第13話:審問の檻
神殿の大広間は、冷たく静まり返っていた。
白い大理石の床。高い天井から差し込む光が、わたしの前にある“審問の檻”を淡く照らしている。
その中に立つのは──クロエ=オルディア。
鉄柵の向こう、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「これは……誤解です」
そう言う声は震えていない。
「私は、神の御心に従ったまで」
審問官たちが顔を見合わせる。
神殿の最高権威たちは、聖女ユリアである“わたし”を信奉している。
この場は、クロエを追い詰めるために用意された舞台。
当然、勝者は決まっている。
──そう、信じていた。
「ユリア=フォールン聖女。あなたの見解を」
審問官の一人が、わたしに向かって問う。
「クロエ=オルディアの主張は、神意に反する妄言です。
“神の声”は、ただ一人、聖女であるわたしにしか届かないはずです」
凛とした声で返す。
完璧なセリフ。
用意された答え。
クロエが視線を逸らさずに、ぽつりと呟く。
「でも私は、確かに聞いたの。
“偽りの聖女に王妃の座を譲ってはならない”って──」
その瞬間、審問官たちの間に微かなざわめきが走った。
……馬鹿な。わたし以外に、神の声を聞いた者が存在するはずがない。
存在しては、ならないのに。
「その“声”が本物であるという証拠は?」
「ありません。……けれど、だからこそ信じたのです。
私の心に、ただ一つの確信があったから──」
クロエの声が強くなる。
「ユリア様は、“この世界のための聖女”ではない」
わたしの心臓が跳ねた。
言いかけた言葉が、喉で凍る。
「……なぜ、そんなことを?」
クロエは笑わない。ただ真っ直ぐに見つめてくる。
その瞳の奥にあるのは、怒りでも嫉妬でもない──確信。
「あなたは、どこかを見ているようでいて、誰も見ていない。
民でも、王子でも、この国の未来でもない。
あなたが見ているのは……“物語”そのもの」
まるで、すべてを見透かすような言葉。
わたしは聖女。この世界の救済者。
それは……シナリオ通りの正義だったはずなのに。
なぜ、こんなに心がざわつくの?
「審問は……続行する」
審問官の声が響く。
この場は、わたしの舞台のはずだった。
でも、空気は確実に揺らいでいる。
わたしの知らない、“別のルート”が──開きかけている。
でも。
そんなもの、なかったことにすればいい。
わたしは、勝つ。
この世界で、唯一正しい“ヒロイン”なのだから。
次は、わたしのターンだ。
──必ず、終わらせてみせる。