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地続きの世界

だいぶ迷走しました。

 腑に落ちたところで、事態は何も変わらない。本来愛されるはずのアメリアは消え紗奈は身の振り方を知らない。でも確かに嬉しい気持ちがあった。心の持ちようがここまで影響を与えるとは知らなかった。枕に埋めていた顔を気づかれないように、涙を拭う。


「ねえセーラ。貴方は私を何とみているの。主人の娘、それとも姉の遺児?」


 できるだけ、皮肉めいた表情をする。聞かなければよかった。後悔が煮詰まっていく。なのに心の内側には確かに嬉しいという気持ちが満たしていく。紗奈と思い出したあの日から、日が経つごとに時間が経つごと、紗奈とアメリアの境界がふやけて消えていく。それがどうしようもないほど、虚しいのだ。私が目が覚めるたびに、話をするたびに、息をするたびにアメリアの痕跡が塗り替えていく。愛されたあの娘の痕跡を塗り替えて、挙げ句の果てにそれにアメリアと名付ける。こんなことがあってたまるか。


「アメリアお嬢様。大丈夫です。お嬢様はお嬢様です。」


どうしてそんな無責任なことが言えるの。貴方の大好きなお嬢様は今、消えかけているというのに。苦しい虚しい。そっと布団に潜り込む。頭の痛みは少し和らいでいた。


「ごめん、少し一人にして。」


セーラが何を思ったかは知らない。でも一礼して出て行った。この世界で生きていくということは、この罪悪感を『罪』を受け入れなければならない。あの日、テレビの中の彼らも、飲み込んでいたのだろうか。


 セーラが出て行った後の部屋は、静寂に満ちていた。その豪華な静寂が、私の心の虚無感を一層際立たせる。柔らかい布団や火が差し込む部屋、豪華な家具たち。その全てがアメリアに与えられたものだった。


(私はアメリアを殺したの? 紗奈の記憶が、この温かい愛を知った幼い魂を塗りつぶしたの?)


頭の中の理性が、


「ただ記憶が戻っただけだ」


と囁く。しかし、家族に向けたあの冷たい拒絶は、愛を知らない紗奈のものだ。アメリアなら、きっとあんな顔はしなかった。

ベッドの上で膝を抱える。髪がシーツに散らばった。何も知らない、何もできない。そこにはただただ行き先を失った迷子だけがいた。


 静寂が支配する部屋に、ノックの音が響く。枕に埋めていたままの顔を起こし、少し手櫛で髪を直す。


「リア?入っても構いませんか」


母だった。体調をまた崩した私を心配したのだろう。是を返した私に対して、少し控えめに入ってくる。


「体調は落ち着きましたか」

 

 供をつけず部屋に入ってきたベアトリスは、びわの入った籠とカトラリーの入った籠を下げている。柔らかく微笑みながら、枕元のテーブルに籠を置き椅子を引っ張って、そこに座る。軽く頷き、アメリアは体を起こしベアトリスに向き合った。


「お仕事は大丈夫なのですか、お母様」


記憶の中のベアトリスはいつも忙しそうで、二つから三つごろの年はちょうど冷害により軽い飢饉が起きた年だった。あまり構ってもらえた記憶は少なく、それでも決して邪険にしないように細やかなところに気を配る慈愛に満ちた人だった。


「あまり母親らしいこと貴方にしてあげられなかったでしょう。だから今日ぐらいは屋敷の女主人じゃなくて貴方の母親らしいことをしてみたくて。」


少し苦笑まじりに、でも柔らかい笑みを湛えながらカゴに手を伸ばす。カゴから皿とナイフ、びわを取り出し皮を剥き始める。やり慣れていないのだろう白魚の手は少し危なっかしげに皮を剥き始める。


「ねえ知っていますか。貴方が生まれた日はねすごく穏やかな日だったの。今日みたいな穏やかな柔らかい日差しが部屋に入り込んでいて、あぁこの子は世界に祝福されたんだって。」


どこまでも愛しくてたまらないと浮かべる目を向けてくる。だが思わず目を背けてしまった。アメリアはもういないのに。そんな私を少し笑いながら穏やかに話を続ける。


「でも貴方が2歳の時、冷害、すごく寒い日々が続いてお野菜などが取れなくなってしまって」


アメリアの年齢に合わせて言葉を選びながらぽつぽつとベアトリスは話を続ける。


「その上、あまり雨も降らなくなたから、市民がご飯を食べれなくなってしまったの。だからその対処に追われてしまって。乳母、エリシアがいたから任せっきりにしてしまって、でもエリシアは神のお膝元に帰ってしまったでしょう。だからもっと貴方との時間を作ればよかったって。いいえこれは言い訳ね」


呟くような惜しむような声が部屋に響く。切り終えたびわを皿に盛り付けそっと差し出してくる。


「だからね、リアこれはお願いなの。どうか今貴方が抱えているものを私に見せてくれないかしら。私貴方の母でいたいのよ。貴方の愛に報いたいの。」


ベアトリスの後悔がありありと滲む。ずっと屋敷の女夫人であること、母親であることの中で揺れ動いている。返したい、報いたい。この人にどうしようもなく手を伸ばしたい。


「リア私はね、貴方やアルビーが生まれてきた日をきっといつまでも覚えているし、貴方が初めて喋った日も覚えてる。きっと貴方の魂が地続きであることも」


アメリアは咄嗟に顔を起こしベアトリスの目を見る。動揺を隠すことができない。そこには責める色合いなど一切なくただただ慈愛の色があった。


「貴方がもの心がつく前にたくさんお話をしたの。一人っ子のお家に生まれたこと、ご両親が貴方に目をかけてくれなかったこと、コウコウという場所に行ったこと。友達がたくさん道を踏み外したこと。カイシャという場所に行ったこと。ほんとはダイガクに行きたかったこと。」

「貴方の名前は紗奈ということ。」

「ねえリア、いいえ今は紗奈さんかしら。私はね貴方の母親になりたいの。お願い私に貴方の背負っているもの、少し分けてくれないかしら。」


ベアトリスのいいえお母様の緋色の目が私を覗き込んでくる。私と同じ目だ。それがどうしようもなく暖かさに満ちている。この人は全てを知っていて、そばにいてくれた、愛してくれたんだ。両の目から涙がこぼれ落ちてくる。私はアメリアを殺してなんかいなかった。初めからお母様の娘で私のこと丸ごと受け入れてくれたんだ。


「お母様…」


無様に声を震わせながら手を伸ばす。柔らかく安心する匂いがする。それを受け入れ抱きしめてくれる暖かさは今、初めて知りそして思い出したものだ。

週一できたらいいなと考えております。

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