旅の災い
村はずれの集会所に、骨折した足を庇いながら五郎左が宗庵に助けられつつ姿を現した。
五郎左の顔には焦りと不安が浮かんでいる。
「どうかたのむ。」
あやめが騒ぎ、その騒ぎを聞きつけ集まった村人たちに五郎左は深く頭を下げ、声を震わせながら話し始めた。
「この荷車には田村様へ届けるべき大切な荷が積まれている。関の許可書もある故、関を通ることはできる。しかしこの足だ、私一人では荷を運ぶことも守ることもできない」
迫真な声で五郎左は村人たちに話す。
「田村様とはこの一帯を治める国衆か?」
宗庵が五郎左を支えながらあやめに問う。
「そうだよ!田村景頼様!ここ数年水害と飢饉に見舞われたここ一帯の村の税を免除してくれた優しい国主様だよ!」
あやめはどやぁっと胸を張り自慢するように宗庵へ話す。
村人たちは顔を見合わせた。田村様といえば、今まさに恩を受け尊敬に値する殿様だ。
そんな方への荷物をぞんざいに扱うわけにはいかない。
「わかった!我らが協力しよう!田村様への特別な品なら俺たちが守らなきゃならねぇ」
しかし一人の村人が荷車に目をやり
「峠道は厳しい荷を押すだけではなく守りの者も必要だ。」
宗庵は村人に話しかける
「この中に護衛ができるほどに武を身に着けているものは?戦に参加したことがあるものでもいい。」
村人たちは渋い顔をして答える。
「戦に参加したことがあるもの何人かいるが今、田畑仕事で忙しいからその者たちは出せない。」
「武術や剣術なんて教わったこともねぇ」
「確か佐々木の爺さんが武道で名が知られてたとか、ボケちまったが」
なるほど役に立たん。宗庵は自身の錫杖を握りしめた。
「武僧ではないが私は西で何度も戦に出ている。村の皆もあやめも危険に合わすわけにはいかぬ。」
居ないのであれば少なからず実戦経験のある私が出る他がないと半ばあきらめて護衛に名乗り出る草庵。
「え、なに?私も行くの?」話をまともに聞いていなかったあやめは不意を突かれた。
ある程度怪我の処置をあやめに教えている。万が一私の身に何かあってもあやめが居てくれれば大丈夫だろう。
「もう正午だが田村様の居城まではどれくらい離れている?」
けが人を伴いさらに荷車を引き山道を進むことになる。絶対に無理はできない。
「そこまで遠いってわけじゃないけど、ざっと7里(約28km)くらいかな?」
あやめは、のほほーんと答えるが、山道と荷車と怪我人が居ると踏まえると少々堪える距離だ。
「わかった出発は明日の朝としよう。手伝ってくれるものは明日の朝、日が顔を出したらこの集会場の前に集合としよう。」宗庵が話をまとめ皆が集会所を後にする。
日光はジリジリと夏の暑さを残しており、肌にまとわりつくような湿気はここに居よと警告してくるようだった。
翌朝、東雲が美しく東の空を彩り、西に映える山々はまだどっしりと静かな夜を体現している。
「皆そろっているか?」宗庵が五郎左を荷車に乗せ荷物を縛り、ついでに五郎左も縛っておく。
荷車を引く村の若い男たち3名
護衛兼医務担当 宗庵
医務兼にぎやかし あやめ
積み荷 五郎左
「それでは参ろうか。」宗庵が錫杖を地面に突き立て旅路の安全を祈願し、歩き出す。
目指すのは田村様の居城。
ヒグラシが鳴き、朝の涼しい風が一行の間を抜る。上ってきた太陽はじりじりとそのそれぞれの顔に迫るようだ。
山を一つ抜け3里ほど歩いただろうか?
峠道は残暑の太陽は一行を容赦なく照り、岩肌の照り返しが目を刺す。
荷車を押す村人たちは汗で衣が重く貼りつき、息も荒く足取りも鈍る。
一人の若者が額を押さえ、天を仰ぎ膝から崩れ落ちる。
宗庵は錫杖を地を突き、倒れた村人を素早く木陰に運ぶ。
「これは重度の暑気あたりだ...おい大丈夫か?」 ※暑気あたり・・・熱中症/熱射病の事
宗庵は倒れた若者の衣服を緩め手ぬぐいに水を含ませ頭に乗せ冷やし始める。
「あやめ、すまないが私の薬箱から梅干しと残り少ない蜂蜜、沢から冷えた水汲んできてこの者に飲ませてくれ」
あやめは谷間の低い崖の下にある沢へ竹筒と瓢箪を持ち、水を汲みに向かった。
「他の者も日陰に入り休んでくれ、十分に水とこの梅干を一粒ずつ食べてくれ」
宗庵は村人たちと荷台で休んでいる五郎左へも水と梅干を配り怪我の状態を確認する。
そして五郎左も日陰へ運び、あやめを待つ。
「宗庵様、冷えた水をお持ちしました。」
あやめは竹筒と瓢箪へたっぷりと水を貯え運んできた。
「ご苦労あやめ、その竹筒に入った水は自分で飲みなさい、瓢箪は預かる」
あやめから瓢箪を受け取った宗庵は倒れた若者に水と梅、蜂蜜を混ぜた飲み物をゆっくりと飲ませ、冷えた水を頭と首、脇へ少しずつかけ体を冷やさせた。
「少し急ぎ過ぎたか、小一時間ほど休もう。昼飯も食べねばならぬ。」
あやめは倒れた若者を秋刀魚でも焼くようにパタパタとうちわで扇いで風を当てている。
時折吹く谷間の風に交じって微かに人の気配がする。
宗庵は背中にゾクリッと悪寒を感じて前の森の奥をにらみつける。
五郎左がそんな宗庵をみてポツリと呟く。
「どうした?クマか?」
あやめも浴びえた様子で村人たちとあたりを見渡す。
谷の斜面の木々の間で黒い影がちらりと揺れる。
「………いや、人....山賊か?」
宗庵は周囲を見ながら考える。
「これはもしや.....」
前は既に固められている。左右は崖と深く濃い森。
逃げるならすぐに後ろに下がりたい。
「皆、どうやら山賊たちの襲撃らしい」
谷間の岩陰、さらにその奥の大きな木、大きな木の上に見張りと退路を妨げる役割の者が潜んでいるはずだと思いそのあたりを注視する。
「宗庵様....早く逃げましょう.....」
あやめが泣きそうな声で囁く
するとこちらが少人数で女や怪我人を伴った脆弱な集団だと理解したのか、予想通り後ろの大きな木から軽装の2人の山賊がおりて堂々と歩いてくる。
「...浪人か....いや....なるほど」
宗庵は何か察したように錫杖を地面に突き立て睨みをきかす。
前からもぞろぞろと山賊たちが森から現れ行く手を塞ぐ。
「武僧...それに武装した村人…女に怪我人...。命までは取らぬ、荷物だけおいてこの場を離れよ」
どこが優しげだが威圧的な声、さらに山賊たちの動きに無駄はなくじりじりと間合いを測る姿。
壊れた鎧をつなぎ合わせだが、機動力と防御力を維持した機能的な寄席合わせの鎧。
装飾はボロボロだがその刀身と槍先はよく手入れされている。
ただの農兵とは違う訓練された統率のある動き
「早く決めよっ!むやみな殺生は仏の道においてもしたくはない!わかるだろう」
その声に慈悲はあれど躊躇はない。
意に反すれば容赦なく襲い掛かってくるだろう。
今見えるだけで前に4人、後ろに2人
さらに数人、矢を構え森に伏せている。準備周到かつ戦に慣れた少人数で商隊を襲うための見事な奇襲の布陣。
宗庵は思わず「美しき布陣だ」と口にこぼした。
先ほどまで鳴いていた蝉の声も今は遠く、谷間には重苦しい空気が張り詰めている。