魔法初心者
頑張れアメリア!!
お父様の部屋に行った後、お兄様の部屋へと訪れた。急な訪問になっちゃったから少し申し訳ない。いつも訪れる部屋の扉が少し大きく見える。
コンコン
「どうぞ」
子供特有の少し高いが、威厳に満ちた声が帰ってくる。その声に導かれ扉を開けた。体ごと入る勇気はなく顔だけひょっこりと覗かせた。
「別にとって食ったりはしない。風邪を引く前に入ってこい」
そのぶっきらぼうな口調に安心感を覚える。少しの皮肉と、確かな優しさ。
ーーーああお兄様だ。
「今日はお願いがあって参りました」
改まって切り出す。
「聞いている。お父様から通達が来ていた。魔力の適切な使い方の件だろう、おいで」
軽く頷き、前を行くお兄様の背中を追いかける。毎回、少し身長が伸びている
この時期の子供の成長は早い。嫡子ということもあり、私には計りきれない重圧もるのだろう。
「あそこなら大丈夫だろう。厚着はしているな」
セーラが着せてくれた上着を握り締め、お兄様と共に庭へ出る。晴れているが、風が冷たい。もうすぐ雪が降り出すだろう。
「リア、魔法の適性が見つかった後感覚は掴めたか」
被りを振るとお兄様は小さく頷いた。
「魔法は覚醒するまでは実感しないことが多い。平均的に覚醒は7歳ごろに行われる。今は水面下で眠っている、魔力を引き摺り出す必要がある」
「その前に、とりあえず見た方が速いだろう」
お兄様が両の手を重ねそっと握る。その瞬間手の中から、水が溢れ出す。澄んだ水は蛇のように姿を変え、お兄様を中心に優雅に渦を巻いた。思わず水に手を触れる。
「温かい」
春の湯のような温度に驚く。
思わず呟いた言葉にお兄様は至極真面目な顔で返す。
「この時期の水は冷たいとしんどいからな。火魔法を内蔵させ温水にしている」
「適正以外も使えるのですか」
「ああ適正は得意分野が分かるだけだからな。基本努力すればどれでも使える」
そう、言うと水をそのまま土にかえし、手のひらを空へかざす。お兄様の横にある落ち葉が浮かび上がり、そのまま切り裂かれた。
「風魔法だ。土魔法は苦手だがな」
その軽やかさに見惚れていた私へ、アルビーが視線を戻す。
「さて。次はお前の番だ。手を出せ。」
そっと手を握られる。お兄様の手のひらから何か温かいものが、流れ込んでくる。
「魔力を制御する基本は“循環”だ。
体内にある魔力を感じろ。無理に動かすな。流れを“観測”するだけでいい。」
「……はい。」
リアは目を閉じた。
意識を内に沈めると、体の中にお兄様と似た温かな流れがあった。
それを掬い上げるように集中する。
けれど――。
「――っ!」
掌の先で、風が暴れた。土が渦を巻き、庭の石畳が軋む。
アルビーが片手を振るだけで、風はぴたりと止む。
「今ので死んでたかもしれないな。」
「……そんなにですか?」
「風は刃になる。魔力の放出を誤れば、周囲を斬り裂く。
お前の今の魔力量なら、侍従ひとりは軽い。」
冷ややかな声。それでも責める響きではなく、事実を突きつけるだけの声だった。
リアは唇を噛みしめ、息を整える。
「次は、呼吸を合わせろ。魔力は息とともに出入りする。
吸えば取り込み、吐けば放て。……簡単だろう?」
アルビーが木の葉の上に手をかざす。
空気が震え、彼の足元に淡い光の陣が浮かび上がる。
葉が舞い上がり、円形に回転しながら空へと昇っていく。
それはまるで、風そのものが彼に跪いているかのようだった。
「見て覚えろ。」
リアは息を詰め、彼の所作を凝視した。
指先、呼吸、重心――どれも無駄がない。
動きの一つひとつが、美しい。
次の瞬間、アルビーが命じた。
「模倣してみろ。」
リアは両腕を上げ、同じように息を吸い込む。
魔力の流れを感じ、空気に溶かす。
――だが、わずかに焦りが混じった。
轟音。
風が唸り、雪が爆ぜる。
制御を失った魔力が暴走し、渦がリアの身体を包み込む。
「リア!!」
アルビーが地を蹴る。
瞬間、青白い光が彼の掌から走り、リアを包んだ風を強引に抑え込む。
風が止み、静寂が戻る。
リアは息を荒げ、肩を震わせていた。
「――はぁ……はぁ……」
「焦るな。」
アルビーは静かに言った。
その目は厳しくも、確かな信頼を含んでいる。
「魔力は命と同じだ。支配しようとすれば反発し、理解すれば応える。
お前がやるべきは力を振るうことじゃない。力に“語りかける”ことだ。」
リアは頷いた。風の冷たさが痛いほど沁みる。
けれどその痛みが、確かに生きている証だった。
「……もう一度、お願いします。」
アルビーはわずかに笑みを浮かべる。
冬の光が彼の睫毛に反射し、淡い影を落とした。
「よろしい。次は――“氷”だ。
冬の精霊は気まぐれだぞ。女同士、うまくやれるといい。」
リアは深呼吸し、凍てつく大気の中で再び目を閉じた。
(大丈夫、できる)
その目には不屈の色が宿っていた。
上達はすぐ叶うものではない。