第一王子の不自由な日々に終焉を。
今日は来客があるというのに、授業が時間通り終わらなかった。
自分が不甲斐ないからだ。仕方がない。
走って庭園まで急いだ。
あの少女が来ているはずだから。
親が決めた婚約者。
公爵家の長女で、品のある少女だった。
まだ、自分か弟か決まってはないけれど、このまま順調にいけば自分の婚約者になるはずだ。
ミルクの入った甘いチョコレートのような茶色の髪色に、新緑の瞳。
一目見て可愛らしいと思った。
小鳥がさえずるような声は、もっと聞きたいと思った。
早く会いたい。
息切れしながらも、少女が目に入る。
庭園にあるテーブルにその子が座っていた。
嬉しくて、マナーは悪いが手を振ろうと思った。
「私、大きくなったら貴方と結婚したいな!」
その言葉は自分に向けたものではなかった。
ニコニコした表情の正面で、弟が顔を赤く染めている。
なんて楽しげなんだろう。
心臓の鼓動が嫌な速度になっていく。
浮ついた心はズシリと重くなり、足はそこから一歩も動けなかった。
♢
「王子、この歳になっても魔法が使えぬのであれば困ります。王子は将来国王になられるのですから。」
そんなこと言われたって使えないものは使えないのだ。
才能がない、向いていない・・・、努力していない。
言い訳ならいくらでもある。
しかし、そう言おうものなら、教師の持つ鞭が飛んでくるのは想像が容易いことだった。
「もう一度、この詠唱を。」
教師に言われた通りにするものの、机の上に変化はない。
今は、一番簡単な火を灯す魔法のはずだったが。
この国の第一王子として生まれ、7歳になった頃から、様々なことを学び始めた。
読み書きが終われば、政治、経済、音楽、乗馬といった多岐にわたる学問。
やってもやっても終わらない。
自分的には上手くやれていたと思う。魔法を除いては。
この国には、魔法を使える人と使えない人がいる。
差別はない。できるかできないかの問題だから。
しかし、王子として生まれたからにはそうとはいかなかった。
“由緒正しい血筋なら使えて当たり前”という認識があったからだ。
現に、弟は5歳からその才能を発揮し始めた。
「弟君であるルーベキア様は使えるのですから、王子もできるはずなのです、さあ!」
「できないよ、もう無理だ。私には魔法を再現する能力がない。」
ポツリとこぼれた言葉が、教師を激昂させてしまった。
“できないはずはない”、“第一王子なのだから”と、言葉と鞭を振るってくる。
「痛い、痛い、やめて、やめてくれ!」
頭を手で覆って、体を縮める。
第一王子といえど、学問をできるようになるならば、多少の暴力も目を瞑っていたのだと思う。
父である国王も、母である王妃も、僕がどんなにどんなに辛くても助けてはくれなかった。
窓の外から、弟が訓練所で楽しそうに氷の魔法を放っている姿が見えた。
隣にいた魔法士らしき大人は、笑顔で満足気に弟を見ていた。
もう疲れた。
どうすればいいんだろう。
何がダメなのか。
そんな幼少期だった。
♢
16歳になると、学園に通うようになった。
学問はどれも習ったものばかりだったが、通わないわけにもいかなかった。
貴族ばかりが通うこの学園では、味方になるか、敵になるかの見分けがもう始まっていた。
まあ、ほとんどは、自分に擦り寄ってきたが。
当たり前だと思う。進んで第一王子、将来の国王に向かって反抗するやつなんかいるわけがない。
その代わり、どいつもこいつも、似たようなお世辞に、中身のない話ばかりで一緒にいるのが疲れるばかりだ。
この頃、婚約者であるオルレアとも上手くやり取りができていなかった。
可愛らしかった少女は大人に近づき、美しい女性に変化していった。
同時に、彼女も王妃教育が始まり中々会えない日々を送っていた。
・・・それは言い訳か。彼女は僕なんかよりも・・。
1年経つと生徒会長になり、“小さな国家”を運営するようになった。
貴族は、この頃が華だと言うが、自分にはとても学園生活を謳歌するほどの余裕なんてない。
会長ともなれば右腕となる男も、他の生徒会の仲間もいるが、多忙だ。
自分は不器用な方かもしれない。
「王子、もうお帰りになった方が良いかと。」
右腕であるリンドは心配そうな顔だった。
このところ、休めていない。
学園一代イベントである建国パーティーの運営をしなければならなかったからだ。
「少し外の空気を吸ってくるよ」
外のベンチに座って空を眺める。
先ほどまで青空が広がっていたはずなのに、今はもう夕暮れだ。
自分が帰らないと、他の生徒会の生徒が帰れない。
それはわかっている。でももう少しキリのいいところまで・・・。
「あの!」
驚いて、声のする方を向いてしまった。
名前を呼ばれている訳でもないが、ここには自分しかいない。
声の主は、婚約者とは真反対な女性の生徒だった。
落ち着きがなくて、可愛らしい。
容姿は銀髪にオレンジの瞳。婚約者のオルレアよりも派手な見た目だった。
「第一王子の、ギルフィー様、ですよね!?」
両手を胸の前で合わせ、祈りのポーズと似ていた。
いや、緊張しているのか。
淑女らしからぬ大きな声。
そして、第一王子である僕に、学園にいる誰よりも有名な僕に名前の確認までしてくる始末。
不覚にも、呆けてしまって声が出ない。
「私、退学になりたいんです、お願いします!」
わけのわからない令嬢は、真剣そうな言葉で頭を垂れていた。




