争いの繋がり
山賊たちがこちらの戦力の少なさを確信し歩み寄る。
この者たちの頭目であろうか?多少重装備の男が前の戦列より少し前を歩いて槍を構える。
「もう一度だけいう、命が惜しければ金子と食い物を置いてここを離れよ。」
森の奥に布陣している弓を持った山賊たちが矢をつがえ、射ちかける準備をする。
すると木陰で横たわる五郎左が声を上げる
「この荷車は俺のもんだ、ほら少しばかりだが金子だ!これを持っていけ!だから命だけは」
青ざめた顔で金子を掲げ山賊たちの注目を引く
すると再び頭目が口を開く。
「貴様が商いをしてるのか?なんだ怪我人か、........だったら他の者たちは雇った護衛か?」
頭目は少し声をやわらげ、錫杖を握る宗庵に話しかける。
「運が悪かったな、俺をその辺の野盗や山賊と思うなよ。俺たちにも生活があるし生きていくためだ。」
頭目は荷車を守る宗庵とその後ろに隠れるあやめを睨む。
宗庵は時間を稼ぎ話し合いに持ち込むため頭目に話しかける。
「我々は今日の朝方ここより少し離れた場所から旅立ったばかりで、目的地も本日の夕刻に着く予定だった。長旅の様な食料や銭の支度はしておらん。そこに積んである荷が全てだ。」
頭目は宗庵たちの足元を見る。
宗庵のわらじは使い古されていたが、あやめや村人たちは比較的きれいで使い古されていないことがわかる。
「そうか、そのようだな。それなら仕方がない。」
じろりと頭目は宗庵をにらみ近寄ってくる。
ぎゅっと錫杖を握り足を肩幅に開き、いつでもあやめ事を守れるように臨戦態勢に入る。
「娘、その僧の木箱と革袋を取ってここに広げよ、食糧をまだ隠しているだろ」
頭目はあやめに威圧するように言い放つ。
「いや自分でやる。この娘には手を出すな」
宗庵は怯えるあやめを庇いつつ、頭目に言われた通りに笠を外し、腰に身に着けている木箱と、肩にかけている革袋をおろし中身を出そうと茣蓙を敷く。
「うむ…...?まて、その木箱....描かれているのは白蛇か?」頭目が宗庵の木箱に見覚えがあるのか、不思議そうに話しかける。
一瞬の緊張と静寂が場を支配する。
宗庵は頭目をから目を離さないまま、身をおこし木箱の蓋を外そうとする。
頭目は腑に落ちない様子で宗庵に話しかける。
「その箱開けずともよい。それは薬箱だな、見覚えがある。………難波にある真願寺の僧だな?」
宗庵は驚きつつも冷静を保ちながら頭目の問いに答える。
「如何にも....何故私が真願寺の僧だと分かった?」
シャリンっと錫杖を握りしめ構える。そうして山賊達の一挙手一投足に注目すると山賊たちの鎧に目がゆく。
頭目の胸当てに汚れ、薄くなって入るが家紋と思われる印に目を見張る。
「お主ら……白地に黒の鶴丸…..紀伊の鈴木重秀殿の一党か?」
宗庵が呟くと頭目は目をギョッと開き、鈴木重秀の名を聞いた部下たちにも一瞬動揺が見えた。
「......その通り、我らは雑賀衆、鈴木重秀様の一党だ」頭目は槍を突き立て威を示すように堂々ど言い放つ
「なぜ奥州へ来たのだ。鈴木殿の一党ならば紀伊から西国へ渡ったはずだ」
宗庵はあやめを背に隠しながら話を続ける。
頭目はいまだ警戒を解かず威圧するように口を開く
「その前に貴様の口で話せ。藍の法衣に白蛇の薬箱、真願寺の僧で間違いないのか?」
宗庵は話したくないが仕方がないと重い口を開く
「如何にも、拙僧は難波、岩山心願寺にて医に務めた僧である。武僧では無い、故にそなたらに敵うなど毛頭も思っておらん、しかしこの者たちを守らねばならぬのだ。」あやめを庇いながら言い放つ。
すると山賊の一人が興奮したように宗庵へ話しかける。
「重秀様は如何にっ!真願寺へ鉄砲衆を5000ほど率いて籠城していたと聞く!如何に!」
宗庵は重々しく話し始める。
「真願寺は織田に攻められ包囲され2ヶ月耐えたが誓蓮様が信徒たちと民達を救うべく降伏した。しかし降伏を良しとしない一部信徒達が寺へ火を放ち、鈴木殿を含め動ける者は再起を図るため紀伊へ引いたのだ。」
山賊達は悲壮な表情で宗庵の話に耳を貸す。
そして1人がまた宗庵へ問う。
「それで貴様はその後、紀伊でどうしたのだ」
宗庵は難しい顔をしながら答える。
「私は紀伊へは行けなかった。籠城の際多くの兵、民、信徒に怪我で命の危機に瀕していた。火を放たれ医務社にも火が回り1人でも多くの者を外へ運び出すのに必死だった、逃げ切れるはずもなくそのまま織田へ捕まった」
山賊達は俯き頷いている。
「鈴木殿の一党ならばこの話をすれば信じて貰えると思う。鈴木殿率いる雑賀衆は本当に勇敢だった。心願寺で籠城していたある夜、織田方が夜襲を仕掛けてきた。一糸乱れもせず皆屋根に上がり十分引きつけた織田の雑兵共に鉄砲を射ちかけた。統率の取れた反撃に浮き足立った隙に鈴木殿が先頭に立ち突撃した。……敵は夜襲を仕掛けたことを酷く後悔したと思う、そのまま鈴木殿が敵将を討ち取り悠々と帰ってきた、まさに稲妻が如く。壮観であった。」
宗庵は当時のことを懐かしそうに語ると、一党達は誇らしそうに主のことを称えた。
「さすが重秀様じゃ!」「織田方も恐れ慄いただろう!」「共に手柄をあげたかったのぅ」
威圧的な態度をとっていた一党たちから威圧感は無くなり旧友に会うような和やかな雰囲気に、頭目がまぁまぁと部下たちを諌め宗庵へニコニコと話しかける。
「我が主と味方とし、戦を共にした者から強奪、収奪するなど主の誉へ泥を塗る行為。ここは見逃す。しかし…すまぬがこちらも命がかかっている上頼み申す、飯だけでも分けてくれぬか?」
宗庵は村人と五郎三へ問う
「積荷の米俵を渡しても良いか?この者たちは好き好んで悪行をするものでは無い、信頼しても良いと私は思う」
五郎三は命が助かるのならばと二つ返事で了承してくれた。
しかし村人は少々待てと話し込んでいる。
「この者たちはこの後ここに残り山賊となるのか?」
「我々の生活圏内で無法者が出るのは困る」
頭目は項垂れながらも経緯を語り始めた。
「阿仁川での戦の敗走の後、小谷で浅田殿が討たれ滅び、同盟の麻倉殿を頼ろうと重秀様より命を受け、越前へ向かったのだが、我らが到着する4日ほど前に麻倉は既に織田へ降伏していた。その後織田の命で麻倉が我らを敵として追手を差し向けた。その追手から逃げ気がつけばここへ逃げ延びたのだ。道中で岩山心願寺が陥落し、家臣団は散り散りになったと聞いた。敵方の関を超えることも出来ず、ゆえにこの様なのだ。」
「阿仁川の戦にも出ていたのか?あの戦場には私も陣医として従事していた。」
おぉっ!と鈴木一党たちが声を上げると一気に息を呑むような緊張した雰囲気から旧友に久々に会ったような和やかな雰囲気へと変わっていった。
すると、「ヤレヤレ男たちはいつもこうだ」と言わんばかりに呆れた様子であやめが宗庵の陰からひょっこり顔を出し鈴木一党にひとつ提案をするのであった。