化膿の恐怖
初老の村人が貸してくれた納屋へ五郎左を運び込む
「少々狭いですがあまり使われていなく雨風はしのげるかと。」
初老の村人は軽く会釈すると部屋を出ていこうとする。
「すまないがもう少し手伝ってくれ、新しい藁と桶を貸してほしい。なるべく清潔な寝床を作るのに必要なのだ。」
宗庵は初老の男に、藁と桶の準備をさせている間に軽く掃除をし、雨で湿った土を盛り簡易的なかまどを作る。
「すまぬが手を洗いたい。井戸はどちらに?」
外に居た村人に井戸の場所を聞き井戸で手を洗う。手だけではなく腕や顔、爪の間まで丁寧に洗い流す。
「よし、湯を沸かすか。」
先ほど作ったかまどへ薪をくべ火をおこす。
「宗庵様、桶と藁をお持ちしました。」
初老の男はそういうと家族の者たちとともに藁を運び入れる
「おぉ、助かった。ならばここに藁を敷きその上からこの茣蓙をひいてくれ。」
宗庵が指示すると一家はテキパキと言われたとおりに寝床を作っていく。
藁を高く盛なるべく地面から離す、その上から板を敷きその上に茣蓙をかけた。
「五郎左待たせてすまぬ。この上でゆっくり休んでくれ。」
一家と協力し五郎左を清潔な寝床へ移す。
五郎左は疲れているのか一言も話さずそのまま眠りについたようだ。
「ふむ、脈もしっかりしている、少し巻いた布に血が滲んでいるな。準備が終わったら巻き直すとしよう」
宗庵は急いで湧いた湯に新たな布を入れ煮沸し清める
「薬草も準備せねばな」
木箱から薬草を取り出す。
「裂傷へは....ドクダミ....ユキノシタ.....化膿の恐れもあるか....ヨモギも準備しておくか。」
手に取った薬草を湯に通しすぐさま取り出し軽く揉みこむ。
ドクダミ、ユキノシタ、ヨモギを一緒に揉み、そこへ少量の蜂蜜を練り合わせる
少々禍々しい呪物的な緑の色をした特性の塗り薬が完成する。
「それに飲み薬....いや粥にした方がよいか。」
すると宗庵は小さな竹筒からショウガを取り出す。
これを小刀で軽く刻み、汁を絞る。
さらにノビルを取り出し軽く刻む。
干し米を湯で戻し柔らかくなるまで煮る。その粥に刻んだショウガとノビルを混ぜる。
それに軽く塩を振り出来た粥は食欲をそそるような匂いがする。
「五郎左、起きているか?粥を煮た、飯を食わねば体力が落ちる。無理をしてでも食べよ」
五郎左は反応が鈍く唸っている。
はっと何かを感じた宗庵はすぐさま裂傷に巻いていた布をはがし患部をまじまじと見つめる。
すると鼻に肉や魚が腐ったようなツンとする嫌なにおいがした。
「やはり...化膿しているか!」
宗庵は急ぎ桶に水を汲んでくるよう村人へ託す。
先ほど煮沸した布が程よく冷めている。
「少し痛むが我慢だぞ、五郎左」
血が滲む患部へ布をかぶせ赤黒い膿を取る。
事あるごとに村人が運んできてくれた桶で手を洗い手の清潔を保つ。
「化膿とは局所的に肉が腐敗し、傷が黒ずみこのように強烈な悪臭を漂わせる」
宗庵は不安そうに見つめる村人たちに今の状況を説明する
「やがてこの傷が汚染されそれが血と混ざり、血液が腐り果てる。そうなると全身に高熱と吐き気や震え、意識が朦朧とする。そのほかにも体が痙攣を起こし呼吸がしにくくなる.....そうなれば助からぬ」
手際よく処置をしながら宗庵は化膿の恐ろしさを村人たちへ教えた。
※当時は菌の概念がないため敗血症や破傷風とは認知されておらず腐敗の延長線上と認知されていたと考えられています。
痛みに唸る五郎左を若い女の村人が力強く押さえる。
膿を吸い取るために布を切り作った包帯を幾重にも折り、慎重に押し当てる。宗庵の手は迷わず動き、
膿がたまった箇所を押して排膿させる。さらに煮沸したきれいな湯水で洗い流す。
そこに軽く煮出した酒を冷まし患部へ振りかけ、消毒する。
五郎左は叫び暴れようとするが若い娘がそれを必死に押さえ叱咤激励する。
「五郎左、もう少しだ、もう少しの辛抱だ」
宗庵は患部を火で照らししっかりと膿を出し切ったか確認する。
その眼は火が反射しその情熱が周りの村人にも伝わるような気迫のある姿だった。
「よし」自身の治療に納得がいった宗庵は、先ほど作った塗り薬と煮沸し清潔な布を押し当てる。
その上から包帯を巻き固定する。
「これで今はいいだろう、足の方はどうだ?」
右足に巻いていた縄を解き固定を外す
右足の骨折は変化がなく安定しているようだった。
「少し確かめるか」
宗庵は骨を確かめるように五郎左の足を撫でる。
「よかった、ズレてはいないようだ」
そういうと宗庵は足の幹部へも消毒し、塗り薬を付け布を巻き、竹で左右を固定し藁を緩衝材として縄で患部を軽く巻き上げていく。
「助かりました娘さん、手慣れているようだがどこかで看病をしていたことがあるのか?」
五郎左を必死に押さえていた若い娘に声をかける
「はい、以前この地で戦があった際にけがをした落人を助けたことがありまして」
なるほど、修羅場を一度経験すれば先ほどのような場でも動じずにいられた訳か。
「すまないがしばらくこのけが人は付きっきりで看病しねばならぬ。手伝ってはくれないか」
宗庵は娘に頭を下げる。
遥かに身分が上であろう僧から頭を下げられた娘は慌てて顔を上げるように諭してきた。
「かまいませぬ、私でよければ喜んで力を貸しましょう」
娘は笑顔で承諾してくれた。
「名は何と?」
「あやめ!」
元気に名前を教えてくれる姿を見ると、年は14から15といったところか。
「あやめ、この三日から四日が勝負だ、頼りにするからな」
大人より若い子供らへ仕事を与えた方が融通が利くことがある。
宗庵は少々疲れた顔をしたが先ほど作った粥をさらに薄くし白湯状にしたものを五郎左へ飲ませる。
五郎左は時折咽たが容赦なく口へと流し続けた。
「この粥に入っている薬草はいったいどんな効果があるの?」
あやめが美味しそうに粥を見つめながら聞いてきた。
「この粥に入っているショウガには体を温め膿を抑える効果がある。」
「へぇ、じゃぁこれは?」
「これはノビルだ、ねぎのような匂いがするだろう」
「確かにねぎ臭い」
あやめは少し顔を渋らせる。
そして宗庵はまるで弟子に剣術を指南する老練な師を思わせるような威を放ち重々しく口を開く。
「ノビルは......粥に入れると美味い」
あやめは宗庵の言葉を聞くと思わずあっけを取られ何も話せなくなってしまった。
※ノビルには整腸、免疫力向上、疲労回復、貧血予防や骨・歯の健康を維持する栄養素が豊富なことが分かっています。