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第三章 恋と愛と、憎しみ〈2〉

毎日投稿7日目。


「ころして……殺してちょうだい」

「それはいけませんね。あなたは、命も含めて、全てわたしの物なのですから」


 ヴィオレッタの嘆願に、アリアは笑顔で答えた。


「そんなに死にたいんですか? 不快なことがないよう、気を配っていますが」


 アリアの顔に、悪意はない。たとえ自身の欲望の檻に閉じ込め、義姉の意志を抑制しようとも、その上で快適に過ごせるように配慮しているつもりだった。

 アリアにとって、籠の中の鳥という関係性は当たり前に存在する。アリアの人生は常に、外的な要因によって翻弄され、力を持つ誰かの意のままに生きてきた。だから、自分が力を持った時には当然、他の人に対しても振りかざす。それが当たり前の道理であった。


「貴方の望みはなんなのよ……?」


 ヴィオレッタにはわからない。だって、彼女は常に支配する側だった。生まれた時から、持つ側の人間。だから、根本的に理解できない。どうしようもなく、生まれ育った価値観の断絶がある。


「それでは、体でわかってもらいましょうか」


 愉しげにアリアは言った。彼女の指先が、ヴィオレッタの肌をねっとりと撫でる。平静でいたくとも、心臓が跳ねるのが止められない。


「やっやめて……うぁッ……いや………ッ、アリア!」

「やっと……やぁっと、わたしの名前を呼んでくれましたね」

「えっ」

「ふふっ……あはっ」

「ひっ」


 もともと愉しげだったアリアの表情が、今までにないほど喜色に染まった。


「ねえ、ヴィオレッタ。あれだけ頑なに呼ばなかった名を口にして、今、どんな気持ち?」

「ッ……何を言って……わたくしは――」

「わたしのことが怖いですか? 理解ができないって顔をしていますよ」


 ”アリア・セラフィーナ”の存在を、ヴィオレッタは決して認めなかった。だからこそ、名前を呼ばなかった。

 彼女の視界に映り、その激情に入り込むことはできても、名前を呼んでもらうことはできなかった。名前とは、その人の在り方そのものだ。名前を呼んでもらえないということは、存在を認めてもらえないということ。


「ああ、そんな顔。昔は見られなかったのに」

「アリア、お願い……これ以上は――」

「“お願い”なんて言葉も、ようやく言えるようになりましたね、ヴィオレッタ」


 歪んだヴィオレッタの顔を、アリアは優しく撫でる。


「えっ……あっ」

「ヴィオレッタ、その苦しみを終わらせる方法を教えてあげましょうか?」


 悪魔のような囁き。以前のヴィオレッタであれば、考えるまでもなく突っぱねていただろう。

 しかし、久しい監禁の時間と、じわじわと迫りくるアリアの存在感に、ヴィオレッタの精神は擦り切れようとしていた。


 いつの間にか、憎悪の対象であるアリアに、助けを求めるような懇願の眼差しを向けている。


「お、おしえて」

「ふふ、ただ受け入れてくれるだけでいいんです」

「うけ、入れる?」


 アリアの瞳が妖しく光る。


「そうです。わたしのことを受け入れて、愛してくれればいい」

「あいするなんて、こと……」


 できない、と言う前に、アリアの唇がその煩い口を塞ぐ。


「「ちゅ……ん…んむ……あっ」」


 ただでさえ霞んでいたヴィオレッタの輝きが、さらに虚ろとなる。


「ねえ、ヴィオレッタ。…………気持ちよかったでしょう?」

「きもち、よかった」

「苦しくなかったでしょう?」

「くるしくなかった」


 刷り込むように問いかける言葉を、ヴィオレッタは復唱する。


「わたしの物になれば、あなたの苦しみは終わります。ただ、受け入れればいいんですよ」


 天秤が傾く。そして、一度傾いた天秤は戻らない。あとは堕ちるだけ。


「教えて、ヴィオレッタ。あなたは誰の物?」


 最後の一押しをするために、アリアは問いかける。


「――――――わたくしは、アリアの物よ」


 トンと堕ちる音がした。


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