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第一章 アリアとヴィオレッタ〈1〉

毎日投稿1日目。

 ヴィオレッタは、うら寂しい修道院にいた。


 王都にいた頃の華やかな生活とは比べるべくもないが、それでも庶民よりはマシな生活を送れている。娘の修道院送りこそ止められなかった父の侯爵が、修道院への多額な寄付を行ったからだ。


 辺鄙な地において、退屈な祈りの中、ヴィオレッタは暮らしている。


「ヴィオレッタ、祈りの時間ですよ」


 修道院長の言葉に、ヴィオレッタは途中の刺繍を止め、礼拝堂へと向かう。彼女の後ろを、修道院に入るにあたって付けられた下女が付いて行く。屋敷にいた頃にヴィオレッタに仕えていた侍女たちは全員、挿げ替えられていた。


 侯爵にとっては変わらず大事な娘であっても、王家や教会、世間にとって、ヴィオレッタは罪人だ。

 もとは庶民の出身で、身を粉にして民のため、国のために献身する聖女アリアは、まさに英雄という名にふさわしい存在。

 だからこそ、事情を知っている者にとって、ヴィオレッタは聖女を害した人間。そして、ヴィオレッタが義妹を嫌い、虐げていることは、社交界や領地で広く知られている事実であった。


 冷ややかな視線と態度が、全てを失ったヴィオレッタを覆っている。

 修道院に着いてから数日、いじめや明らかな世話の放棄こそなかったが、針の筵状態。徐々に心の余裕が削られていく。


 その晩、ヴィオレッタは寝支度を終え、就寝しようとしていた。


「それでは、自分は失礼させていただきます」


 ヴィオレッタの返事を聞くこともなく、下女はさっさと自分の使用人部屋へと帰っていく。

 もう文句を言う気力もなかった。ヴィオレッタは大人しくベッドに横たわり、目を閉じる。だが、一向に眠気は訪れなかった。


 窓が風に揺れて、小さくガタガタと鳴る。

 ヴィオレッタの部屋は修道院の二階、奥向きにある。


 今夜は新月。窓の外には星明りしかない。既に蠟燭の光すら消した部屋は、暗闇が広がっている。いくら目を凝らしても、ただの貴族令嬢には一寸先も見えなかった。


 昨日と変わらず眠れない夜が続くと思っていた時、ふと物音が聞こえる。風が木を揺らして音か、動物の音かと思っている間に、音が近づいていく。この、ヴィオレッタの部屋の窓に。

 ヴィオレッタは恐怖で震えた。なんとか寝具から抜け出して、部屋の扉へともつれた足で向かう。暗い視界の中で、何かを倒して、落とす。必死で扉に縋りつくも、押しても引いても扉はびくともしない。

 ひりつく喉を懸命に使って、下女を、誰かを呼ぶ。非力な手で扉を叩く。けれど、助けはこない。


 そうこうするうちに、窓が開く音がした。ガサガサと、何者かが部屋へと入ってくる。それが誰なのかと認識できないままに、容赦なくヴィオレッタに襲い掛かった。

 顔に何かが被せられ、抵抗する間もなく、縛りあげられる。そこでヴィオレッタの意識は落ちた。



 ヴィオレッタが目を覚ますと、体は拘束され、視界は塞がっている。パニックになって暴れると、襲撃者がそのことに気づいた。馬車の揺れが止まる。誰かが近づく気配がして、猿ぐつわが外された。


「――――わっわたくしが何者かをわかっていて! ただじゃすみませんわよ!」


 彼女の喚きに、誘拐犯は冷静に告げる。


「元セラフィーナ侯爵令嬢よ。今は貴族名簿からも、その名が削除されていることをお忘れになったか?……まあ、いい。俺の雇い主は、あんたよりも格上だ。大人しくしているのが身のためだぞ」


 それだけ言うと、男は再び猿ぐつわを装着した。猿ぐつわを噛みしめて、ヴィオレッタは恐怖に震えるしかなかった。



 どれほどの時が経っただろう。視界が塞がっていると、今が夜なのか、それとも陽が出てきたのかも判然としない。


 きっと朝になれば、ヴィオレッタを起こしに来た下女がその不在を確認し、自分を探してくれるだろう、とがんばって自分を鼓舞する。自分が誘拐されたことに気づかれれば、きっとすぐに探し出され、無事に救出されるとヴィオレッタは信じていた。


 突然、馬車の揺れが止まる。目的地についてしまった。

 男はヴィオレッタを軽々と担ぎ上げ、運んでいく。ヴィオレッタは懸命に逃れようと暴れたが、早々に体の疲労が限界を迎える。

 どこかの石の床に、ヴィオレッタは下ろされた。震えるヴィオレッタの白い肌に、がちゃんと手枷が嵌められる。


 そこでようやく、ヴィオレッタの目隠しと猿ぐつわが外された。久しぶりの明るい視界に、目がチカチカする。

 自分を攫った男の他に、もう一人誰かがいることはわかるが、輪郭がぼやける。何度も、瞬きをくり返して、明るさに慣れさせる。

 やっとハッキリした視界には、予想外の人が映った。


 その人は小柄な少女のはずなのに、床に座っているということを除いても、ヴィオレッタには随分と彼女が大きく見えた。


「な……なぜ、おまえがっ」

「ふふっ、ごきげんよう」


 彼女の目には、ヴィオレッタの苦手なギラギラとした光が宿っている。


「遠路はるばる、ようこそ。――お義姉様」


 ヴィオレッタを追放したはずのアリア・セラフィーナ、その人がいた。


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