第13章 国を救った料理人
エリザベスが配る「薬膳カレー」の噂は、瞬く間に王都中を駆け巡った。
「『スパイス・パレット』のカレーを食べると、流行り病が治るらしい!」
「あれはただの料理じゃない。魔法の薬だ!」
最初は半信半半疑だった人々も、実際にカレーを食べて回復した者たちの姿を見て、店の前には助けを求める長蛇の列ができるようになった。エリザベスはカイや下町の仲間たちと協力し、寝る間も惜しんでカレーを作り、配り続けた。
食欲を刺激する魅惑的な香りが、病で何も食べられなかった人々の胃を優しく目覚めさせる。そして、スパイスに含まれる様々な成分が、弱った身体の免疫力を内側から高めていく。エリザベスの料理は、まさに病に苦しむ人々にとって、最高の処方箋となったのだ。
この前代未聞の事態は、当然、王宮にも届いた。アレクシス王太子からの強い進言もあり、国王はついに決断を下す。
ある日、『スパイス・パレット』に、国王の紋章が入った豪奢な馬車が到着した。現れたのは、物々しい鎧を着た騎士と、王宮の使者だった。
「エリザベス・フォン・クライネルト殿に、国王陛下より勅命である!」
使者は、恭しく巻物を広げた。
「その方が作る料理『カレー』を、流行り病に苦しむ全国民のための、正式な食事として採用する。よって、直ちに王宮へ参内し、その調理法を宮廷料理人たちに伝授せよ、とのことである!」
一介の食堂の主が、国王直々の勅命を受ける。まさに異例中の異例だった。
私はカイと共に王宮へ向かった。案内されたのは、公爵家の厨房とは比べ物にならないほど巨大な、王宮の大厨房だった。そこには、何十人もの宮廷料理人たちが、緊張した面持ちで私を待っていた。
最初は、私を見下すような視線を向けていた者もいた。元貴族とはいえ、今や街の料理人。そんな若娘に何が教えられるのか、と。
しかし、私が指揮を執り始めた途端、その空気は一変した。
「そこの方は玉ねぎを全てみじん切りに!」「あなたはスパイスをこの配合で挽いてください!」「鶏肉はヨーグルトとスパイスでマリネします!」
淀みない指示、無駄のない動き、そして何より、スパイスに関する圧倒的な知識。私の手際の良さと確かな腕に、プライドの高い宮廷料理長でさえも、次第に感服の表情を浮かべるようになった。
王国の騎士団が、国中から最高の食材を運び込んでくる。巨大な寸胴鍋がいくつも火にかけられ、王宮の厨房は、かつてないほどのスパイスの香りに満たされた。
アレクシス王太子も、多忙な公務の合間を縫って、自ら配給の手伝いに参加した。彼はシャツの袖をまくり、民の一人ひとりにカレーの入った器を手渡していく。そして、汗を流しながらも生き生きと働くエリザベスの姿を、眩しそうに見つめていた。彼の胸にあるのは、もはや後悔だけではない。一人の人間としての、純粋な尊敬の念だった。
完成した大量のカレーは、騎士団によって王都の隅々まで、そして地方の街々へも配給されていった。
カレーを食べた人々は、次々と元気を取り戻していく。街の広場では、人々がカレーを囲んで談笑し、活気が戻ってきた。
「エリザベス様、ありがとう!」
「救国の料理人だ!」
人々の感謝と称賛の声が、あちこちで飛び交う。
そして、数週間後。国王陛下から、流行り病の完全終息宣言が正式に出された。
広場に集まった人々は、エリザベスの名を叫び、割れんばかりの歓声を上げた。
悪役令嬢として断罪されるはずだった私が、自分の大好きな料理で、この国を救った。その事実に、私の胸は熱い感動で満たされていた。私の名は、もはや悪役令嬢としてではなく、王国の歴史に「救国の料理人」として、永遠に刻まれることになったのだ。




