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悪役令嬢は断罪フラグをへし折って、カレーで人生大逆転します!~婚約破棄されたので、胡散臭い商人と国民食を作って幸せになります~  作者: 緋村ルナ


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第6章 行列のできるカレー令嬢

「お兄さん、試しに一つどうだい?パンの中に、この美味いソースが入ってるんだ!」

 カイの威勢のいい声に、最初に足を止めたのは、屈強な体つきをした傭兵風の男だった。彼は半信半半疑といった顔でカレーパンを一つ手に取ると、訝しげに匂いを嗅ぎ、そしておそるおそる一口かじった。

 その瞬間、男の目がカッと見開かれた。

「なっ……なんだこれ、うめぇ!!」

 サクッとした衣の食感、もちもちのパン生地、そして中から溢れ出す、スパイシーで熱々のカレーフィリング。未知の味の連続攻撃に、男は完全にノックアウトされたようだった。彼は目を白黒させながらも、夢中でカレーパンを頬張っている。

「おい、すげえぞこれ!ピリッとくるけど、肉の旨味がじゅわっと広がって、たまんねえ!」

 男の大声は、最高の客寄せになった。彼のあまりの食べっぷりを見ていた周りの客たちが、堰を切ったように財布を取り出し、私たちの屋台に殺到したのだ。

「俺にも一つくれ!」

「私はそのカップのやつを!」

「こっちのパン、三つ!」

 注文が、次から次へと舞い込んでくる。

「はい、ありがとうございます!」「カップカレー、お熱いのでお気をつけて!」「カレーパン、揚がりましたよー!」

 私はカイと顔を見合わせ、無我夢中で手を動かした。カレーパンを揚げ、カップにカレーを注ぎ、お金を受け取る。てんてこ舞いの忙しさだが、不思議と辛くはなかった。むしろ、自分の作った料理が、目の前でどんどん売れていく光景に、胸が熱くなるほどの充実感を覚えていた。

 口コミは、スパイスの香りよりも速く広場を駆け巡った。

「広場の隅で売ってる新しい料理、食べたか?」

「ああ、あの茶色いやつだろ?めちゃくちゃ美味いぞ!」

「南方から来た香辛料を使ってるらしい。一度食べたら病みつきになる味だ」

 噂が噂を呼び、私たちの屋台の前には、いつの間にか長蛇の列ができていた。貴族も平民も関係なく、誰もがまだ見ぬ味を求めて、わくわくした顔で列に並んでいる。

 私たちは休む暇もなく働き続け、昼過ぎには、山のように用意していたカレーパンも、寸胴鍋いっぱいのカレーも、すべてが空っぽになった。

「……完売、御礼……」

 私は屋台に小さな札を掲げ、その場にへたり込んだ。カイも隣で満足げな溜息をついている。二人で売り上げを数えると、想像をはるかに超える金額になっていた。

「カイ……やったわ!これで、店の開業資金になる!」

「ああ、大成功だな、エリザベス!」

 私たちは埃まみれの手で、勢いよくハイタッチした。疲労困憊だったが、心は達成感で満たされていた。


 一方、その頃。

 王太子アレクシスは、数人の護衛と共に収穫祭の視察に訪れていた。民の暮らしぶりを直接見るのも、次期国王としての務めの一つだ。

「殿下、なにやら広場の隅で、大変な人だかりができておりますな」

 側近の一人が報告する。

「聞けば、南方の珍しい香辛料を使った、新しい料理を売る屋台だそうで。あまりの美味しさに、一日中、行列が途切れなかったとか」

「新しい料理……?」

 食に興味のないアレクシスだったが、「行列」という言葉にわずかに興味を引かれた。民がそれほどまでに熱狂する味とは、一体どんなものなのだろうか。

 彼は護衛を連れ、人だかりができているという広場の隅へ足を向けた。確かに、そこにはまだ多くの人が集まり、何かを惜しむように屋台を眺めている。

「もう売り切れか、残念だ」

「明日はもっと早く来ないとだな」

 そんな声が聞こえてくる。アレクシスは、一体どんな凄腕の料理人がいるのだろうかと、人垣の向こうに目をやった。

 そして、彼は信じられない光景を目の当たりにする。

 屋台の後片付けをしている、エプロン姿の女性。汗で頬に張り付いた髪を無造作に拭いながら、隣の男と何かを話し、満面の笑みを浮かべている。その顔には、貴族令嬢としての澄ました仮面などどこにもない。そこにあるのは、労働の後の心地よい疲労感と、心の底からの喜びだけだ。

 その女性が、自分の婚約者であるエリザベス・フォン・クライネルトだと気づくのに、数秒かかった。

「…………なぜ」

 思わず、声が漏れた。

「なぜ…公爵令嬢である君が、あんな場所で……油と埃にまみれて、商人のようなことをしているんだ……?」

 アレクシスの固い表情が、驚愕と、理解不能な感情によってぐらりと揺らぐ。

 甘い菓子を持ってきた彼女。刺繍の話をしていた彼女。そして今、目の前で、見たこともない活き活きとした笑顔で笑う彼女。

 今まで自分が知っていたエリザベスという存在が、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じながら、アレクシスはただ呆然と、その光景を立ち尽くして見つめることしかできなかった。

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