挨拶のキスと拭えない不安
あらあら、まあまあ
城に向かう道中「メシヤ」に帰還報告に向かった時の事を、急に思い出した。
「・・・挨拶、か」
触れただけだった。
なのに、何でこんなに満たされたのだろう
俺は子供では無いから、
経験値が全く無い訳じゃ無い。
基本的に自ら求めた事は無かった
寧ろ、寄ってくる奴等が煩わしかった。
女は皆、俺を見ると、求め狂った。
俺は、それに恐怖を感じ、
女性不信に陥ったんだ。
肉体的には、健康で健全だから、
それなりに欲はあったが、
そもそも、女に触れる事すら無理だった
チャコに出会ったのは、偶然だった。
彼女に対しては、何故か嫌悪感が無かった。
だから俺は、彼女に欲を持った。
恋と誤認したんだ。
チャコに対して、言い訳ではあるが、
ある理由のせいで、理性が飛び
衝動で彼女を傷付けた事もあった
あの時は、後から物凄く怒られた。
「それは恋じゃなくて、ただの欲だ」と、
今思えば、言われた通りだった。
改めて、悪い事をしたと思う。
こんな俺を、チャコとペリルは呆れずに支え、幸せになる事を願ってくれている。
「・・・俺は、幸せだな」
チャコとペリルは、本当に仲がいい。
思いが通じ合った後からは、
ペリルがチャコにべったりで、
全く離れなくなった。
その二人から
「思いが重なった相手は、全てにおいて、何もかも違う」
と、言われていたが、
思いが重なったわけでは無いのに
全く違ったな・・・
そんな事を考えていたら
早々に目的地に着いてしまった。
「失礼、特殊部隊のソージュだ。運び込んだ女性が目覚めたと聞いたが・・・」
扉が空いていたので、
そのまま中に入って声を掛けた。
「ああ、丁度良かった。今、ご連絡しようと思っていたんです」
ゼーネンだったか?
そう言えば医官だったな
「ねぇ、貴方が私を連れて来たの?」
声のする方に振り返ると、
棺の中で眠っていた女性が、
ベッドに座り、こちらを見ていた。
「そうだ。君は聖女だと聞いたが、名前を聞いても?」
かなり前じゃ無いのか?
「そう、転移して、こっちに呼ばれたの」
チャコや瑠璃と同じか・・・
「私の事はセリナでいいよ」
セリナ・・・確かに、闇落ち聖女だな
「なぜ"魔族の装置に繋がって"眠って居たんだ?」
とりあえず、意図が知りたかったので、
詳しく尋ねる事にした。
彼女曰く、扱いにムカついて、召喚された国を捨てて、魔王城に単身乗り込んで
魔王と恋に落ちたらしい・・・
——-聞くんじゃ無かった
「魔族の国だと、魔素が濃すぎて、聖女の身体に合わなかったのよ・・・」
そうなのか?知らなかった
「魔王は"君を眠らせる事"を選んだ?」
愛する者を、自ら眠らせた魔王に、
少しだけ、同情したくなった。
「彼ね?生まれ変わったら、また会おうって言ってた」
セリナは寂しそうに笑った。
「・・・そうか」
俺は、言葉が出て来なかった。
闇落ち聖女の時代から
既に軽く100年は過ぎている
「私を起こした聖女はどこ?会いたいの」
セリナは、トーコに会いたいと言う
「今代の聖女は、普通に暮らしているよ」
俺は当たり障り無く応える。
「聖女に会いに行きたい。あの人の居なくなった世界が、どれくらい変わったのか、外が見たい。連れてって」
彼女はなんて言うか、ちょっと押しが強い。
こちらが怯んでいたら
「貴女はまだ、目覚めたばかりです。勝手な行動は、控えて頂きたい。ただ、特殊部隊が一緒で聖女の元なら遅くならなければ、外出して頂いても大丈夫ですよ」
ゼーネンは、笑顔でそう言うが、
ペリルは、予定では明日まで休みだし、
エストラゴンは王族関連で出払っている。
オリガンだと、女性の護衛は難しい。
間違いなく間違いがおこる
自分しか居ないじゃないか・・・
「明日の、昼過ぎにお迎えにあがります」
俺は諦めて付き添う事にした。
「ねぇ、隊長さん」
セリナが手招きするので、側によると
「ちょっとしゃがんで?」
何をしたいのか分からないが
言われたまましゃがんだら
認識阻害眼鏡を
魔法で外されてしまった
「わあ、隊長さんかっこいいね?」
勝手な事をされ、若干苛立ったが
今、彼女の置かれた状況を考えると、
文句は出てこなかった
「困るので、勝手に取らないでくれるか」
セリナは素直に眼鏡を返してくれた。
「顔隠すの、勿体無いよ?外したら?」
セリナは俺の顔を
ジロジロ見ながら勝手な事を言う
「私の事は、お構いなく。君はなぜ聖女に会いたいんだ?」
トーコと瑠璃を
余計な事に巻き込みたくはない
「君じゃなくて、セリナだよ、セ、リ、ナ」
・・・面倒だ
「セリナは、なぜ今代の聖女に?」
早く理由を言ってくれ
「・・・帰りたいから」
セリナは、ポツリと言った
「魔王討伐後、ゲートが開くでしょう?」
そうだな、
先日、チャコもゲートを開いていたな
「まだ聖女が、居るなら、一緒に元の世界に連れて帰って欲しいの」
セリナは、今にも消えてしまいそうな声で
帰還を望んでいた。
「もう、こちらには、知り合いなんて一人もいないのよ・・・。誰もいないなら、元の世界で一人の方が何倍もマシよ」
聞いているだけで、胸が苦しくなった。
大切な人達がいない世界、
考えただけでも辛いな・・・
「彼が、繋いでくれた命だけど、彼が居ない世界なら・・・意味がないじゃない」
絞り出すように話す声は小さく弱い
「だから、私を聖女の元に連れて行って!」
悲しさを振り切るように
セリナは大きな声で、俺に願う。
その姿に、かつてのチャコが重なる。
彼女は最初から、ずっと帰りたがっていた。
納得してしまった俺は、
彼女に、翌日、連れて行く約束をした。
拠点に戻る前に、
一目だけでも瑠璃に会いたいと思ったが
——-瑠璃も帰りたいのだろうか?
チャコは散々帰ると言っていた。
残して来た物があると
産まれてからずっと、積み上げた世界を
簡単な恋愛位では、簡単には捨てられないと
——-瑠璃も同じだろか?
チャコとペリルから、
瑠璃には絶対に手を出すなと言われている。
関係を持ったら、瑠璃は、異世界でのいい思い出として、終わらせて帰還するだろうと
彼女のキスを思い出すが、
彼女が居なくなるかもしれないと思うと
喜びが、不安で塗りつぶされた
俺の気持ちが、瑠璃のこれからの幸せの
邪魔になってしまうのではないか?
と、感じてしまい思わず躊躇してしまった。
会いに行きたい気持ちはあったのに
俺は行動する事が出来なかった
瑠璃は・・・帰ってしまうのだろうか?
瑠璃、1人で考えすぎて
前のめりに無気持ちになっちゃいました。




