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ヒトミノキョウカ  作者: inasa
一人目「やさしいきつね」
7/9

このひとごろし

「演技だと、思って欲しい。」


 これは僕の、紛れもない本心だった。

 

 同情はいらない。

 たった今閉めた扉。そこに目を落として、思う。


 誰にも許して欲しくない。

 自分がしていることが最低な自覚はある。

 歩く歩幅が、足音が、大きくなっていく。


 ルコちゃんの同情を誘って、それからどうするつもりだった?

 ……正直、何かに使えたらいいな、と思っていた。

 思わず立ち止まって、それからまた歩き出す。


 使うってなんだ。

 人間だ。ルコちゃんは人間だ。


 ……でもキョウカだって人間だった。

 でも、今は?


 ……。

 キョウカに、その価値はあるのか?


「っあぁっ!」

 ダンッ!

 ひとつ、地団駄を踏んだ。そうして天井を仰ぐ。

 いつの間にか、スタッフルームにいた。

 

 天秤に、乗せている。命を。

 駄目だろうそんなこと。ないだろうそんな権利。


 備え付けの鏡の前に立つ。

 酷い顔、そして自分の瞳が映っている。


 藻草色に浮かぶ、黒い、ひし形の瞳孔。

 このひし形は印瞳の血を引く証。世界を背負う、英雄の証。……そう言ったのは誰だっけ。


「っえ゛……」

 込み上げる吐き気。思わず蹲る。

 

 同じことをしている。

 キョウカを奪った奴らと、同じことを。

 ……結局僕はアイツらとなんら変わりない。


 ――鏡の前に立つ。


「やめろ。」

 『考えるな。』

「……でも」

 『考えたら道を違える。』

「でも僕は奪いたくなんか」

 『今更だ。キョウカがどうして生贄になったのか、早く殺されたのか。忘れたの。』

「……やめてくれよ。」

 『逃げるな。お前に悩む権利はない。猶予もない。』

「……。」

 『キョウカを殺したのは、お前だ。』


 鏡の中で、僕が睨んでいる。

 どうしようも無い僕を、僕が睨んでいる。


 ふと視線を手元に落とす。

 そこには本が握られていた。開いていたのは最後のページ。

 そこに書きなぐられた、呪いの言葉。全部僕が僕のために書いた言葉。


 一際大きく、こう書かれていた。

 "

 逃げるな。忘れるな。善ぶるな。

 この人殺し。

 "


◆◆◇◇


 ――八年前

 僕はキョウカを連れ出した。

 花火の舞い散る、祭りの夜に。


 滝で体を洗って。

 盗んできた赤い着物を着せて。

 キョウカの白い雲のような髪を三つ編みに編んで。


 これは?と、三つ編みを不思議そうに見つめるキョウカに、おまじないだよ。と教えてあげた。

 

「ネコマ…妹が言うんだ。僕にこれをしてもらうと、勇気が湧くんだって。キョウカも元気出るかなって、思って。」


 僕の言葉通り、キョウカは少し元気がなかった。初めての外に緊張しているのだろうと。僕はそう結論づけた。

 結論づけてしまった。


「……ねえヨスガ。」


 キョウカの問いかけに、僕は三つ編みに向けていた顔をあげる。


「わたし、汚いよ。ヨスガが思ってるよりずっと。」


「そんなことない!!

君は綺麗だ。綺麗で、可愛い。大丈夫。僕が言うんだ。間違いない。」


 いつものやりとり。僕はいつものように答えた。

 もし

 もしも、「君が汚れてるとしても愛している。」と伝えられていたら、何か変わっていただろうか。

 

「行こう。ここから出ていこう。」


 キョウカの手首を掴んで引っ張り、歩み出す。

 後ろで、キョウカが足をもつれさせているような気配がした。


「君が好きだ。」

 ドーン、と。

 花火が上がると同時に伝えた。両手を包み込むように握って、真摯に伝えた。


「友達として、人として、そして、えっと、一人の女性として、好きだ。

 僕と一緒に、どこまでも逃げてくれ……ないか……。」


 言葉が途切れる。

 彼女の顔が、絶望に染まったから。


「……ちがう。

 ……わ、わたし、ちがう。ちがうの。」


「…………ごめんなさい。」


 気づけば僕は、彼女が落とした草履を拾っていた。

 草履が脱げてしまうほど、慌てて。逃げるように。走り去っていった。


 捕まるんだろうな。

 僕も罰を受けるのかな。

 ぼんやり、夢の中のような頭で考えていた。

 そんな過去の自分を殴りたい。


 次に会ったとき、キョウカはすでに()()()()()()()()()()


 儀式のため、七十七日間、苦しんで。

 僕はその間、部屋に引き篭もるばかりで。

 なんにも、しなかった。なんにも、できなかった。


 ……そうじゃない。

 僕が引き金を引いたのかもしれない。

 なんだかそう考えて、暗い気持ちでいたい。

 

 しかし同時に、甘えなのかもしれないが、なんでかわからないが、

 じっくりと悲しみにしずんで、被害者ぶっていたかった。


 でもそんなことは許されない。許さない。


◆◆◇◇


 ヨスガはベッドの上で、先ほどの夢――否、過去の思い出を反芻していた。

 壊れたレコードのように、ずっと反芻していた。

 キョウカの言葉の一つ一つを、反芻していた。


「よ、ヨスガさん、起きてますか?」


 モクヒがドアから顔を覗かせる。

 ……勝手に開けんなよ非常識。せめてノックを……


「すっ、すみません!!!何度もノックしたんですけど返事なかったので心配で……」

 

 ……してたんだ。

 起きなきゃなあと、思うけれど体は動かない。

 昨日のことを思い出してさらに気が重くなる。


「あ゛〜……。フジサワさん、なんか言ってた?」

「いえ?特に何も。」

「……そっか。」


 沈黙。

 モクヒが近づいてくる足音。


「……あの。今日はアルバイトお休みしましょうか。」

「……。」


 行き場のない両手と視線を彷徨わせながら、モクヒは続ける。


「お休み、しましょう。それがいいです。

 ……じゃあ私、仕事、あるので。」


 ……扉が閉まる音がした。

 ような、気がする。


◆◆◇◇


 ――印瞳家、屋敷跡


 怪物がしゃがんでいた。

 白く長い髪、体は深い青。目は仮面のようなもので覆われ、口元は裂けている。

 膝までの高さが大人一人ぶんの高さにあたる大きさ。


「おやまあ、随分とおとなしいね?」

 

 探偵のようにチェック柄のあしらわれたロングコートを纏い、髪をお団子にまとめている若い女性。

 土を踏み締めるヒールが、随分と場違いだった。


「危険、でしょうか。」

 そう尋ねたのはリンドウ――モクヒの秘書だ。

 

「霊媒探偵歴――何年だっけ?まあいいや。そんな私の勘が言ってる。すぐに襲っては来ないだろうけど

 ……かなり厄介だよ。うちの精鋭を連れてきて正解。」


 霊媒探偵を名乗る女性。その他にも、木陰に潜む影がいくつかあった。

 リンドウが乾いた唇を開く。

 

「……元印瞳家の怪異。

 はじめて見ました。」


「私もさ。まあ、今回は印瞳家跡地の視察。それだけだ。数と姿を記録して――」


 やわい風を感じた。


「!」

「リンドウ!!」


 木々を引き裂く轟音。目の前にいた先ほどの怪物。それから、

 血飛沫が、草むらに飛んだ。


「うう、っあああ……」

「探偵さん!!??」


 リンドウは探偵に突き飛ばされて転がった体を急いで起こし、駆け寄ろうとした。


 ゴッ


「んキャうっ」


 怪物の腕が、草むらを殴った。

 そこに探偵の体の重量など、ないかのように。


「たっ……」

 リンドウの頭の中に、警報が駆け巡る。


「てっっ……退!!!全員逃げろ!!!」


 同時に、リンドウの背後から一人のツインテールの少女が飛び出す。

 彼女はとてつもない脚力……否、足に纏った護力で飛び上がった。


「おい待てダメだ!勝てな」


 リンドウの視界が赤く染まった。

 ぱらぱら、長い髪が降り注ぐ。


 急いで赤いものをぬぐったあと、目の前に広がっていたのは怪物の、かお。

 

「……ぃあ」


 されど、覚悟した衝撃は襲って来ない。


 見上げると、怪物は遠くを見ていた。

 ……その先には都市がある。


「……ヨスガサマ。……マダラ。」


 怪物が呟く。

 リンドウが再び瞬きしたのち、怪物はいなくなっていた。

 

 

 

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