番外編 王太子の考察――後の偉大なる時代の賢王は
毎日投稿9日目。
リュシエール王国の上流階級に突如現れた異分子――アリア・セラフィーナ。
王太子が初めて、彼女と交流する機会をもったのは、貴族学園に彼女が入学してきた時だった。
「まだまだ勉強しなくちゃいけないことはたくさんあるけど、がんばるよ!努力だけは得意なの!」
一目見てわかった。彼女が所詮、「必死に背伸びをしている成り上がり者」にすぎないことが。努力家で前向き。健気だと素直に評せる少女。
そして愚かしい。故に、可愛げがある、と王太子は思った。
同時に、父王が早々に彼女を囲った理由も察する。アリア・セラフィーナは利用価値が高いことと併せて、後ろ盾が極端に少ない。
そのような人材は非常に貴重だ。まことに使い勝手のいい道具となるだろう。
だが、王家もセラフィーナ侯爵も、予想外なことが起こた。彼らの想定以上に、彼女は成果をたたき出したのだ。
いまや「光の聖女」と言えば、アリアただ一人を指す。民衆や教会からの支持は絶大で、彼女は身一つで王家と交渉できる権威を手に入れた。
道具でしかなかった小娘が、一人の人間として力を持ったのだ。
必然的に、王家の動きも変わる。道具として使い潰すのではなく、自分たちの勢力に取り込む形に。聖女を象徴とする教会とも連携していくことになる。
だが、秘かに進み始めたその動きに、適応できない人間がいた。
「下卑た庶民が、わたくしの視界に入るなんて、身の程を弁えなさい」
アリアの義姉、ヴィオレッタである。
王太子にとっては、重臣の娘、弟の婚約者、将来の王妹である。貴族令嬢らしい女であるヴィオレッタとは、友好的な関係を築けている。
セラフィーナ侯爵の後継者としての利用価値に加えて、将来の王族となる人物。親王派とすべく、懐柔するのは当たり前のことだった。
だから、王太子は考えた。どちらを切り捨てるかを。
個人として絶大な力と貴賤を問わない支持を集める新参者アリア・セラフィーナか、正統な血筋と貴族らしさをもつヴィオレッタ・セラフィーナか。
おそらく、父である王も、同じ天秤を測っているだろう。
実質的な価値としてはアリアが有力だが、同時に彼女の地位は彼女自身の力のみに由来するものであるから不安定。一度の失敗で、全てが崩れ落ちかねない。
今の時点で、どちらと決めてしまうのは早計。
だから、王太子はヴィオレッタの機嫌を損ねない程度の諫めはしても、どっちつかずの対応をしていた。
想定外だったのは、弟王子がアリアに入れ込み、婚約者であるヴィオレッタを蔑ろにし始めたこと。アレは人の言う事を聞かない、と王太子としては頭痛の種であった。
もっと懸念されるのは、せっかくの便利な道具がこの事で調子に乗らないか、ということ。王族の寵愛を盾に、自分なら何をしても許されると勘違いする女は王国史において事欠かない。
「最近は我が弟と仲良くしてくれているようだね、アリア嬢。これを機に、弟もより信仰に篤くなってくれるといいけれど」
機を見て、探りを入れてみる。
アリアはいつもの柔和な表情は変えなかったが、よくよく見れば目が笑っていない。こちらの真意を見透かす眼をしていた。王太子は咄嗟に、より気を引き締める。
「王太子殿下、ごきげんよう。はい、恐れ多くも、第二王子殿下にはよくしていただいております。きっと、わたしの至らなさが目に余ったのでしょう」
完璧な返答だ。全く、調子に乗っている気配は感じなかった。
むしろ、不自然なほど。
アレは、性格は軽薄だが、王族らしく顔は良い。血統も、折り紙付きだ。良い気はしないにしても、悪い気もしない相手だと思えるのだが、彼女からは全くその気配を感じなかった。
「早く、お手を煩わせなくなるよう、励む所存です」
ダメ押しのように、これ以上の関わり合いを拒否する言葉が続く。これは完全に、弟の独り相撲を、周囲が騒ぎ立てているだけだということがわかった。
そして、アリア・セラフィーナの認識を改めなければならない、とも気づいた。
愚かしいと思っていた純朴な少女は、思いの外、野心的な目をしている。それも、狂暴な狩人のような本心を、きれいに聖女の皮の下に隠していることを直感した。
「アリア嬢、僕は君を買っていてね。これからの時代、王家と教会はより手を取り合っていかねばならないと考えている。そのための架け橋として、ぜひ同じ学び舎で机を共にした君が必要になるだろう」
王太子は方針を転換する。ヴィオレッタを切り捨て、アリアをとる。
対するアリアは、王太子を品定めする目をしている。
「まだまだ未熟者であるわたしには、過分なお言葉ですね」
ふっと、笑っていなかった目が、弧を描いた。
「けれど、殿下の期待に応えたいと思っています。ぜひ、殿下の御治世に貢献いたしますので、その時はお引き立ていただけると幸いです」
「嬉しい言葉をもらえたよ」
どうやら彼女もまた、王太子と組することを決めたらしい。
アリアと王太子は笑い合う。傍目には和気藹々としているように見えるだろうが、実際は腹黒同士の契約締結という甘さのひとかけらもない状況である。
この二人の最初の協同は、意外に早く来た。
「ほお、ヴィオレッタ・セラフィーナを蹴落とすのかい?」
「王太子殿下は存外、直截な物言いをするのですね」
「幸運なことに、それだけ信頼できる人間で周りを固められているからね」
王太子の外聞が守られている確信がもてるという側近の信用度は、すなわち王太子自身の実力と言える。
「――――――そろそろ、時が満ちました。考えていたことを実行する準備が整ったので」
「義姉をどうするつもりだい?君を虐げてきたヴィオレッタ嬢を」
王太子の直感からは、この少女の本性は見た目では推し量れない。おそらく、抜け目のない狩人。どれほどの感情を抱えもっているのか、わからない。
「望むのなら、父上に進言する以外にも手を貸すけど」
「過大な待遇ですね」
「それだけ君に恩を売っておきたいということさ」
爽やかに笑いかける王太子に対して、いっそあっぱれなほどアリアは気にしない。
「ありがたいことです」
柔和な聖女の微笑みをしていたアリアの顔が、一瞬、獰猛に嗤う。
「ですが、ヴィオレッタはわたしの物です。手出しをすれば、王太子殿下が相手でも、わたしは何をするかわかりませんよ」
冷や汗が滲む。視界の端に、無防備な女相手に、護衛が咄嗟に剣の柄に手をかけたのが見えた。
「…………なるほどね。ヴィオレッタ嬢が君の琴線か」
「王太子殿下は敏い方です。きっとわたしたちは、良きビジネスパートナーとなれますよ」
この時が、二人の本当の二人三脚の始まりとなった。
これは、遠い未来において、賢王と称えられる男と、偉大な”光の聖女”として歴史に名が刻まれる少女の前日談である。
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