第4話 ふかふかの毛布と共に
嵐が去った。
そう、あの熊のような男――リチャード様が、私の部屋から出ていった。
嵐の爪痕は、あまりにも深かった。
部屋の壁は霜で真っ白。床は凍りつき、私の心臓は未だにバクバクと早鐘を打っている。
だが、私の手の中には、一つの「戦利品」が残されていた。
「……何、これ。最高じゃない」
リチャード様が「寒かろう」と置いていった、深い赤色の毛布。
北方の魔獣の毛を編み込んだというそれは、触れた瞬間に指先から熱が伝わってくるほど温かかった。
私はそれを引き寄せ、ミノムシのように全身を包み込んだ。
あたたかい。
一回目の人生で、冷たい社交界の荒波に揉まれていた私には、この「物理的な熱」が涙が出るほどありがたかった。
魔力を垂れ流して冷え切った体が、じわじわと解けていく。
あの野獣公爵、意外と気が利くじゃない。……怖いけど。
「お嬢様! 失礼いたします!」
扉が開いた。
現れたのは、鼻息を荒くした父様だった。
「クロエ! 聞いたぞ。あの『ヴォルガの野獣』に餌付けをさせ、あろうことか求婚まで引き出したそうだな!」
「(餌付けはされたけど、求婚は聞き間違いであってほしい)」
私は毛布から目だけを出して、父様をじろりと睨んだ。
……つもりだった。
だが、毛布の熱で顔が上気していたせいか、父様の目には「満足げに戦果を反芻する、余裕たっぷりの女王」に見えたらしい。
「素晴らしい。王家との婚約を維持しつつ、隣国の公爵を予備の駒として手なずけるとは。我が娘ながら、その深謀遠慮、恐ろしいほどだ!」
「……父様。私は、ただ寝ていたいだけなの。駒とか、興味ないわ」
私は、重低音の「鉄の声」で事実を告げた。
本当だ。私はただ、この毛布と一緒に一生を終えたいだけなのだ。
だが、父様は「分かっている、分かっているとも」と深く頷くだけだった。全然分かっていない。
そこへ、アンネが銀のお盆を持って入ってきた。
載せられているのは、王家の紋章が入った一通の封書だ。
「お嬢様、エドワード殿下より特使が参りました。『明日の夜会、一分の遅れも許さぬ。必ず出席し、昨日の無礼を釈明せよ』とのことです」
「……釈明?」
私は毛布の中で、口角をわずかに上げた。
……ように見えただろうが、実際は「面倒くさい!」という怒りで顔の筋肉が引きつっただけだ。
けれど、閃いた。
これは、絶好のチャンスではないだろうか。
一回目の人生では、私はこの夜会で、エドワード殿下の機嫌を直そうと必死に媚びを売った。
結果、さらに図に乗らせ、最終的な断罪へと繋がったのだ。
なら、今回は逆を行けばいい。
釈明どころか、さらに殿下の神経を逆撫でするような「やる気のない態度」を見せつければいいのだ。
そうすれば、誇り高い殿下のことだ。
衆人環視の中で「こんな女、こちらから願い下げだ! 婚約は破棄する!」と言ってくれるに違いない。
(完璧。完璧な計画だわ……!)
私はお布団の中で、勝利を確信して身震いした。
「アンネ。……返事をして。出席するわ、と」
「お嬢様! ついに、公式の場で殿下を処刑……いえ、断罪なさるのですね!」
「(ただ振られたいだけなのよ、アンネ)」
私は「鉄の眼差し」をアンネに向けた。
「最高の衣装を、用意して。……私が、一番楽に過ごせるものを」
「承知いたしました! 殿下の度肝を抜く、究極の一着をご用意いたします!」
アンネは鼻息荒く部屋を飛び出していった。
よし、これでいい。
明日の夜会で、私は「やる気のなさ」を爆発させる。
髪も適当、ドレスも着崩し、会場の隅で欠伸でもしていよう。
そうすれば、エドワード殿下は私を捨て、私は自由の身。
リチャード様の方も、私が「実はただの、だらしない女」だと知れば、すぐに興ざめして帰国するはずだ。
計画を練り終えると、私は再びリチャード様の毛布に潜り込んだ。
あたたかい。
なんて幸せな眠りだろう。
……だが、この時の私はまだ知らなかった。
アンネが用意しようとしている「一番楽に過ごせる究極の一着」が、王都の流行を塗り替えるほどに「攻撃的で扇情的な勝負服」と勘違いされる代物であることを。
そして、エドワード殿下が「自分のものに手を出そうとするリチャード」に対抗して、夜会でとんでもないパフォーマンスを計画していることも――。
私は、勝利の夢を見ながら、静かに眠りについた。




