お父様に直談判
最大の壁、父
決意を胸にした翌日。私はお父様の部屋の前にいた。そう、春になったら領地を見て回る約束をするためである。穏やかな顔でセーラは後ろに控える。
静寂な廊下にノックの音が響く。
「入れ」
事前に通達をしていたおかげか、すんなりと通された。アポイントメントを取るのは社会人の常識である。今は社会人じゃ無いけど。
「失礼します」
圧巻である。この半年で磨いた目にも一瞬でわかる、豪華な調度品。天井には神々の大戦を司る絵画。壁には地図。まさに大人の仕事部屋といった風情である。感心しながら見回していると、苦笑ぎみにお父様が話しかけてくる。
「わざわざ部屋の見学に来たわけでは無いだろう。そこに座れ。」
促されお父様の机の正面の椅子に座る。お父様付けの侍女が入れた紅茶で少しだけ安心する。
「今日はお願いがあって参りました」
「どんな願いだ。行きすぎたものではなければ大抵叶えてやれるが」
「春になったら、領地の視察に同行させていただきたいのです」
深海の様な目が軽く見張られる。そうだ今までの私の世界は、この家で完結していて外に興味すら持ったことがない。そんな娘が領地に視察に行きたいと強請り出すのは完全に予想外だろう。
「予想されていたとは思いますが、私の前世はあまりいい環境ではありませんでした。その中でできた友人は、幼少期から花を売っていたり、薬にハマったり、自殺したり、反社会的組織に属したり。ですがこれらが全て、本人の努力不足の外側にありました。親が元々反社会的組織に属していたり、子に関心がなかったり、モラルがなかったり」
一息でいったため息が切れる。だが言わねばなるまい。静かに耳を傾ける父につばを飲み込む。紅茶を一口飲み続ける。
「私の友の一人は20を迎える前に自殺しました。親から逃げて警察に連れ戻され、絶望して首を吊ったそうです。一人は薬物依存になり、警官の指を噛みちぎりその後正気を失いました。私は友の二の舞を生み出したくないのです。どうかお願いします。私を視察に連れて行ってください。どうか関わらせてください」
そう言って頭を下げた私をお父様は何を思っていたのだろう。沈黙は長く続いた。その後に出てきた言葉は絞り出したような声だった。
「いいだろう。ただし条件がある」
予想外に許可が出た私はお頭を起こした。だが続いたのはお父様の警告だった。
「お前が行きたがっている所は、俗に言う『治安の悪い場所』だ。力無き令嬢を連れていくことなどできぬ。まずは自身を守れるだけの魔法を磨け。裏路地に入れば社会の枠組みから外れた者共がいる。自らを守れなければ足手まといにしかならん」
条件付きだが許可が出た。その事実に内心小躍りしてしまいそう。
「わかりました。必ず自らの身を守れるようになります」
暖炉の火が揺れお父様の瞳が紫がかって見える。
「リア、これを機に少し話をしようか」
暖炉の火が反射しお父様の目が紫架かって見える。少し居住いをただし、傾聴の姿勢に整える。
「魔法は神と交わった人の子が使える奇跡の力ということは知ったね」
「はいお父様」
「基本的に魔法は貴族の子が使えるものだ。当時の貴族たちはこぞって魔法使いの血を入れたし、貴族の独占的財産となっている。だが稀に庶民にも魔法が使えるものが出る。何故だと思う」
少し悩むが、答えとしてはこれがほぼ全てを占めているだろう。
「貴族の落とし胤の隔世遺伝?」
「正解だ。じゃあその魔法が使える子たちはどうなると思う」
魔法が使えるということは貴重な資源になる。
「大事な働き手になる?」
「不正解だ。基本的には教会に捨てられる」
「捨てられる?」
軽く目を見開き動揺するアメリアを尻目にお父様は話を続ける。
「庶民の手にとって、魔法の使える子供は手に余る。魔力暴走などが起きようものなら一家まとめて死にかねない。故に魔法が使える子供は捨てられる」
思っていたよりヘビーな現実に挫けそうになる。それでも私はやりたい。過去できなかった立場ではなく、今何かを成せる立場にいるのだから。
「それでも、私は視察に同行したいです。お願いします。」
お父様はふっと笑った
「さっき言った通り自己防衛できる様になったら、連れて行ってやる」
その言葉に私は思わず飛びついた。
可愛い愛娘ですものね。危険な所には連れては行きたくないものです。