【エピローグ】 食卓には愛とカレーを
本編の物語から、約十年の歳月が流れた。
王国は、賢王として名高いアレクシス王の治世のもと、平和で豊かな時代を謳歌していた。そして、その豊かさの象徴の一つが、「カレー」だった。
カレーは、もはや完全に国民食として、人々の生活に溶け込んでいた。子供たちが好きな食べ物の第一位は、いつだってカレーだ。
エリザベスとカイの間には、カイに似た黒髪の息子と、エリザベス譲りの茶色い髪を持つ娘の、二人の子供が生まれていた。
カイは、今や大陸でも有数の大商会長となり、世界中を飛び回っている。エリザベスもまた、カリスマ料理研究家として、そしていくつもの事業を手掛ける実業家として、多忙な日々を送っていた。
しかし、どんなに忙しくても、家族全員で食卓を囲む夜の時間だけは、何よりも大切にしていた。
その日の食卓にも、もちろん、湯気の立つカレーが並んでいる。
「お母さんのカレーが、世界で一番美味しいよ!」
大きく成長した息子が、口の周りをカレーでいっぱいにしながら笑う。
「本当!学校の給食のカレーも美味しいけど、お母さんのが一番!」
娘も、にこにこと頷く。
「あらあら、ありがとう。たくさんお食べなさい」
エリザベスは、子供たちの頭を優しく撫でた。
食卓には、愛と、美味しいカレーがある。それだけで、人生はこんなにも幸せなのだと、彼女は心から思う。
隣では、旅から帰ってきたばかりのカイが、満足そうにカレーを頬張っている。
「うん、やっぱりうちのカレーが一番だな。長旅の疲れが吹き飛ぶぜ」
「おかえりなさい、あなた。お土産話、また聞かせてね」
穏やかで、温かくて、そして少しだけスパイスの効いた、幸せな日常。
時折、アレクシス王は、王妃と子供たちを連れて、お忍びで『スパイス・パレット』の一号店を訪れるという。彼はそこで、昔と変わらない味のチキンカレーを、懐かしむように食べるのだそうだ。彼らの間には、かつての婚約者という関係ではなく、国を思う者同士としての、静かで確かな友情が育まれていた。
食文化は、人々の心を豊かにする。
エリザベス・フォン・クライネルト。悪役令嬢として転生した彼女は、自らの手で運命を切り拓き、お飾りの妃になることを拒んだ。そして、一人の料理人として、愛するカレーで、国中の人々の胃袋と心を掴み、幸せにした。
彼女が起こした美味しい革命は、これからもずっと、この国の食卓を温かく照らし続けるだろう。
食卓には、愛と、そして美味しいカレーを。
物語は、スパイスの香りが満ちる、幸福な余韻とともに、優しく幕を閉じる。




