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閑話「とある姉妹のお茶会」

姉妹のお話

 バラが広がる庭園ーー後宮の東屋の秘密の花園。意図的に左右非対称に崩された庭に、その姉妹は座っていた。ルビーブラウンの髪を風にあそばせ、思慮を湛えた瞳を向けるはこの国の皇后ローゼニア。向かいにて、普段とはかけ離れるほど少女めいた笑みを浮かべるはベアトリス・ペンブルックであった。ここでは普段背負っている、侯爵夫人という肩書も皇后という肩書も存在せず、姉妹はおしゃべりに興じる。


「そういえば、あなたの娘アメリアでしたね。ようやくあの夢遊のような状態から抜け出したとか」


ローゼニアは紅茶を傾け、慈愛と威厳を帯びた微笑を浮かべた。その笑みにベアトリスも小さく安堵の息を吐く。


「本当に。近頃は勉学にも励んでいるようで。もしかしたらまた、あなたにお会いできる日も近いかもしれないわ」

「あら、それは楽しみ。前にあった時はまるで地獄の深淵を覗き込む顔をしていたのに」


ローゼニアはくすくすと笑う。その穏やかで知性すら感じさせられるものは直情的な妹にはないものだった。


「前はお人形のように無口だったのに。人って、そんなに変わるものなのね」

「どうやら、体に魂が定着してなかったらしいの。ずっと酩酊しているような状態だったそうよ」

「魂が定着していなかった?」


ローゼニアは目を見開き。思わず紅茶を置く。真っ直ぐに伸びた背筋で話すベアトリスはコロコロと表情を変えながらまるで何でもないかのように続けた。



「生まれる前は別の世界で生きていたみたいで。熱に浮かされた時に、そんなことをよく話していたの」


ローゼニアは額を抑えた。

人払いをして正解だった。


「それ、外では決して出さないで。余計なものを引き込みかねない」


善意の忠告なのにベアトリスは拗ねたような表情をする。教会や今は沈黙を保っている不穏分子に利用されかねない。


「姉様以外には言いませんわ。それに......姉様だってリアの容姿をご存知でしょう?」


ああ、知っている。前に思い出すは、以前目にした姪の姿。

ーーー『母』によく似ていた。恐ろしいほどに。


その美貌で男を狂わせ、そして愚かさゆえに破滅を辿った女。髪色とあの夢見心地の瞳にどれほど安堵したことか。


「娘には、あれと同じ末路を辿ってほしくはありません。故に学院に入るまでは基本的に誰にも合わせないつもりです」


ベアトリスは呻くように呟く。

家の管理を叔母に押し付け、男遊びに耽り、甘言に惑わされ反逆罪で処刑された母。その粛清で貴族の半数が失われた。叔母は蟄居を命じられ、何も加担していなかった虚弱だった父も一族郎党処刑された。姉妹も処刑されかけたのを免れたのは妹がある条件を飲んだからだ。ベジリア家は今、傍系が継いでいる。



「あの娘には知恵をつけさせなさい。......まあ、あのような愚行を繰り返すことはないでしょうけど」

「本当にね。あの子達には、私達のような道を歩ませたくありません」

「私達には叔母様がいたけどあの子達にはいませんからね」


放浪していた母。病弱だった父。

そんな家を支えたのは叔母だった。だが、反逆者の身内ということで婚約破棄され、恩赦により蟄居は解かれたが未だ一人。父も恩赦で実家で眠っている。



「そういえば、___あなたの息子。誰彼構わず誑し込んでるという噂を聞いたけれど?」

 

わざとらしくローゼニアが茶を啜る。考えに耽っていた、ベアトリスは弾かれたように、顔を上げた。


「ご存知だったの??」

「当然でしょう。私の立場をお忘れかしら」


皇后の笑みには余裕がある。情報は風より速い。


「レーブル家の御令息がアルバートに籠絡されたって、その婚約者のご令嬢が泣き崩れていたそうよ」


ベアトリスは困惑と悲痛さが入り混じった言葉で返す。


「本当よ、姉様。誑し込んでいるという表現は過激ですけど。あの子、出歩くたびに、陶酔者を生み出してくるの。一種のカリスマ性かしら.......

まだ7歳なのに」


我が子たちが各々抱えている問題に抱え込めなくなったのかとうとう、机に突っ伏す。我らが引く血、ベジリア家は、人を熱狂させ、場の空気を操る。継続的な信者を産むほどではない。だがペンブルックは違う。長く接し、性格理念行動。ありとあらゆる物にハマっていく。まるで底なし沼のように。そんな血が混じり合ってしまったら、あとは推して知るべしね。

少し同情しながら妹にはしたないと嗜め、顔を上げさせる。


「もうどうしたらいいか、、あの子ったら先日も連れて来た新入りの侍従が『アルバート様なら全てを捧げられます』なんていう始末で。男であろうが女であろうが、身分問わず誰もが心酔していくの」

「心配なのね」

「あの子がこれから大切な人を作った時に、もしその大切な人があの子のために死んでしまったらと思うと」


確かに、もし教会に取り込まれたらと思うと少し心配になる。まあペンブルック家にいる限りそんなこと起こり様がないが。


「アルバートがそれに溺れるとは思わないの」


その問いにきょとんとした顔で返される。可愛い


「姉様、アルビーは決してその力に溺れないと約束できるわ。あの子は無意識にそれを理解している。他社と一線を引き、観察し、身を引くことができる」


ベアトリスは真っ直ぐにこちらを見つめてくる。この目を知っている。あの目だ。鎮圧戦の前の、必ず生きて帰ってくると約束した目だ。


「確かに、あの子にとってあの魅力は呪いよ。だけどあの子にはリアがいる。リアが人間になったように、アルビーにもまた血が通ったのよ」

「だからこそこれまで以上に多くの人を惹きつけるでしょう。だけどあの子は堕ちたりしない」


真っ直ぐに微笑むベアトリスは久しぶりに見た。ずっと過去に後ろ髪引かれている様な子だったから。

ようやく過去の鎖を断ち切った晴れやかな。


(変わったのね。いえ、家族が変えたのね)


ーいいえ、囚われているのは私かもしれない。


ローゼニアは知っている。

ベアトリスは本当は騎士を辞めたくなかったことを。

ローゼニアは知っている。

母が謀反を起こしたと聞いて、それまでの誇りを失った妹を。

ローゼニアは知っている。

姉妹の命を繋ぐために、妹が母を手にかけたことを。

ローゼニアは、今も悔いている。妹に、全て背負わせてしまったことを。


ペンブルック兄弟を外から見て

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