退屈な部屋と幸せな時間【第3章】
あら?恋の気配かしら?
報告と相談をするだけのつもりが、しっかりと食事まで頂き、お茶でも癒された・・・
——今日の食事も、幸せな時間だった
報告後は、戻り仕事をするつもりだったが、既にその気力は、根こそぎ削がれ、諦めていつもよりは早いが帰宅する事にした。
洗浄魔法で自身の汚れを落とし、スーツを緩い部屋着に変え、ベッドにドサリと身体を預け、私は室内を見渡した。
自分の部屋は、至ってシンプルだ。ハッキリ言って何も無い。ベッドと机と椅子があるだけだ。
——退屈な部屋だ
さっきまでの、穏やかで暖かい空間とは偉く違うな・・・と思いつつ、ゴロリと横になる。
お腹が満たされているから、少し眠くなってきた・・・
——「ケルナー、今いいか?」
通信具からゼーネンの声がする。
——「何か、ありましたか?」
私は起き上がり、邪魔な前髪をかき上げながら、ゼーネンの通信に対応した。
ゼーネンは、バカ王子に呼び出された時に、狙いが"瑠璃の拉致"だと知り、率先して潜入し、こちらに、動きを伝えてくれている。
「前回ケルナーに伝えた場所から変わって無いよ、今のところ動きはないけど・・・」
ゼーネンが拾った情報では、バカは下位貴族の経営している売春宿に、未だ入り浸っている。いま、ハマっている娘がいるから、もう少し楽しんだら、瑠璃を迎えに行くらしい。
「・・・迎えにって、計画はあるのですか?」
私は、聞きたくも無い話だなと、顔を歪めたが、現場を目の当たりにしている、ゼーネンよりはマシだなと、思い直した。
「バカだけど、腐っても王子だ、魔力があるから。身体強化で"直接攫って連れ去る"予定だと言っていたよ?」
——特攻するつもりなのか?
バカなのか?・・・馬鹿だったな・・・
「単独行動ですか?」
手駒は既にいないだろう?
「平民の見張りと、連絡係がいるにはいるが、あまり機能してないみたいですよ」
平民だと、見分けが付かず分かり難いな・・・
「ゲナウ、平民を使わず、"王子"が行く理由は?リスクが高いですよね?」
何か、別の仕込みがあるのか?
「『王子が迎えに来るのを喜ぶのは当たり前だろう』とバカ発言をしていたかな?」
何だ?それは?馬鹿の発想は理解出来ん・・・
「分かりました。精神的に苦痛でしょうが、引き続き監視をお願いします」
申し訳無いが私には到底無理な仕事だ・・・
私は立ち上がり、服を普段着に着替え、外に出た。ベーレンは今日は夜勤のはずだから、詰所にいるだろう。
明日、報告の予定だったが、平民の協力者がいる事等、ベーレンに情報共有した方がいい。
兵士詰所に向かうと、丁度ベーレンが外に出て来た。
「ベーレン、ちょっと報告が・・・」
ベーレンに声を掛けると、彼はこちらを見てギョッとした後
「ああ、ケルナーか・・・どこぞの男娼かと思ったよ。丁度今から休憩だから、そこらの店でいいか?」
失礼な奴だな?・・・まあ、普段着だし仕方がないか?
——2人で詰所の近所にある居酒屋に入る。
ベーレンは食事をしていなかったのか、酒は頼まずに肉ばかり注文している。
「・・・肉しか食べないのですか?」
ベーレンは私の注文したボトル酒を、私のグラスに注ぎながら
「酒はやめたんだ。甘いものが好きになったのはその後からだよ」
そう言って肉を齧っている。
私はとりあえず、ゼーネンからの報告を伝えた。私の話を聞いて、ベーレンは今日、見かけた光景の話を、教えてくれた。
「今日は、ランチ後は休むって言うから、一応周囲の警戒だけしに行ったんだ・・・」
「メシヤ」には若い男と少女がランチ後に来ていたらしい。特におかしな感じは無かったようだ・・・
「夕方、念の為、巡回したら、丁度、男が少女を店から抱き抱え、帰宅したのをみたぞ?子供の病の治療だったのかもしれん」
客として知り合ったのか?私は、グラスの酒をちびちび飲みながら考えた。
「明日の来客も、少女の治療のためかもしれないですね?」
トーコならあり得るな・・・と感心していたら
「・・・ケルナーは、ルリとトーコをどう思っているんだ?」
と、ベーレンにいきなり尋ねられた。飲んでいた酒が、グッと喉を焼いた。
「・・・ルリは娘?トーコは・・・って、なんですか?」
何だ?何の話だ?
「俺、この間、気付いたんだ・・・気付いて直ぐに、うっかりトーコに気持ちをバラしてしまった・・・ちょっと早まったんだ。で?ケルナーは?どうなんだ?」
ベーレンはトーコが好きだと言う。いきなりそんな事聞かされても困る。とりあえず酒を飲み干した。
「どうと言われても・・・任務で彼女達の世話をしていただけですから・・・」
特別考えた事すらないが・・・
「だが、ルリは娘なんだろう?トーコは?どうなんだ?俺はずっとお前さんとトーコは良い仲なのかと、思っていたんだ。まあ、違うと知って余計な事口走ったがな?」
ベーレンはガハハと笑いながら、私の、空いたグラスに酒を追加した。
——トーコと居るのは楽だと思う。
気も抜けるし自分を偽らなくていい。
トーコの側は居心地がいい。
会話をしていると癒される。
年齢は・・・気にならない。
瑠璃と笑う姿を見てこちらまで幸せになる
ずっと見ていたいと思って・・・
——私は、今、何を考えた?
フッと、今日の食事風景と、帰宅した時の殺風景な部屋が対比するように頭をよぎる。
——今日の食事も幸せな時間だった
——退屈な部屋だ、
違う。仕事に私情は挟むべきではない。
私は、再度、ベーレンに注がれたグラスの酒を、湧き上がった気持ちと一緒に、一気に飲み干して
「トーコに対して、能力の有る無いに関わらず、人として尊敬はしてますね」
と、当たり障りのない返答をした・・・
——2人には幸せになってほしい。
今はただ、それだけだ。
今はまだ・・・
ケルナーは、透子に特別な気持ちはなかった筈ですが、人に言われて気付いてしまった様ですね?大人だから熱量は見え難いです。
 




