雨の夜の不穏な知らせ
一日中降り続く雨のせいか、今日は客足が遠のいていた。外を歩く人の数も、夕方と言う理由もあるが、いつもよりまばらだ。
いっそ、閉めてしまおうと、瑠璃と閉店の準備を始める。
プッツェンが、城に近況報告に向かった際、シュラーフから"今夜訪れる"と伝言を預かり帰宅した。
私は食材を見ながら、今夜の食事を何にするか考えていた。すると、店内を整理中の瑠璃が近寄って
「お母さん、アルゼ、用事あるみたいよ?なんか緊急みたい」
と、通信具の腕輪を渡して来たが・・・
「・・・瑠璃、いつの間に通信具なんて手に入れたの?」
ケルナーかしら?ずっとただの腕輪だと思っていたわ
「アルゼが来た時、作ってくれたの。彼女魔道具師だから、あっさり作っていたわ?そんな事より、早く出てあげて?」
瑠璃とアルゼはあの後から、何度も連絡を取り合っていたらしい。私は、瑠璃から渡された通信具を手にして瑠璃に起動してもらう
「もしもし?透子さん?聞こえる?」
アルゼだ。もしもしって電話みたいね?
「聞こえるわよ?どうしたの?」
私が尋ねたら
「あのね、ちっちゃくて可愛い勇者が居たのよ!チャコって言うんだけど、近いうちにフェルゼンに行くって。でも、内緒にしてね?念の為紹介状を書いたけど、直ぐに解ると思うわ!」
勇者?見つかったの?
「あ、会長、今行きます!」
アルゼは誰かと話をしている。忙しそうだ
「ごめんなさい!今から仕事あるから、また連絡するわ!」
・・・私は何も喋って無いわよ?せっかち?
「お母さん、アルゼ、なんだって?」
どうやら瑠璃には会話が聞こえていなかったみたい。
「うん、なんかちっちゃくて、可愛い勇者がいたんだって・・・?」
何の事かしら?謎解きかしら?
「何それ?ちっちゃくて可愛い勇者って、子供って事かしら?その子が育つまでは魔王討伐できないって事?」
確かに?それなら辻褄合うわね?
「でも、近いうちにフェルゼンに来るって言っていたわよ?」
まさか、小さな子供に討伐しろとは言わないわよね?
「とりあえず挨拶に来るんじゃ無い?討伐はお待たせしますって」
そうね?それが一番納得出来るわね?
「アルゼ、何だか忙しそうだったわよ?」
私が魔道具を返すと、瑠璃はスルッと腕輪を嵌めた。
「彼女、今、仕事でゴルドファブレンに居るはずよ?あちこちに支店がある魔道具店で、彼女はかなり腕利きの魔道具師だから、あちこちに派遣されるみたい」
まあ、あの若さで凄いわね?
「彼女、魔道具師として優秀なのね?」
きっと、こちらの世界に生まれてから、努力してきたのだろうな。
私は考えながら、今日の、晩ご飯はカレーピラフにしようと思い、材料の準備を始める。プッツェンが手伝いに来てくれたので、今日もサラダはプッツェンにお願いした。
作業台に必要な食材を並べ、調理開始だ。まずは、野菜は細かく刻み、お肉も食べやすいサイズに切っておく。
フライパンに油を熱し、ホールスパイス(クミン・カルダモン・クローブ)を軽く炒め、香りが立ったら玉ねぎを加え、しんなりするまで炒める。
そこに、鶏肉や野菜を加えて炒め、火が通ってきたらブレンドしたカレー粉を入れ、弱火で1〜2分炒める
洗っていない米を加え、全体が油でコーティングされ、米が半透明になるまで炒め、水と塩を加え、軽く混ぜて、ふたをして弱火で10分、火を止めて10分程蒸らす
カレー粉を使うと、店の中がカレーの香りでいっぱいになる。なぜカレーの香りは反射的にワクワクするのだろう?
チリンチリン♬
扉が開き、シュラーフとケルナーが入って来た。仕事は落ち着いたのだろうか?
「二人ともお仕事お疲れ様でした。今日も、忙しかったの?ご飯もうすぐ出来るから、座って待っててね?」
声を掛けると、二人とも定位置に収まった。
「トーコ、この香りはカレーかな?」
シュラーフはカレーの香りを覚えたようだ。
「今日はカレーピラフよ」
シュラーフはカレーピラフの想像が付かない様で首を傾げ「?」となっている
食事を開始すると、直ぐにシュラーフは真面目な話を切り出してきた。
「トーコ、先日は愚王が迷惑かけて済まなかった。ベーレンが居てくれて、本当に助かったよ」
あの日、執務室では魔族の襲撃(実際は聖女)後に失った重要書類の発覚があり、調べ直し等、事務処理含めて慌ただしかったらしい。
その隙に国王は抜け出した。調べ物をして来ると言って出て行ったのに、ベーレンに連れられ戻って来た時は驚きよりも、この忙しい中、手伝いもせず居なくなった事に皆、呆れ果てたみたいだ。
「自分の行いで城を襲撃されたのに、全く自覚が無くて・・・いい加減嫌になったよ・・・本当に申し訳無い」
シュラーフは項垂れている。もう・・・早く食べなきゃ冷めるわよ?
「何もなかったし、その話は終わった事よ?そんな事より、早く食べなさい。折角の熱々が冷めてしまうわよ?美味しさが半減しちゃうわ?その方が今は罪よ?」
もう謝罪は聞き飽きた。ご飯が不味くなる
「・・・トーコ、ありがとう。・・・あ、カレーピラフってこれの事か!また違った味わいだね?美味しいなぁ」
シュラーフはカレーピラフを頬張り機嫌が良くなった。それを見て、ケルナーも食べ始めた。こちらも手が早く動いているから気に入ったのだろう。
「気に入ったなら良かったわ?食事が不味くなっちゃうから、これから食事中は、気分の悪くなる話は禁止!」
私に指摘されて、シュラーフは苦笑いしながらも同意してくれた。
「話はまだあるけど、食後にするよ。いい話もあるんだ。前に話した特殊部隊、フェルゼンに来る事が、確定したよ。今日大魔導師から直接連絡があったんだ」
ん?勇者もこちらに挨拶に向かっているのよね?
「特殊部隊の人達って魔王討伐に来るの?」
まさか子供連れて行くんじゃ・・・
「いや、まだ来るとしか聞いてない。魔族からの被害状況と、周辺の魔物の話をしたかな?召喚の事はさらっと聞かれたけど、余り重要視してなかったかな?ただの入国する為の連絡だった」
食事を終えて、皆でお茶を飲み始めたら、シュラーフは大きく深呼吸をして真剣な顔で
「王子が逃げた———今、行方不明だ」
と、切り出した。シュラーフとケルナーの顔に怒りが見えている。
「待って?あのバカを逃す?あり得ないわ?」
私がそう返したら
「子飼いの貴族が裏から手を回した。貴族は捕えたが、肝心のバカは見当たらない。今、関係者を片っ端から、記憶確認しているが、少し時間がかかる。・・・気をつけて欲しい」
気を付ける・・・その言葉を聞き、私が破壊したはずの塔の部屋を思い出してしまった
私の背中がゾクっと冷えた気がした。
バカ王子、馬鹿だけど、王子だから多少の利用価値があると、余計な事する奴が居たのです。




