23
次の瞬間、戦場は悪夢の底から滲み出したかのような、半透明の幻影で埋め尽くされていた。古代の鎧に身を固めた重装歩兵、音もなく空を掻く翼獣トグビーラ。エーテルで構成されたそれらの軍勢は、明確な敵意こそないものの、本能のままに無差別に暴れ始めた。幻影の爪が建物を引き裂き、衝撃波が石畳を砕く。恐慌の波が群衆を呑み込み、人々は幻影を避けようとして散り散りになった。
「この……!」
セダスタは光の奔流に弾き飛ばされ、大剣を杖代わりにして雛壇の上を後ずさる。ドゥアピーズ騎士団の統制は、この超常の顕現を前にして完全に崩壊していた。
虚空を斬る剣、幻を撃つ銃弾。彼らの攻撃は、エーテル体を霧のようにすり抜けるだけ
だ。セダスタもまた、襲い来る幻影としゃにむに剣を交えるが、切り裂いたそばから再生する敵に、終わりが見えなかった。
「キリがない!」
リャチの刀が、ダヒシールの剣が幻をひとつずつ切り分け、穿つが、それらはすぐに元の形を取り戻して何度となく襲いかかる。
「――鉄屑も亡者も、まとめて散れ!」
雑踏の中から、メゼキラカフの怒号が轟いた。彼が突き出した魔導書から放たれたのは、紫電の鎖。雷の蛇は知性を持つかのように、実体を持つ騎士たちの鎧から鎧へと飛び移り、その回路を焼き切っていく。数人の騎士が火花を散らして崩れ落ち、包囲網に一瞬の亀裂が生まれた。
だが、その混沌の只中にあって、雛壇の上の少女だけは、猛風にも似た青い光の中心で、絶対的な個として静かに佇んでいた。歪む風景、絶叫の渦、その全てが彼女の存在に触れることさえできずにいる。
彼女の唇が、感情の乗らないまま、わずかに動いた。
「警告する。これ以上の敵対行動に対しては、規定された対抗措置を適用する。速やかに去れ」
その、まるで合成音声のような無機質な通告に、しかしセダスタは怯まなかった。彼は砕けた床に大剣を突き立て、凄まじい霊気の圧に抗いながら、1歩、また1歩と前へ進もうとする。
その無謀な抵抗を認識したかのように、少女の首が、ぎこちなく、近くの四階建ての建物へと向けられた。
次の瞬間、建物が悲鳴を上げた。石材が、ガラスが、その物理的な結合を失い、まるで熱した飴のようにどろりと融解を始める。棟の道路に接する一面が、その輪郭を保ったまま、きらめく液体の塊へと変貌したのだ。
そして、その建物の「水面」から、何かが生まれようとしていた。
まず、壮麗な金の装飾が施された、巨大な山羊の角が2本、ゆっくりと突き出される。続いて、建物ひとつを丸ごと素材にしたとしか思えぬ、途方もないスケールの頭部と筋骨のたくましい肩が、液状化した瓦礫の海を押し開いて現れた。豪華絢爛な宝飾をその身に纏った、巨大な悪魔の半身。それが真横を向くと、眼下の全てを見下ろす神のごとく、セダスタたちの頭上に絶望的な影を落とす。
「これは……!?」
だが、悪夢はそれだけでは終わらない。空を見上げれば、にわかに集まった暗雲が渦を巻き、翼を持つ巨大な白い鯨の姿へと変じて上空を雄大に旋回し、声なき叫び天を震わせ始める。3人の背後では、ウェディングケーキのようだと評されたラウンドアバウトの大噴水が、
内から内から真の姿を膨らませるかのようにして滑らかに変容していく。噴水は、ヨロイトカゲのごとく厚い茶色の装甲と、モグラのように目のない顔を持つおぞましい爬行性の竜へと姿を変え、地面に半ば埋まったその身を懸命に前へと押し出していた。そして今、その怪物の口が、エネルギーを吐き出すべく内側からまばゆい光を放ち、巨大な吸気音を立て始める。




