第16章 スパイス香る、私たちの未来
私とカイが結婚してから、数年の月日が流れた。
私たちの人生は、まさにスパイスの効いた、刺激的で美味しいものだった。
カイの卓越した商才と、私の料理の腕が合わさった『スパイス・パレット』は、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長した。下町の一号店を本店とし、王都の貴族街や商業地区、さらには地方の主要都市にまで、次々と支店をオープンさせた。
今や「カレー」は、王国の食卓に欠かせない国民食として、完全に定着していた。貴族の晩餐会から、庶民の家庭の夕食まで、あらゆる場所でカレーの香りがする。スーパーマーケット(カイが新しく始めた事業だ)の棚には、様々な種類のスパイスや、家庭で手軽に作れるカレールーが並んでいる。
私はただの料理人としてだけでなく、後進の育成にも力を注いだ。王国の資金援助を受け、平民でも貴族でも関係なく学べる、料理人養成学校を設立したのだ。そこでは、伝統的な王国料理と共に、私が体系化したスパイス学が教えられ、卒業生たちは次々と新しいスパイス料理を生み出していった。
私はもはや、元悪役令嬢でも、救国の英雄でもない。王国の食文化に革命を起こした、一人の偉大な料理人として、誰からも尊敬される存在となっていた。
ある晴れた日の午後。
私は、カイと共に、私たちの原点である『スパイス・パレット』の一号店の厨房に立っていた。
少し年を重ねたけれど、私たちの関係は何も変わらない。
「カイ、玉ねぎ、もう少し炒めてくれる?」
「あいよ。これくらいでいいかい、シェフ?」
カイが手際よく玉ねぎを炒め、私が絶妙なタイミングでスパイスを調合する。言葉を交わさなくても分かる、阿吽の呼吸。この厨房は、いつだって私たちの聖域だ。
コトコトとカレーが煮える心地よい音を聞きながら、私たちはこれからの未来について語り合う。
「今度、西の大陸との交易路が開けるらしい。また新しいスパイスが見つかるかもしれないぜ」
「まあ、素敵!どんな香りがするのかしら。想像しただけでワクワクするわ!」
私たちの会話は、いつだってスパイスと料理のことばかりだ。
その時、厨房のドアから、二人の小さな子供がひょっこりと顔を出した。私とカイの間に生まれた、宝物たちだ。
「お父さん、お母さん!今日のごはんは、なあに?」
黒髪の息子と、茶色い髪の娘が、キラキラした目で私たちを見上げる。
私はしゃがみ込んで、二人を優しく抱きしめた。
「もちろん、カレーよ!あなたたちが大好きな、特製の甘口カレー」
「やったー!」と歓声を上げる子供たち。
この何気ない日常こそが、私が手に入れたかった、最高の幸せだ。
夕暮れ時、私たちは店の外に出て、夕日に照らされた王都の街並みを眺めた。あちこちの家の煙突から、夕食の準備をする煙と共に、カレーの香りが漂ってくる。
カイが、私の肩をそっと抱き寄せた。
「私たちの人生、スパイスがきいてて、なかなか美味しいよな」
「ええ。最高の味だわ」
私たちは顔を見合わせて、笑い合った。
悪役令令嬢に転生した私の人生。それは、破滅フラグから始まったけれど、スパイスと、愛する人との出会いが、最高に幸せな物語へと変えてくれた。
これからも、私たちの未来は、きっとスパイスのように芳醇で、刺激的で、そして温かい。そんな幸せな予感に満ちて、物語は幕を閉じる。




