第9話:そして王子は、聖女を選ぶ
舞踏会の夜は、きらびやかな音楽とともに始まった。
貴族たちが色とりどりのドレスでホールを彩り、甘い香水と笑い声が空気を満たす。
そしてその中央に──ルシアン=サフィラ王子がいた。
「ユリア嬢、今宵の貴女は──まるで月の光のように、神々しい」
脚本通りの台詞。完璧なタイミング。
わたしは優雅に微笑みながら応える。
「恐れ多いお言葉ですわ、殿下。……神の光が、貴方様を照らしますように」
ざわめく周囲。注がれる視線。高まる期待。
次のセリフを、わたしは知っている。
このイベントは、ここで“告白”されるかどうかでルートが分岐する。
わたしのフラグ管理は完璧だった。信じて疑っていない。
「……ユリア。わたしは、貴女に特別な感情を抱いています」
きた──!
わたしはそっと目を伏せ、受け入れる沈黙を演出する。
シナリオ通り。ルート確定。
この瞬間から、王子とクロエの婚約は形骸化する。
そして、“新たな婚約者”として聖女が選ばれる流れになる。
クロエは少し離れた席から、静かにこちらを見ていた。
ああ、その顔。
悔しそうでも、怒ってもいない。
ただ……何かを飲み込むように、唇を引き結んでいた。
──演技かな? それとも、これもシナリオ通り?
まぁ、どちらでもいい。
これは“わたしの物語”なのだから。
「……嬉しく、思います」
そう返したわたしに、ルシアン様はやわらかく微笑んだ。
ホールの空気が一変する。
次代の王妃は、聖女ユリアだと──誰もが悟った。
この瞬間、すべてが決まった。
わたしはこの国の中心に立つ。
クロエは、遠ざかるだけ。
やがて、“断罪”という名の結末に向かって。
さあ──
ここから先は、もう“後戻りできない”フラグばかり。
それでも。
望んだんだ、わたしは。
この物語で、誰よりも愛されることを。
だから、誰が泣いても。
どれだけ物語が歪んでも。
──かまわない。