第7話:その涙は、わたしの飾りに
クロエ・オルディアが泣いていた。
静まり返った中庭。誰もいない時間を見計らって、わたしは通りがかったふりをして、その姿を目にした。
彼女は膝を抱えて座り、嗚咽を堪えていた。
──いいわね、完璧な“前振り”。
断罪イベント前に、クロエに対して“同情”が集まる描写を入れることで、後の落差がより鮮やかになる。
王子の無関心、周囲の誤解、そして聖女との対比。
まさに、物語を盛り上げる“溜め”。
「……オルディア様?」
驚いたように顔を上げたクロエは、目元を隠すようにして立ち上がる。
「……聖女様……失礼を……」
「いえ、構いませんわ。もし、なにかお辛いことがあれば」
わたしは、心配そうな顔で一歩近づく。
優しく、慈愛に満ちた声で。
──演技だけど。
「わたくしでよければ、いつでも話を聞きますから」
そう微笑むと、クロエは少しだけ唇を震わせた。
でも──
「……ありがとうございます」
素直に礼を言った。
その様子が、あまりに“人間”らしくて、一瞬だけ、わたしは戸惑いそうになった。
……なにそれ。
まるで、ほんとに傷ついてるみたいじゃない。
でも、違う。
クロエはゲームのキャラ。そういう風に“見せるように”作られてるだけ。
わたしの心を揺らすのも、ただのスクリプト。
「それでは、また」
背を向けたクロエの後ろ姿を見ながら、わたしはそっと手を胸に当てる。
──揺れてなんか、ない。
わたしがすべきことは、あくまで“勝利”。
そのためには、クロエに哀れな顔をさせるのも必要な演出。
それだけのこと。
たとえ、その涙が本物だったとしても──
それを踏み台にして、わたしは栄光を手に入れる。
だってこれは、“ゲーム”だから。