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ヒトミノキョウカ  作者: inasa
一人目「やさしいきつね」
9/9

バックテル、泥船にて

「……報告致します。」

 リンドウは血濡れた姿で立っていた。

 

 ――モクヒの事務所。

 茶器の音が鳴る。

 音の出処――ソファに向かい合って座る、モクヒと、白髪の凛々しい女性。


 ヨスガは窓際でそれを眺めていた。


◆◆◇◇

 

 彼女が来る直前、モクヒはリンドウと僕に告げた。

 

「これから来る方は、国一番の軍事力を持つと噂されている赤狼自警団(せきろうじけいだん)芸冷(ゲイレイ)団長です。

 噂は本当ですよ、緋月(ひづき)軍――国より、巨大な力を持っています。

 私のお得意様でして、今回の印瞳(いんどう)家跡地偵察に向けた人員を出してくださった方です。


 亡くなった2人。探偵――(レン)さん、そしてその助手、香澄(カスミ)さんの上司でもあります。

 失礼のないように。


 そしてヨスガ様。私は貴方の存在、生存は自警団に伝えてあります。

 ……しかし、貴方の立場は伝えていません。」


 ヨスガの片眉が僅かに上がった。


「貴方が当主であること、印瞳家崩壊の引き金になったこと――貴方の目的。自警団がこれらを知れば、彼らは貴方を危険視し、……排除する可能性も考えられました。

 そういう組織なんです。それが理由です。」


 淡々と告げるモクヒに、ヨスガはなんでもないようにわかった、と頷く。


 リンドウだけが、強ばった顔をしていた。


◆◆◇◇


「――以上5名で偵察に赴きました。

 目的は、生存者の捜索。次に――

 怪異化した犠牲者の確認でした。」


 儀式は関係ない、死んだ人間の怪異化。

 そんなことがあるのか、と、ヨスガは少し瞠目(どうもく)した。

 それを見逃さまいと言わんばかりに、芸冷団長の視線が飛んできた。狩られるような心地で、目を逸らす。


「この偵察はモクヒ様の依頼ですが、国の安全を考えると妥当な判断かと。国は事故として扱い、ろくに調査もしませんが、印瞳家は古くから――

「前置きはいいよ。もう。」

 お茶に手もつけず、団長が初めて口を開いた。


「モクヒを庇いたいのか知らんが、依頼したことを責めるつもりは毛頭ない。そんなことより大事なことがあるだろう。」


 一拍おき、リンドウを真っ直ぐ見据え、問う。

 

「敵はどんな奴だ?何体いた?どんな情報を得た?敵はどうなった?この先どんな危険がある?……どうして2人も死んだ。

 簡潔に答えなさい。」


 ぎゅ、と逃げ道を塞がれたような顔をしてから、リンドウはゆっくり口を開いた。


「体長4m程の怪異、1体です。

 外見の特徴ですが、白く長い髪、体は深く灰色に近い青。目元は仮面――いえ、異常発達した鱗のようなもので覆われ、口元は大きく裂けていました。

 4つの手のうち、巨大な2つの手と、祈るように重ねられたもう2つの手にかかる割れた数珠や、地蔵のような傘が特徴的で……二足歩行でしたが、龍のようだとも思いました。

 尾があったような気もしますが、あまりよく覚えていません。

 

 恐らく、痕跡からほかにも多くの怪異がいたと伺えますが……全てその怪異に倒されたのだと推測します。」


 一旦言葉を切り、苦虫をかみ潰したような顔で、リンドウはもう一度口を開いた。


「写真を撮ろうとしたところを見つかり、探偵さ――レンさんは……俺を庇って殴り飛ばされ、胴体を潰されました。

 それをみた香澄さんが跳躍して挑みましたが、……()()()()()()()()()()。」


「……。」

 そんな怪異が?

 リンドウと帰ってきた自警団2人、そして芸冷団長をみる。

 自警団がひ弱とは思えない。国一番なら、無論印瞳家よりも強いということになる。

 印瞳家で戦うのは当主1人と、それをサポートする数人だけだ。あとは兵器。

 (だから比較はしにくいかもな。)

 戦闘は怪異の出る結界の中で行われるから、ヨスガが怪異を見たことはあまりない。戦うことになる直前に、全て壊してしまったし。


 だとしても恐ろしすぎないか。

 

 (……なんて思ってんだろうな。あの顔は。)

 青い顔のヨスガを見ながら、リンドウは内心苛立つ。


 (ヨスガ、君は残念ながら箱入り息子なんだよ。

 だが正直あの強さは異常だ。そもそも、戦闘特化の怪異なんて少ない。……逆に、だからこそ他の怪異化した奴らを掃除しちまったのかもしれないが。


 さて、問題はこの先だ。)


「ほう、それで?そいつはどうなった。君たちはどうして帰ってこれた?」


 (うるっせえな今考えてんだよババア!!!)

 

 リンドウは怒り、そして焦りを押し殺す。


「怪異は不意に去りました。付近を捜索しましたが見つからず…行方不明です。」


 ぎろり、音がしそうな目の動き。

 芸冷団長がリンドウを睨んだのだった。


 (キレそうなのはこっちだっつうの実は今状況最悪なんですよわかります!!!???わかんないよねえ!!!)


 リンドウはヨスガをみる。

 団長のオーラになんだか萎縮してるような、あの男。

 ……罪人の癖に、我が儘なくせに。女一人に固執してる殺人鬼のくせに。

 正当化はしない。

 悩んで、悩み続けている。

 ……視野が狭い。この男はそれだけだ。きっと。


 (それも環境考えたら仕方ないんだよなあ……。人殺しはどう足掻いてもアウトだけど。)


 (……動機だって。)

 自然と、リンドウはモクヒを見ていた。


 (賛同はしねえよ。でも、)

 理解、できない訳じゃない。

 その泥船に、乗らない言い訳には、ならない。

 モクヒが乗る船に、乗らない言い訳には、ならない。

 (俺もモクヒ様が、大切だ。)


「……うちの団員の話によると。」

 先に口を開いたのは、団長だった。


「君の前で、なにか呟いていたそうだね。」


「……はい。

 『マダラ』、そう呟きました。」


 『ヨスガサマ……マダラ。』

 確かに怪異はそう呟いた。だからこれは、嘘。

 ヨスガサマ。その部分を団員が聞いていたら、一発アウト。

 (ギャンブルは、3年ぶりだな。)


 丁か半か。


「……。」

 

「……そうか。」


「助かるよ。うちの団員は聞き取れる距離じゃ無かったそうだからね。」


 芸冷団長はのそり、立ち上がる。

 

「リンドウ君だよね。」


「……はい。」


「幼少期に家出、その後はスラムで乞食、やっとの思いで仕事を見つけるが、その際にギャンブルにハマる。しかしながらあまりの豪運で勝ち続け、カジノ出禁レベルのギャンブラーとなったのち、しばらくして消息を絶った……。」


 団長は窓の外を見ている。――その表情はほとんど見えない。

 窓にうつるぼんやりとした影は、揺れていた。

 

「……私にもそんな子がいたよ。

 つけた名前の花言葉にそぐわない、正義の欠片も無い子だった。」


「……君によく似ている。

 但し、ギャンブルが好きなら、知っているはずだ。


 バックテル(周囲の反応)には、気をつけるべきだとね。」


 ヨスガの頭一個分はゆうに超えた身長差。

 その体格で団長はヨスガに迫る。


「……もう一度聞くよ。怪異はなんと、呟いた?」


「『マダラ』と。」


 即答。


 団長は振り返り、リンドウを流し目でみる。


「それだけです。」


「……。」

 部屋の沈黙も、団長の威圧も、ヨスガのことも。

 リンドウのポーカーフェイスを崩すことはなかった。


「……っあ゛ーもう誰に似たんだか!

 帰るよ!」

 

 グビっとお茶を飲み干して

 ダンッと置いた。

 

「お茶ご馳走様!報告もありがとね!あとモクヒ!!!」


 バシッ、と背中越しにモクヒを指さす。

 モクヒは微笑んで続きを促した。


「……守りんさいよ。」


 少し、自信なさげに指さした手の力を落としながら。そう言って、扉をバタン!っと開け、ダンッと閉めて。

 団長は帰っていった。


「…………。」

「なんっっっだよあのクソババア!!なぁ聞いてくれよヨスガ!アイツ俺が乞食経由してギャンブラーになるまでほっといてたんだぜ!?会った記憶もねえよ!今更カッコつけて母親ヅラするとかマジ頭沸いてんだろそう思うよな!!てかモクヒ様を指さすな失礼だろ!!!1回戦場でその腕捨ててこい!」


「聞こえてるよバカ息子〜。」

「ぎゃーーーっ!?」


 ドアの向こうからの声にリンドウはヨスガに抱きついて縮み上がった。


「……なん、なんですか……。」

「なんなんでしょうねぇ〜。」

そう言いながら残りのお茶を啜るモクヒは、本気で怯えるヨスガに対して随分と生暖かい目をしていた。

「嫌悪と恨みだけじゃ出来上がらない関係、ですよ。」


◆◆◇◇


 団長が帰ってしばらくした後、モクヒは仕事机に戻っていた。

 リンドウとヨスガは、洗面所で洗濯の準備をしている。血の匂いと洗剤の匂いが混じった、そんな中で、ヨスガは口を開いた。

「もう色々喋って大丈夫?」


「盗聴器の類はねえよ。カメラ見た限りもう外にもいねえ。」

 脱いだ血塗れの洗濯物を洗濯機に放り投げながら、リンドウがぼやく。


「……怪異は、ほんとはなんて言ったんだ。」


 ポンっと、リンドウは洗濯機の蓋をしめて、言った。


「『ヨスガサマ、マダラ』

 そう言ったよ。」


 ……やっぱり、そうか。守ってくれたのか。

「……ありがとう。リンドウ。」

「ったく、なんだよ勘違いすんなよ。俺はおまえに賛同したとか、そういうんじゃねえ。ただ同じ船に乗ってるだけだからな。」

「それで十分だ。十分、有難い。感謝してる。」


 リンドウは首を回して、居た堪れなさそうにしている。今後はもっとありがとうって言って褒めよう。面白い。


「……人も怪異になるんだな。」

「まあほとんどはならん。印瞳はなる。死後、必ず。」

「か、必ず?」

「必ずだ。……まだ気にすんな。さっさと洗濯機のボタン押したらどうだ。それともあれか?俺の筋肉美を見たいか?」

「……興味無い。」

「うっそだろお前、無いわ、無いわ男として……。」

「人の身体は、柔らかい方が、いい。」

「え、女のタイプの話?」

「……。女性もだけど。」

 いっぱい食べさせて太らせたいなあ。とボヤく。

 横でリンドウが両肩を抱きしめてドン引きしている気配がした。


 無言でピピッ、と、ボタンを押して、洗濯機を回す。

「……それと、さ。ともかく。

 怪異は、僕を敬称で呼んで、マダラは呼び捨てだったの?」

 シャツを脱いだリンドウの、傷だらけの背中に向かって問う。

「……そうだけど。

 てか『マダラ』って名前かよ。」


「ああ。僕の実の父親だ。」

「え」

「そして、印瞳家先代当主、印瞳 斑(いんどう まだら)。彼を呼び捨てにする印瞳家の人間は一人だけ。」

 

印瞳 龍二(いんどう りゅうじ)

 父上の親友で――僕の、育ての父さんみたいな人だ。」



 

 


 

 

 

 

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