表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された令嬢、二度目の人生ではぐうたらしたい  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/6

第2話 不敬のつもりです

 素晴らしい。

 人生二周目にして、私はついにこの世の「真理」に到達した。

 

 それは――二度寝。

 それも、しがらみをすべて投げ出し、昼過ぎまで貪る泥のような眠りだ。

 

 一回目の人生では、朝五時に起きて冷たい水で顔を洗い、夜会のためにコルセットで胃を潰していた。

 そんな日々が嘘のようである。

 

 最高級の羽毛は私の全身を優しく包み込み、「もう頑張らなくていいんだよ」と囁いてくれる。

 シーツのひんやりとした感触と、自分の体温で温まった布団の絶妙なコントラスト。

 これを幸福と呼ばずして、何と呼ぶのか。


「……ふぁ」


 大きくあくびをして、私はのそりと身を起こした。

 視界に入るのは、夕方の柔らかな西日。

 

 本来なら今頃、王太子との退屈極まりないお茶会で、彼の自慢話を「左様でございますか」と無表情に聞き流している時間だ。

 それがどうだ。私は今、こうしてお布団の楽園にいる。

 

 だが、楽園の平穏は長くは続かなかった。


 ドゴォォォォン! と、寝室の扉が耳を疑うような勢いで開かれた。


「クロエ! 説明してもらおうか、貴様のその傲慢な態度の意味を!」


 現れたのは、私の婚約者――エドワード王太子だった。

 顔を真っ赤にして、肩で息をしている。

 

 本来、令嬢の寝室に男性が、それも王族が許可なく踏み込むなど野蛮の極み。

 背後に控える侍女のアンネが「王太子の無礼をお止めしようとしたのですが……!」とわざとらしく声を上げているが、その目は「さあ、お嬢様、やっておしまいなさい!」と輝いている。

 

(……ああ、うるさい。せっかくの快眠が台無しだわ)


 私は、彼をじろりと見上げた。

 ……つもりだった。

 

 だが、現実は残酷である。

 寝起きで血圧が低く、しかも「二度とこいつに振り回されない」という固い決意のせいで、私の眼差しは一回目よりもさらに鋭く、地獄の門番のような威圧感を放っていた。


「…………なにか?」


 声は、低く、冷たく。

 自分でも驚くほど、相手をゴミのように見る響き。


「なにか、だと!? 私とのお茶会を欠席しておきながら、家臣たちには『誠意を見せろ』と放言したそうだな! 私に盾突くとは、公爵家は王家との絆を断つ勇気があると見える!」


 エドワードが吠える。

 

 私は面倒になり、盛大にため息をついた。

 そして、わざと彼を挑発するように、寝室用の薄いシルクガウン姿のまま、ゆっくりとベッドから降りた。


 着替えもせず、髪も整えず、あられもない姿で殿方の前に立つ。

 貴族の女性として「終わっている」態度だ。

 これなら「なんて下品な女だ! 婚約は白紙だ!」と彼の方から逃げ出すに違いない。

 渾身のぐうたら・不敬アピールである。


 だが、一歩踏み出した瞬間。

 私の心臓が、恐怖でドクンと跳ねた。

 

(ひえっ……、殿下、目が血走ってる。もしかして殴られる!? 怖い、どうしよう……!)


 内面の私は、小動物のように震えていた。

 あまりの恐怖に、自覚のないまま私の膨大な魔力が「自衛」のために暴走する。


 パキパキパキッ!


 寝室の空気が一瞬で凍りつき、私の足元から床が白く結晶化した。

 それは蛇のような速度でエドワードの方へと伸び、彼のブーツの先を物理的に凍らせた。

 

 部屋の温度は一気にマイナスへ。

 私の吐息が、死の宣告のように白く濁った。


「なっ……魔力、放出だと……!? 無詠唱で、この規模の冷却魔法を……!?」


 エドワードが青ざめて数歩後退した。

 背後の側近たちが剣に手をかけるが、その指すらも冷気に支配され、鞘から抜くことさえできない。


「近寄らないで。……寒いから」


 私は、震える声を必死に抑えて言った。

 本当は「怖すぎて部屋の温度を下げちゃったから、これ以上怒鳴って刺激しないで」という懇願だった。

 

 だが、エドワードの目には、どうやら違うように映ったらしい。


「……っ、私を、脅すつもりか? その格好で現れたのは、私など着替える価値もない羽虫だと言いたいのか! この魔力……貴様、今までその牙を隠して私を嘲笑っていたのか!」


 エドワードの顔から余裕が消え、根源的な恐怖が取って代わった。

 「鉄の女」が、ついにその本性を現した――。彼はそう確信したようだ。


「……今日は、もう、お帰りください。私は、忙しいの。……寝るのに」


 私は、視線が泳ぐのを防ぐために、彼の眉間を真っ直ぐに射抜いた。

 実際は怖くて顔が引きつっているだけなのだが、これが「絶対的な捕食者の眼差し」に見えたらしい。


「くっ……。覚えておけ! 公爵家の増長、必ずや国王陛下に報告してやる!」


 捨て台詞を残し、エドワードは逃げるように去っていった。

 バタン! という扉の音が、今度は遠ざかる。


「…………ぷはぁっ!」


 私は、崩れるようにベッドへ倒れ込んだ。

 心臓が痛い。怖かった。死ぬかと思った。

 

「お嬢様! お見事です! あの傲慢な殿下を、ガウン一つで、しかも一歩も動かずに追い払うなんて! あんな腰抜けの顔、歴史に残すべきですわ!」


 アンネが興奮気味に駆け寄ってくる。

 違うのよ、アンネ。私はただ、怖くて一歩も動けなかっただけなの。


 だが、結果オーライだろう。

 王太子にあれだけ無礼を働いたのだ。国王陛下に報告されれば、婚約破棄は時間の問題。

 あとは、首を洗って(布団の中で)寝て待つだけだ。


「よーし。また寝ましょう。婚約破棄の通知が来るまで、私は一歩も外に出ないわ」


 私は再び、最高級の羽毛布団に潜り込んだ。

 

 ――しかし、その頃。

 王都の門には、一台の、武骨で巨大な馬車が到着していた。

 

 そこから降り立ったのは、熊の毛皮を纏った、岩のように屈強な大男。

 ヴォルガ公国が主、リチャード・ヴォルガン・ヴォルガである。


「……ほう。この街にも、面白い女がいるようだな」


 彼は、王都の空に微かに漂う「冷気」の残滓を感じ取り、不敵に口角を上げた。

 北方の極寒の地を統べる彼にとって、この冷気は親しみ深く、そしてとてつもなく強大に感じられた。

 

「アルヴェニア公爵家の『鉄の女』。王太子を震え上がらせた氷の姫君か」


 リチャードは、懐から取り出した野趣溢れる燻製肉を豪快に噛み切り、クロエの住む公爵邸へと視線を向けた。


「どれほど旨そうに食うか。……そして、どれほど温め甲斐があるか。確かめさせてもらおう」


 ――クロエの望む「静かなぐうたら生活」に、最強の闖入者が迫っていることに、彼女はまだ気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ