しがない男爵令嬢ですが、三人の王子の争奪戦中に最強ドS騎士団長に接収されました
★〜第一章:しがない男爵令嬢”小さな奇跡の力”〜★
王立学校を卒業した際、シェリル・ノーマン男爵令嬢が手にしたのは、華やかな夜会の招待状でも、有力貴族からの求婚書でもなかった。
彼女がその小さな掌に握りしめていたのは、一丁の使い古された剪定バサミだった。
「私には、きらびやかな宝石よりも、こちらがお似合いですわ」
魔力測定の結果は”庭の雑草を芽吹かせる程度”。
攻撃魔法も防御魔法も使えない、貴族としては”無能”の烙印を押された微弱な魔力。
成績も目立たず、家柄もしがない男爵家。
そんな彼女が自ら選んだ道は、華やかな社交界ではなく、王宮の“庭師見習い“という裏方の仕事だった。
令嬢でありながら泥にまみれ、日の光を浴びて土を弄る。
そんな世間からは蔑まれるような日々の中で、彼女は本人さえ自覚していない“不思議な力“を発揮していた。
シェリルが触れる花々は、なぜか通常の倍の速さで生命力に満ちて咲き誇る。
そしてその香りは、嗅ぐ者の荒んだ心を凪がせ、深い安らぎを与える──そんな、聖女にも似た奇跡の力を宿していたのである。
★〜第二章:三王子の火花”誘惑の旋律”〜★
王立学校を卒業し、王宮の庭師見習いとなって数ヶ月。
シェリル・ノーマンは、今日も泥のついた作業着姿で、中庭の【癒しの花壇】を整えていた。
彼女が土に触れると、蕾は喜び、花は命の輝きを増す。
その不思議な光景と香りに、三人の王子たちは抗いようもなく引き寄せられていた。
最初に現れたのは、第一王子マーシャルだった。
彼は稽古帰りなのか、薄手のシャツ一枚で、鍛え上げられた胸筋を惜しげもなくさらけ出している。
「……ふう、いい香りだ。シェリル、今日も精が出るな」
マーシャルは彼女の背後から近づくと、太い腕でシェリルの肩を抱くようにして顔を近づけた。
男らしい汗の匂いと、熱い体温が伝わってくる。
「お前が育てたこの花を嗅ぐと、戦場を駆けるような高揚感と、同時に深い安らぎを覚える。……なあ、シェリル。この逞しい腕でお前を抱き、一生守ってやりたい。俺の妃になれば、お前のその柔らかな手には、土ではなく宝石だけを握らせてやる。どうだ?」
黄金の髪をなびかせ、野生的な笑みを浮かべるマーシャル。
その強引な誘惑にシェリルが顔を赤くして固まっていると、冷ややかな声が響いた。
「兄上、暑苦しいですよ。彼女が困っているのが見えませんか?」
現れたのは第二王子カイゼルだった。
彼は優雅に指先を動かし、空中に青い燐光を散らす。
「シェリル、魔法とは万物の本質を理解する学問だ。君のその”力”は、こんな庭仕事で浪費されるべきではない。……おいで、僕の膝の上へ。君が花を育てるように、僕が君を魔法の力で慈しみ、育んであげよう。君を汚す土も、照りつける不快な太陽も、僕の結界がすべて遮断してあげる。二人きりの静かな塔で、永遠に愛を語り合わないか?」
カイゼルは眼鏡の奥の瞳を妖しく光らせ、魔法で作り出した“枯れない青い薔薇“を彼女の髪に差そうとする。
だが、その手首を掴んだのは、三男のマクラインだった。
「お二人とも、自分勝手な理想ばかり押し付けて。女性には”実利”が必要ですよ」
マクラインはシェリルの手を取り、その指先にそっと唇を寄せた。
「シェリル、僕は君の価値を正当に評価できる唯一の男だ。君の実家の男爵領は、今にも潰れそうな赤字経営だろう? 僕と契約……いえ、結婚してくれれば、領地の借金は一晩で肩代わりしよう。君には最高の温室と、世界中の珍しい種子、そして何不自由ない贅沢を約束する。愛という名の投資を、僕にさせてくれないかな?」
「あの、皆様……私は、ただの花好きの見習いで……っ」
シェリルは、逃げ場のない包囲網に身をすくませた。
マーシャルに背後から熱い腕で引き寄せられ、カイゼルに魔法の香りをまとわせた至近距離で見つめられ、さらにマクラインにはその隙間から手を取られて愛を囁かれる。
三者三様の執念と、異なる種類の香気があわさり、シェリルの意識はめまいを起こしそうなほどにかき乱された。
彼らの目は本気だった。誰が彼女を“独占“するか──。
王子たちのプライドを懸けた火花は、中庭の花々がその熱に当てられて萎れてしまいそうなほど、激しく、そして危ういものだった。
★〜第二章:戦場からの帰還”狂犬の帰還と白い花”〜★
そんな喧騒を、一瞬で凍りつかせる男が帰還した。
王宮騎士団団長、グレガリアン。
隣国との国境紛争で、多勢に無勢の窮地からたった一人で戦況を覆した【黒き死神】。
彼が王宮に足を踏み入れた瞬間、周囲の温度が数度下がったかのような錯覚に陥る。
返り血を浴びたマントを翻し、誰も近寄れないほどの凄まじい殺気を放ちながら、彼は国王の元へ向かっていた。
(……うるさい。何もかもが、癪に触る)
極限状態の戦場から戻った彼の精神は、尖ったガラスのように鋭利だった。
部下が声をかければ「失せろ」の一言で黙らせ、文官が報告に来れば眼光だけで失神させる。
鎧を軋ませ、彼はその足で国王の謁見の間へと乗り込んだ。
「団長、せめて着替えを……!」と制止する近衛兵を、グレガリアンは一瞥もせずに裏拳で壁まで吹き飛ばす。
「陛下、帰還した。……報告はこれだけだ。後の細かい雑用は部下に聞け」
玉座の前だというのに膝もつかず、不遜な態度で吐き捨てる。
返り血の混じった鉄臭さを漂わせる彼に、国王すらも気圧されて言葉を失った。
「あ、ああ、大儀であった。褒美は何がよいか……?」
「休息だ。俺の視界にこれ以上、無能な面を並べるな」
傲慢極まる言葉を残し、彼は背を向ける。
廊下を歩けば、すれ違う騎士たちが蜘蛛の子を散らすように道を開けた。
それでも彼の苛立ちは収まらない。
戦場で浴びた返り血が肌にこびりつき、絶え間ない殺戮の残響が耳の奥で鳴り止まなかった。
だが、自室前の廊下に差し掛かったとき、彼は足を止めた。
殺風景な石造りの廊下に、似つかわしくない小さな一輪挿し。
そこに、名もなき白い花が生けられていた。
「……っ」
鼻腔をくすぐる、柔らかな、それでいて芯の通った甘い香り。
その瞬間、煮えくり返っていた脳内の熱が、スーッと引いていくのを感じた。
張り詰めていた神経が、雪解けのように緩んでいく。
「誰だ……。この俺の領域に、勝手な真似をしたのは」
グレガリアンは低く唸ると、近くにいた老執事の襟首を掴み上げた。
「この花を置いたのは貴様か。……吐け」
「い、いえ! 私は存じ上げませんっ!」
「……役に立たん」
老執事をゴミのように放り投げると、次は掃除をしていたメイドの箒を奪い取り、素手でボキリと真っ二つにへし折った。
「おい。この花を飾ったのは誰だ。……さもなくば、お前の首をこの箒と同じようにしてやる」
「ひ、ひぃっ! 庭師……庭師の方から預かったとしか……っ!」
彼の瞳には、戦場以上の獰猛な光が宿っていた。
さらに逃げ惑う騎士たちを数人壁に叩きつけ、恐怖で震え上がる王宮の使用人たちを片っ端から恫喝して回り、ついに彼は一つの名に辿り着く。
「……庭師見習いの、シェリル、だと?」
恐怖に顔を青くした侍従が、床に這いつくばりながら答えた。
「は、はい! シェリル・ノーマン様ですっ! 彼女が毎日、城内に花を欠かさず……!」
グレガリアンは、その名を舌の上で転がすように呟いた。
戦場の狂気を一瞬で鎮めた、あの白く可憐な花の主。
「……面白い。俺の毒を抜いた責任、きっちり取らせてやる」
返り血に汚れた最強の男は、獲物を見定めた獣のような眼差しで、口の端を凶悪に歪めた。
★〜第三章:暴君、乱入”王子の敗北と最強の宣告”〜★
翌日、三人の王子が中庭でシェリルを囲み、誰の贈り物を受け取るか迫っていた。
「さあ、シェリル。このダイヤモンドの首飾りを私の手で付けさせてくれ。これが君の瞳に一番似合うはずだ」
マーシャルが首飾りを差し出し、彼女の華奢な首筋に手を伸ばす。
「いいえ、僕の魔力付与されたドレスを……。これを纏えば、君は一生外敵からも汚れからも守られる。僕の魔力という愛に包まれるんだ」
カイゼルが美しい布地を広げ、シェリルを自身の支配下へ誘おうとする。
「物では足りない。シェリル、僕が君の実家の借用書をすべて買い取った。さあ、この書類にサインを。そうすれば君は自由……僕という名のパトロンの所有物になるんだ」
マクラインが冷徹な笑みで契約書を突きつける。
三者三様の欲望がシェリルを窒息させようとした、その時。重厚な鎧の擦れる音が、周囲の鳥たちの声をかき消した。
「おい、そこをどけ。邪魔だ」
現れたのはグレガリアンだった。
漆黒の鎧に身を包んだその威容に、王子たちは顔をしかめる。
「グレガリアン、公務中だぞ。我々の邪魔をするな。今は大事な話を……」
マーシャルが第一王子としての権威で威嚇するように言ったが、グレガリアンは鼻で笑い、マーシャルの肩を無造作に突き飛ばして割り込んだ。
「公務? くだらん。俺は俺の安眠を確保しに来ただけだ。……お前がシェリルか」
グレガリアンは、震えるシェリルの手首を無造作に掴み、自分の方へ引き寄せた。
あまりの力に、シェリルの小さな体が彼の硬い胸当てにぶつかる。
「な、何をするんだ! 彼女は今、僕たちと話して……」
カイゼルの魔法の詠唱が始まるより早く、グレガリアンの凄まじい威圧感がその場を支配した。
彼は一歩踏み出し、抜剣すらしていない鞘の先で、カイゼルの喉元を突き上げる。
「王子だか何だか知らんが、ガタガタ抜かすな。この女の【花】は俺が買い占めた。今日からこいつは、俺の専属だ。……文句があるなら、今すぐここで剣を抜け。全員まとめて叩き斬ってやる。王位継承権? 国家予算? そんなものは俺の剣の一振りと天秤にかけられると思うな」
「「「…………」」」
最強の武力を持つ男の本気の殺気に、さしもの王子たちも気圧される。
経済を盾にしようとしたマクラインも、その殺気の前では言葉が喉に張り付いて出てこない。
物理的な強さだけでなく、彼が放つ“本物の死“の気配には、温室育ちの権力など無力だった。
グレガリアンは彼らの策略や立場など、微塵も考慮していなかった。ただ欲しいものを奪う。
その“ドS“なまでの強引さが、緻密な計画を練っていた王子たちの足元を粉砕した。
グレガリアンは、腰が抜けそうになっているシェリルの顎を強引に持ち上げ、逃げ場を塞ぐように至近距離からその瞳を覗き込んだ。
「おい、女。お前、自分が何をしたか分かっているのか。……勝手に俺の部屋の前に花を置き、勝手に俺の毒を抜きやがって。おかげで俺は、お前の花がなければ眠れない体になった」
「あ、あの……申し訳、ございません……」
「謝るな。不愉快だ。お前は今日から、俺が眠るまでその手で花を活け続けろ。拒否権はないと思え。一秒でも香りが絶えたら──その時は、この手で直接お前を絞り上げてやる」
有無を言わさない宣告。それは愛の告白などではなく、完全なる“接収“だった。
「行くぞ」
グレガリアンはシェリルの手首を掴むと、引きずるようにして歩き出した。
その軍靴は、床に落ちていたマーシャルのダイヤモンドを粉々に砕き、カイゼルのドレスを泥で汚し、マクラインの借用書を無造作に踏み躙っていった。
背後で歯噛みし、屈辱に震える三人の王子など、彼の視界には塵ほども入っていなかった。
★〜第四章:強引な優しさ”猛獣の檻と微かな熱”〜★
それからというもの、シェリルの生活は一変した。
朝から晩まで、グレガリアンの私室や執務室に飾る花の世話を命じられ、彼が移動するたびに「香りが足りない」と同行を強いられる。
「……グレガリアン様、あの、少し近すぎませんか?」
執務室で花の配置を変えていると、背後から大きな体が覆いかぶさってくる。
逃げ場を塞ぐように机に両手をつかれ、グレガリアンは彼女の肩に顎を乗せ、深く息を吸い込んだ。
「黙れ。お前がそばにいないと、またイライラして誰かを斬り捨てそうだ。……俺の精神安定のために、大人しくしていろ。お前に拒否権などないと言ったはずだ」
耳元で低く響く声。
彼は時折、シェリルのうなじに顔を埋め、まるで執着の証を刻みつけるように喉を鳴らす。
「お前の育てた花も、お前自身も、俺を苛立たせる元凶をすべて消し去ってくれる。……おい、次はあそこに生けてある花を替えろ。俺の目の届く場所で動け」
言葉は乱暴で、態度は傲慢。
だが、シェリルは気づいていた。
彼が自分の手首を掴むとき、痣にならないよう絶妙に力を加減していること。
作業中に彼女が棘で指を切れば、「無能が、余計な傷を増やすな」と毒づきながらも、すぐに彼女をソファに押し倒すように座らせ、最高級の傷薬を塗ってくれること。
「いいか、お前の体は俺のものだ。指先一本、俺の許可なく傷つけることは許さん。……分かったら返事をしろ」
そう言って、彼は手当てを終えた彼女の指先に、威圧的に、けれど熱い口づけを落とすのだった。
シェリルは、彼が心から疲れ切っており、自分の花——あるいは自分自身——に救いを求めていることに、いつしか同情以上の感情を抱き始めていた。
ある日の夕暮れ。
グレガリアンは珍しく、山積みの書類を前にソファで深く眠りについていた。
眉間に皺を寄せ、うなされている彼を見て、シェリルはそっと、彼の上に毛布をかける。
すると、鉄のように硬いはずの彼の手が、不意に彼女の手を強く握りしめた。
「……行くな。……どこへも、行くな」
起きていたのか、夢なのか──。
いつもの威圧感は消え、そこには一人の孤独な男の顔があった。
シェリルはその切実な声に胸を打たれ、逃げることなく、そっとその手を握り返した。
「どこにも行きません。私……グレガリアン様のこと、嫌いじゃありませんから……」
その瞬間、グレガリアンの目が開いた。
金色の瞳に鋭い光が宿り、彼はニヤリと、獲物を捕らえた肉食獣のような笑みを浮かべた。
「言ったな? 後悔しても遅いぞ、シェリル。俺は一度食らいついた獲物は、骨の髄までしゃぶり尽くす主義だ」
彼は驚くシェリルの腰を引き寄せ、そのまま膝の上へ強引に乗せた。
「おい、誰か! 外にいる奴を呼べ! 今すぐ婚礼の準備をしろ! 国王に伝えろ、『俺の嫁が決まった。文句を言う王子は全員叩き斬る』とな!」
「えっ!? ちょっと、私は、嫌いじゃないと言っただけで、結婚の話では……!」
「問答無用だ。お前は俺を『嫌いじゃない』と言った。それは俺のものになると誓ったも同然だ。……逃がすと思うか? 地獄の果てまで追い詰めて、その花の鎖で繋ぎ止めてやる」
逆光に照らされた彼の顔は、どこまでも傲慢で、けれど誰よりも情熱的にシェリルを求めていた。
★〜エピローグ:俺様騎士団長の溺愛生活”王子の嘆きと猛獣の独占欲”〜★
一ヶ月後、王宮は混乱の渦にあった。
“しがない男爵令嬢“が“最強の騎士団長“に攫われるようにして結婚するというニュースは、国中を駆け巡った。
挙式当日。
真っ白なドレスを着せられ、もはや逃げ場のないシェリルの前に、三人の王子が憔悴しきった姿で現れた。
「シェリル、今からでも遅くない。私と一緒に逃げ……。あの野蛮な男に、君のような可憐な花は似合わない!」
マーシャルが震える拳を握り、必死に訴えれば、カイゼルも虚ろな瞳で続く。
「あんな粗暴な男のそばでは、君の感性が枯れてしまう。僕の腕の中へ戻っておいで……」
「金ならいくらでもあるんだ! あの男の私物になるなんて人生の破滅だ!」
マクラインまでもが血走った目で金貨の袋を握りしめた、その時──。
重々しい金属音と共に、抜身の剣を肩に担いだグレガリアンが背後に立っていた。
「おい。死にたい奴から前に出ろ。俺の嫁に色目を使う不届き者は、王子だろうが何だろうが今ここで一刀両断だ」
その圧倒的な“本物の殺気“に、王子たちは「……お幸せに」と力なく呟いて退散するしかなかった。
彼らは悟ったのだ。
どれだけ地位や魔法や富を積もうとも、目の前の“欲しいものは力ずくでも奪う“という獣の執念には、到底勝ち目がないことを。
グレガリアンは、逃げようとしたシェリルの腰を強引に引き寄せ、人目も憚らずに深く口づけた。
「お前は、一生俺の隣で咲いていろ。水も肥料も、愛も──そして絶望さえも、俺だけが与えてやる。他の男の言葉など二度と耳に入れるな。分かったな?」
グレガリアンは彼女の耳たぶを甘く、けれど逃がさないという意志を込めて噛んだ。
その強引な熱情に、シェリルは顔を真っ赤にしながらも、冷たい温室に入れられるよりずっと温かい、不思議な安心感に包まれていた。
庭師見習いだった少女は、こうして世界一凶暴で、世界一独占欲の強い騎士団長の“たった一輪の花“として、甘く激しい溺愛生活を送ることになったのである。
★〜後日談:世界で一番贅沢な剪定バサミ〜★
結婚して数ヶ月。
シェリルは相変わらず、グレガリアンの執務室に飾る花の手入れに余念がなかった。
夫となった彼は相変わらずの俺様ぶりで、朝食のパン一枚から、彼女のドレスの色に至るまで、全てを「俺の好みで決めろ」と押し付けてくる。
「ふむ……そろそろ、この枝も切り時かしら。でも、このハサミも切れ味が悪くなってきたわね」
シェリルは愛用の剪定バサミを手に、独りごちた。
毎日使う道具ゆえ、刃こぼれも目立ってきていたのだ。
その瞬間──背後から伸びてきた大きな手が、彼女の手からハサミを乱暴にひったくった。
「おい、こんな鈍な物で、俺のシェリルに作業をさせると言うのか? ふざけるな」
振り返ると、グレガリアンが怒りの形相でハサミを睨みつけていた。
そして、次の瞬間──シェリルの目の前で、その鉄製のハサミを素手でぐにゃりと握り潰したのである。
硬いはずの鋼鉄が、まるで紙屑のように彼の掌の中で歪み、無惨な鉄塊へと成り果てた。
「ええっ!? せ、先生から頂いた大切なハサミが……!」
驚愕するシェリルを余所に、グレガリアンは潰れた鉄塊を床に投げ捨てると、執務室の扉を蹴破らんばかりに開け放ち、廊下で直立不動となっていた近衛騎士に怒鳴り散らした。
「おい、貴様! 今すぐ王国最高の聖鍛冶をここに引きずってこい! 伝説の魔剣を打つ素材と技術をすべて注ぎ込み、至高の剪定バサミを作らせる。今すぐだ! 一刻でも遅れたら、貴様の首をこの鉄屑と同じ形にしてやる!」
近衛騎士は顔面蒼白になり、「は、はいぃぃ!」と絶叫して転がるように駆け去っていった。
王宮中に響き渡る地鳴りのような怒声に、周囲の侍女や文官たちは「また団長が暴れている」と震え上がり、蜘蛛の子を散らすように身を隠した。
シェリルは、呆然としながらも、自分へのあまりにも過剰で、そして傲慢な“配慮“に、ふわりと笑みをこぼした。
「グレガリアン様……私、そこまで立派なハサミじゃなくても、花は育てられますのに」
彼女がたしなめるように言うと、グレガリアンは彼女の肩を強く抱き寄せ、その細い首筋に冷たく、けれど熱い視線を落とした。
「黙れ。俺の妻が触れる道具に、二流品など一片たりとも許さん。お前が満足いくまで花を愛でられるよう、世界のすべてを整えるのは俺の役目だ。……不満か?」
「いいえ、ちっとも。……ふふ、とても、嬉しいです」
シェリルは彼の鋼のような胸に顔を埋め、彼の乱暴な愛に包まれる幸福を噛みしめた。
世界一俺様で、世界一傍若無人な夫。
だが、その底知れない独占欲の奥には、常に自分を最高に大切にしようとする、不器用で身勝手なまでの愛情が秘められていることを、シェリルはもうとっくに知っていた。
その日の夕方、王国の至宝と謳われる鍛冶師が命の危険を感じながら王宮へ馳せ参じ、グレガリアンの監視のもと、未だかつてないほど美しく、そして鋭利な逸品を打ち上げた。
それは、まさに国宝級の芸術品──。
後に【シェリルズ・サクリファイス・シザー】として、王宮の歴史に深く刻まれることになるのである。
〜〜〜fin〜〜〜
貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。
興味を持って頂けたならば光栄です。
作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。
ブクマ頂けたら……最高です!




