据えていく。
その頃には、侵入者たちの通信網で「若い剣士」と「雷を操る老人」という2人の抵抗者の情報が、すでに錯綜しはじめていた。
しかし、敵は後方からも迫っている。
セダスタの突破速度が、後方に雷撃をやり続けるメゼキラカフの歩みに勝り、2人の距離は徐々に開き始める。
「追いつきます!走って、"トゥオカー"!」
念のため乗船時の偽名義で呼びかけるメゼキラカフに、
「いや、そっちに戻る!」
セダスタが返そうとした、その刹那――
通路の角から、空気を切り裂いて峻烈な一太刀が飛び込んできた。咄嗟にセダスタは振り返りざま剣を振るい、相手の刃を受け止める。
衝撃は凄まじく、手から肘まで痺れが走り、そのまま体勢を崩して床に転がった。
だが、間髪入れず――床をえぐるように迫る横薙ぎが来る。
セダスタは床に手をつき、全身を弓なりにしながら、片腕の反動をバネにして跳ね上がる。
体ごと後方宙返りで刃の軌道をかわし、着地と同時に一瞬で体勢を立て直す。その両脚はすでに完璧な構えを作っていた。
新たな敵は、ただ1人。腰の脇差を引き抜き、二刀流に構え直したその小柄な影は、通路の明暗を背負いながらセダスタと正面から向き合った。
機械めくフルフェイスの兜越しに表情は伺えない。
だが、動きの隙間に――刃先がごく僅かに揺れ、その手元がほんの一瞬だけ硬直する。
スピーカーがノイズを帯びるような、わずかな“間”がそこに生じた。
しかし、すぐに敵兵は、ごまかすように声を発する。
「……お前!戻っていろ!抵抗しないならただの乗客には手を出さない」
発声装置から響く声は、どこか遠ざけられた響きで、廊下の空気を一層無機質に染め上げる。
だが、セダスタは警告をまるで耳に入れず、規則正しく整えた呼吸をそのまま、踏み込みながらの斬撃へ転化する。
火花が刃の間に踊り、金属の衝突音が静寂を断ち切った。
幾度となく刃を交えるうち、セダスタの意識の底から、あるひとつの記憶が、彼の意志とは
無関係に――時々、頭の節々につっかえながらも徐々にその輪郭をあらわにしていく。
それは懐かしい刀の軌跡。目の前の敵の太刀筋は、いかにも二刀流らしくこちらの剛剣を受け流す術に長けている。
それでいて、斬り込むべき好機と見れば、躊躇なく踏み込んでくる鋭さも併せ持ってい
た。その、機を見るに敏でありながら、どこか柔和ささえ感じさせる剣の運びには、間違いなく覚えがあった。
そもそも、戦いの世界に身を置く者とは、大抵、人一倍の闘争心や野心を持ち合わせているからこそ、そうした生き方を選ぶものだ。
王子時代のセダスタも、禁軍の兵士たちに交じっては無礼講の手合わせを楽しみ、
男という生き物が、鍔迫り合い――純粋な力比べの場面――になると、なかなか引こうとしない性質を、身をもって知っていた。
だが、いま対峙する敵――二振りの日本刀を操るその剣士の太刀筋は、徹底した現実主義に貫かれていた。
刃が深く絡みすぎた瞬間などの、「引く」べき局面での判断が驚くほど速い。
常に自分が優位な状況での仕切り直しを狙い、無駄な力の誇示や見得は一切ない。
その剣の運びは、男性の戦士が本能的に陥りがちな“力比べへの固執”とは異質な流儀に映った。
互いに肩で息を整え、剣先がわずかに揺れる束の間の静寂。
その均衡を破ったのは、思いがけない一言だった。
「……女か?」
セダスタの口から、つい、そんな呟きが零れる。




