第15話:選ばれしもの
静寂が、広間を支配していた。
審問を終えたクロエ=オルディアは、玉座の前に立たされている。
その姿に、もうかつての威光はなかった。
「クロエ嬢──あなたの行為は王命への反逆、及び聖女への冒涜にあたる」
宰相の言葉に、場内がどよめく。
でも、彼女は何も言わなかった。ただ、静かに目を伏せる。
私は、前に出る。
膝をつき、ゆっくりと頭を垂れる。
「私は、ただこの国のために──神の声に従って参りました」
神聖な祈りのポーズ。
静かに響く私の声は、完璧だった。
演技ではない。
これは“聖なる刻のロゼリア”のシナリオそのまま。
──正しいエンディングの、最終幕。
王が立ち上がる。
「第一王子ルシアン。お前の意志を、ここに問う」
王子は、一歩前に出た。
「私は、聖女ユリア=フォールンを、正妃として迎えます」
場が揺れる。
拍手、歓声、感嘆。
私は微笑む。完璧だった。
クロエを見る。
彼女は静かに頭を垂れ、ただ一言だけを口にした。
「……おめでとうございます、ユリア様」
それだけだった。
泣きもせず、怒りもせず。
まるで最初から、その役割を知っていたように。
私は、それを見ていた。
──これは、勝利の瞬間だ。
そう、確かに勝ったのに。
なぜだろう。
ほんの、ほんの少しだけ。
胸の奥に、微かなざわめきがあった。
(……何?)
私は完璧にやった。
民意も、フラグも、感情値も、王子の好感度だって……全部、“最大値”だった。
なのに。
クロエの最後の微笑みが、どこか妙にリアルで。
まるで──本当に、すべてを知っていたかのような。
(……大丈夫、これでいい。これが、“正しい”物語)
そう自分に言い聞かせるように、私は王子の差し出した手を取った。
そして、世界が──静かに幕を閉じた。
だが、この瞬間から。
物語は、“もうひとつの真実”へと、動き始める。