娘を思う母の決断
ちょっと瑠璃が苦しくなる回です。
ネットとリープは騎士団長に怒られて、しょぼんとしながら、ボックス席で大人しくお茶を飲んでいる。女の子を泣かせたんだから、しっかり反省しなさいな。
エーデルの魅力を引き出す為に、長い時間を割いていたし、その後も、常連のお客様対応をしていたら、気付けば夕方になっていた。
「お母さん、アルゼ、急な仕事が入ったみたいだから裏から帰ったわ?いつの間にお店開けたのよ?」
裏からキッチンに入って来た瑠璃が店内を見回す。親衛隊が手をぶんぶん振ったのを見てちょっと嫌な顔をしたが、にっこり笑って会釈をしていた。
「どうせ直ぐに閉店だから、サインボード仕舞ってくるね?」
瑠璃はカウンターからフロアに出て店の外に出て行った。
「お?もう、そんな時間か?頼んじゃったけど、直ぐに帰った方がいいか?」
ベーレンはたまごサンドを注文していたのが気になった様だ
「気にしなくてもいいわよ?ちゃんと食べて行ってくださいね」
私は出来上がったたまごサンドをベーレンの前に置いた。
サインボードを仕舞いに出た瑠璃は、表で来店したゼーネンに遭遇したようで、一緒に店内にお喋りしながら入ってきた。
メニューを見ながら、仲良く会話をする2人を見て、何を思ったのか、ネットがゼーネンに絡みに行った。
「おい、お前、まだルリちゃんの周りを彷徨いているのか?望みなんか無いんだから辞めたらどうだ?」
ネット・・・きっと、彼は貴方には言われたく無いと思うわよ?
「失礼ですが、どちら様ですか?貴方はルリさんのお友達か何かでしょうか?」
ゼーネンはあくまでも大人な対応だ。この時点でネットには勝ち目が無い。
「くっ・・・俺達はルリちゃんの親衛隊だ!不埒な輩が近付くのを阻止するんだ!」
ネットは勢いよく発言したが
「それは彼女から頼まれての事ですか?」
至って冷静に切り返され、返す言葉も無く
「・・・お前、デートの時間が合わないからって、仕事の邪魔するつもりか?・・・ルリちゃんの何処を気に入ったんだ?どうせ見た目だけだろ」
・・・それは、君達の事じゃ無いかな?
「彼女も忙しいので、誘う事は出来ていませんが・・・彼女の頑張っている姿がとても素敵だから気にしていませんよ。一目会えるだけで大丈夫です」
ゼーネンは控えめではあるが、瑠璃の事をちゃんと思っている様だ。
瑠璃の顔色が少し優れない?恋愛の話はまだ不味かったのだろうか?私は何となく嫌な予感がしたので、瑠璃を部屋に下げる為にカウンターからゼーネンの元へ向かう。
「ルリちゃん!ハッキリ言ってやりなよ!それともこいつが好きなの?」
ネット、これ以上は辞めて!
リープがネットを掴み
「もう、やめろ」と止めている。
「瑠璃」
「ごめんなさい。今はまだ考えたく無いの」
私が声を掛けるも、瑠璃はハッキリ自分の意見を伝えた。
「・・・誰か思い人がいるのですか?」
瑠璃の言い方に何かを感じたのか、ゼーネンは瑠璃に質問を投げた
「・・・別れた・・・ばかりだから」
どんどん顔色が悪くなって瑠璃の呼吸が浅くなっている
「瑠璃、もう辞めよう?」
私は瑠璃に近寄り腕を引こうとした時
「前の男なんて、早く忘れたちゃえよ!でも、ルリちゃんの気持ちが前に進めないなら、焦って医官と付き合わなくてもいいじゃ無いか!」
ネットは間違ってはいないが、付き合うか否かは2人の問題だ。それに2人とも今の瑠璃を見て何も感じないのだろうか?
「先程から君は、勝手な事ばかり言いますね?どうせ、君の様な奴は肉体だけが目当てなんだろう?」
ゼーネンも頭に来ていたのだろう。ネットに対してきつい事を言う
瑠璃は、ゼーネンの言葉を聞いた途端、呼吸が"ヒュッ"と止まりガクガク震え出し、その場に崩れ落ちた。まずいな、過呼吸だ。
「ルリさん!」
ゼーネンは医官だから即座に対応しようとしたが、瑠璃は暴れて
「ヤダ!来ないで!あっちにいって!」
と、ゼーネンを叩き、精神的な混乱に気付いたゼーネンが一歩引いた。
ネットとリープが近寄ろうとした時、
「男は近寄るな!視界にも入るで無い!」
ベーレンが声を荒げ、3人に表に出ろと無言で合図した。
瑠璃の、はっはっはっと苦しそうな呼吸音だけが店内に響いている
「トーコ、ルリちゃんは心に傷を受けたのでは無いか?兵士にもたまにいる。命には問題ないから心配はないが、息が上手く吐けなくなっとる。息を4数えながら吐いて2数えて吸えばいい。何、すぐ治るよ。皆の会計はまとめて置いておく。後はゆっくりするといい」
ベーレンはそう言って、私の返事も待たずにカウンターにお金を置いて外に出て行った。
私は瑠璃の背中を摩りながら、言われた事を意識しながら瑠璃を落ち着けていく。ベーレンの咄嗟の判断がありがたかった。
瑠璃ははーっと息を吐き切り、少し落ち着いたけど指先が気になるのか、手をグーパーしながら指先を動かしている
「・・・お母さん・・・手が・・・ピリピリ・・・」
喋りにくいのだろう。私は瑠璃を抱えて、先日一階のリビングを潰して、作ったばかりの和室に連れて行った。小さな頃と違ってさすがにもう重いわね?
とりあえず、たたみの部屋の壁にもたれさせ靴を脱がし、クッションを、鞄からいくつか出してルリの横に置き、もたれやすくした。
「ちょっと、待ってなさい」
だいぶ呼吸は落ち着いて来た。私は瑠璃に飲ませるお茶をとりに戻る。
リラックス効果の高いレモンバームとカモミールのハーブティーにハチミツをちょっとだけ足した物を作り、瑠璃の元へ行く。
「瑠璃、飲みなさい」
瑠璃はまだ感覚がおかしいのか、両手で支えながらゆっくりハーブティーを飲んだ。
「お母さん・・・ごめん。彼に・・・言われた言葉と・・・被って聞こえちゃって・・・」
瑠璃の頬にスーッと涙だけが流れる。・・・やっと泣けたわね?ちょっとだけ安心したわ。
私は瑠璃の手を握り、ゆっくり撫でながらさっきの言葉を考える。・・・肉体だけが目当て・・・そうだったのか。
転移前、全てが嘘だと言っていた。名前すら違ったと・・・騙して、嘘までついて、目的は娘の身体。・・・流石にキツいわ
ふーっと息を吐く。
「瑠璃、お母さん決めたわ」
私は瑠璃を見ながら固く決意した。
「お母さん、このままこっちで生活しようと思うの。瑠璃が元の世界に戻りたいなら戻ってもいい。でも、お母さんはこちらに残るから瑠璃も好きにしていいからね?」
瑠璃は「え?」と驚いている。
当然だろう。瑠璃は、私がずっと1人で店を経営して来たのを見ていたんだ。簡単に手放すわけが無いと思っていただろう。だから必ず帰らなきゃと考えていた筈だ。
戻ればまた奴に会ってしまうかもしれない。その不安はかなりのものだったろう。世界が違えば二度と会う事は無くなる。その方が安心出来るはずだし、新しい人生を考える事が出来るはずだ。
「瑠璃は自由にすればいい。焦らなくていいのよ。ゆっくり考えなさい。生きる世界も、共に過ごす人も、好きに選んでいいのよ?」
私は、あちらの世界の私の店や、お客様達に心の中でさよならを告げた。
透子は、こちらの世界で生きていく決意をしました。娘が幸せになるには、全て捨てても帰ら無い方がいいと判断したけど、娘が帰るなら一緒に帰るつもりです。
次回は、あの人がパパ化します
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