帰りたいけど帰れない 前編
酒飲みが多いフェルゼンでは、夕方になるとアルコールを扱う店以外は閑散としてくる。皆、とりあえず酒!と、酒場か飲酒可能な食堂に集い騒ぐ。
「メシヤ」は酒を扱わない純喫茶を目指しているので、例外なく夕方になると暇になる。そもそも楽しむ為に営業しているので、暇なくらいが丁度良い。
「プッツェン、今日はお疲れ様。ちょっと早いけど、そろそろケルナー達も来るだろうし、閉める準備をしましょうか」
日参ケルナーは相変わらず滑り込みでやってくる。ゆるい日と、そうで無い日があり、キッチリしたままの日は、また戻って仕事がある日だと知った。
カランカラン♬
「ただいまぁ、お母さんいつものミルクティー入れて・・・」
瑠璃がデートから帰宅したようだが・・・
「なんだか偉く疲れているわね?どうかしたの?運動不足だった?」
歩き回って疲れたのだろうか?
「違うわよ、アイツらがずーっと影から見て居たの。その割に居たり居なかったりするから、却って気になって・・・お母さんなんか知ってる?」
あの子達見つかったの?バカね?
「あの2人自称瑠璃親衛隊だから、今日は護衛しに行ったのよ。この国は兵士が多いからゼーネンだと瑠璃を守れなくて危険だ!って言っていたわよ?瑠璃モテモテね?」
皆いい子だから大歓迎だわ。私は瑠璃に甘いミルクティーを差し出した。
「親衛隊って・・・まぁ確かにゼーネンだと頼り無いとは思ったわ?優しいけど強さは無いわね?護衛がいるなら安全かもね?」
瑠璃はミルクティーを一口飲んでふぅとため息を吐いた。
「ゼーネンはどんな感じだった?」
私は少しでも瑠璃の心に刺さったならいいと思ったが・・・
「ん?普通に友達よ?薬草園持ってるだけあってこちらの薬草には詳しかったわよ?」
ん、ビジネスモードだったわけね?ゼーネンは薬草とセットの時だけ認識されてるわね?
「・・・瑠璃はまだ辛かったりする?」
私は片付けをしながらちょっとだけ踏み込んで聞いてみた。
「んー、どうかな?色々あったからだいぶ前に感じてるけど・・・今は全く恋愛とかできそうも無い・・正直怖くて無理!」
瑠璃は言葉を投げて、辛い気持ちと一緒にミルクティーを一気に飲み干した。狂おしい痛みは引いたようだけど、心はかなりささくれ立っている様だ。
「そんな事よりお母さん!私マカロニグラタン食べたい!今日途中からずーっと頭の中がマカロニグラタンだったの!」
瑠璃は立ち上がるなり叫ぶように言うけど、こちらの世界にマカロニは無い。でも、任せとけ!お母さん瑠璃の為なら頑張るわ!
「マカロニから作らなきゃだわ?」
私が、そう言えば
「前に作ったパスタ、乾麺にしてあるから、形状変化すれば出来ない?」
瑠璃!ナイスアイデアだわ
「瑠璃でも形状変化は出来るわよね?私は折角だしパスタ生地を作っておくわ」
形を変えたり、乾燥させたりは瑠璃に任せよう。何がすれば気持ちが、紛れるだろう。
私はパスタ生地を作る為に、自家製の大きな木製のボウルを取り出した。蕎麦やうどんを捏ねる鉢のように平たく作った。
大きめのボウルに粉を入れて、中央をくぼませて「火山」のような形にする。くぼみに卵、オイル、塩を入れ、指で少しずつ粉と混ぜていく。
粉が水分を吸ってきたらひたすらこねる。最初はボソボソだ、根気よくこねると滑らかになり、ひとまとまりになったら乾燥を防いで30分〜1時間休ませる。
寝かせた生地を薄く伸ばし、好みの太さに切れば完成だ。マカロニを形状変化で作り、他にも様々な形のパスタを量産中の瑠璃に、パスタ生地のカットも頼む事にした。
「瑠璃、マカロニ貰うわね?ついでにパスタ生地カットしてくれる?プッツェンは手が空いたら、サラダの用意してくれるかしら?」
シュガーポットの補充をしているプッツェンに声を掛け、私はグラタンを作り始める。
スライスした玉ねぎと鶏肉をバターで炒め、玉ねぎがしんなりしたら、火を止めて小麦粉を入れてよく混ぜて馴染ませる。
混ぜながら牛乳をゆっくり注ぎ、マカロニも投入したら弱火で煮込む。マカロニが水分を吸って柔らかくなり、ソースにもとろみが付いたら器に入れて、チーズをたっぷりかける。
このまま焼いてもいいが、私はチーズの上にパン粉をかける派だ。カリカリが楽しいからだ。作っておいたパン粉を表面にふり、バターのカケラを乗せオーブンに入れる。
いい香りが漂い始め、オーブンの覗き窓から覗くと器の縁がふつふつしている。もう少し焼くとパン粉がかりかりになる。
「グラタンってカロリー高いわよねぇ・・・」
呟きながらお腹周りをつい触ってしまう。最近よく食べるから、積み重なって来たの・・・
瑠璃とプッツェンも、それぞれお願いした作業が終わりそうだ。今日はシュラーフも来るから、ケルナーの来店を待たずに閉店してもいいだろう。
以前、ケルナーが来るより前に閉店したら、彼は入り口で引き返して帰ろうとした。姿が見えていたから慌てて止めた事がある。だからいつもケルナーが来るまでは、閉店作業をしながら待っている。
彼曰く、客として営業時間外にお邪魔するのは図々しく感じて嫌らしい。いる間に閉められるのは構わないとか。
自身が客である場合の礼儀は気にするが、店側から客として扱われ無い事は気にならないらしい。ケルナーらしいと思う。
サインボードを仕舞いに行くと、城門方面からシュラーフとケルナーが歩いてくるのが見えた。聞いていた時間通りだ。
「あれ?トーコ、お出迎えしてくれたの?」
シュラーフはニコニコしながら、ケルナーは私がサインボードを仕舞いに出た事を理解しているから、無言で代わりにサインボードをしまってくれた。
「・・・おかえりなさい。グラタン出来てるから、手を洗ったら直ぐにご飯よ?」
私は笑顔で2人を店内に迎え入れた。
今日は大事な話をするから、しっかり腹ごしらえしないとね?




