「間話」 子供は親心を知らない
間話です。親から見てリアはどんな道筋を辿るのか。
ライオネルの書斎は、静謐な夜の空気を吸い込んでいた。ベアトリスは泣きつかれ寝てしまった娘を寝かせ部屋を出た後、ライオネルの書斎へと向かった。暖炉の火だけが穏やかな音を立てている室内で、ライオネルは執務机の上にある、教会からの圧力を示す書類から顔を上げた。
「リアは?」
ライオネルの声は、静かだが深い安堵を含んでいた。
ベアトリスは、ゆっくりと夫の隣の椅子に腰掛けた。メイドに茶を入れるよう指示を出す。彼女の緋色の瞳は、微かに潤んでいるものの、その奥には強い炎が燃えていた。
「安定したわ。あの子ちゃんと私のことを見てくれたのよ」
メイドの入れた茶を傾けながら嫁いできた時より少し目元の皺の増えた顔で穏やかに笑う。
「……リアの目を見ただろう、ベアトリス」
「ええ、ライオネル。あの子が熱から目覚めたあの日からね。深みが増したの。」
ベアトリスはカップをソーサーに戻した。彼女の緋色の瞳は、暖炉の火を反射して、強く燃えているように見える。リアの瞳と同じ色だ。
「以前は、少しでも私たちが視界から消えると泣きそうになっていた。だが今は違う。むしろ、私たちを見つめ返す。」
ライオネルは妻に身を寄せた。
「心配だ。あの子の瞳は、まるで、お前の瞳の最も激しい部分だけを切り取ったようだ。そして、その中に、ペンブルックの血が持つ、冷淡さが宿り始めている」
ベアトリスは、夫の不安を理解していた。彼女の血筋は、侯爵家が持つ「水」の理性に対し、「火」の情熱をもたらす。その情熱は、時に侯爵家に非凡な力を与えるが、同時に自壊するほどの破滅的な力を呼び込む可能性を秘めていた。
「私たちの娘よ。私たちが何よりも愛した子。あの瞳の奥にあるのは、きっと愛よ。そして、それを守ろうとする決意」
「守る、か……」
ライオネルは深いため息をついた。彼の執務机の上には、教会からの露骨な圧力がかかった書類が山積している。そっと仰ぎ見る。顔を覆う手の間から天井に広がる。仰ぎ見る。それはある神々の戦の絵だった。
「あの小さな体に、ペンブルックの宿命が再び降りかかろうとしているのか。教会の神、『永遠』は、私たちの『進化』の思想を許さない。そして、リアの緋色の瞳は、その『進化』の象徴そのものだ」
ベアトリスは静かに立ち上がり、夫の肩に手を置いた。
「神々の理不尽な争いに、私たちは巻き込まれてきた。けれど、今回は違う。私たちが愛で守り、育てた子よ。あの娘はきっと、私たちよりも強いわ」
「それにあの娘には、アルビーがいる。あの子はきっとリアの帰る場所になる。リアの良心となる。最後の、慈悲となる」
彼女の緋色の瞳に、一瞬、リアと同じ激しい炎が揺らめいた。
「私たちの最愛の娘が、もしこの運命を乗り越え、この国を守る『炎』となるなら……私たち夫婦は、どんな役割でも果たしましょう。アルビーもリアも、この血に選ばれた子たちよ」
ライオネルは、妻の瞳の炎を見つめた。その揺るぎない情熱こそが、彼がベアトリスを愛し、侯爵家の血に温かい希望を与えた理由だった。
彼は妻の手を握り、決意を込めて言った。
「ああ、そうだな。リアは、アルビーは私たちの全てだ。あの子達がこの先、どんな理不尽が降り掛かろうが生きていける、道筋をつけておこう」