婚約者を信じていた日
人の弱みに付け込むなんて・・・酷いわよね?
瞼は閉じている筈なのに光を感じる。朝だ。起きなくちゃ
でも、まだ眠い、起きたく無いなぁ、だけど仕事行かなきゃ…
と思って、起き上がり思い出す。
そうだった、異世界に来ていたんだ
のそのそとベッドの隅に這っていき、ベッドから降りる。
無駄に広いベッドだ。
シングルと違って直ぐに足を下ろせない。
壁の仕切りを抜けて、隣の居間?キッチン?に向かうと
昨夜調べていた薬草がそのまま置いてあった。
母が気を回して、敢えてそのままにしてくれたのがわかる。
続きでもやろう。
とそこに向かうと卓上に一枚のメモがあった。
『空間魔法のポーチに"聖女焙煎!オリジナル珈琲"がティーポットに入れてあるから飲んでね?目はギラギラするし、何故か疲れも飛ぶよ!母は珈琲のせいで目が冴えて、眠れなかったから多分寝坊する。よろしく』
と、書いてあった。
ポーチを覗くと確かにポットはあるけど、カップは無い。
母らしいなとクスッと笑う。
私はカップを探そうと、母のメイドエプロンを探す。
母の事だからきっとダイニングの椅子に掛けているだろう。
とダイニングテーブルに目を向けたら、
案の定そこにエプロンはあった。
私は母のエプロンからカップを1つ取り出した。
エプロンの収納には、私の好きなミルクティーの準備がされている。
口には出さないけど、
物凄く心配しているのが分かる。
母は、思春期辺りから、私の事が最優先な癖に、私が話したく無い事には
敢えて踏み込まず、私から動くか、私自身が手に負えなくなったのを見計らって声を掛けてくる。
全てを伝えなくても把握するけど、
今も本当は、私から話し出すのを待っているのだろう。
私は昨日の朝迄は幸せだった
でも、今考えたらおかしな事が沢山あった様に思う
私は仕事が好きで毎日楽しかった。
学生の頃から付き合っていた彼氏が居たけど、仕事が楽しくなりすぎて、
彼氏そっちのけで働いていたら、長年付き合った割に
あっさり振られてしまった。
私的には、私が薬草や薬品が好きな事は知っていたから、
大丈夫だと思っていたんだ。
最初の頃は会えなくて申し訳ないと思っていた。
彼の「大丈夫。瑠璃は頑張ってるんだから気にしなくていい」なんて
物分かりのいい事を信じていたら
「俺、子供出来たから結婚するんだ。瑠璃は俺がいなくても大丈夫だよな?」
と、びっくりする程簡単に浮気を暴露された挙句、
その女に子供が出来て結婚してしまった。
流石に私は凹んだわ。
ずっと仕事ばかりしていたから、生活に変化は無い分
行動自体には混乱は無かったけど、かなり傷ついていたんだ。
そんな時に、行きつけのコーヒースタンドで毎日顔を合わせる男が、
ある日突然話しかけて来たんだ。
「あの、何か悩んでいるんですか?」
スタンドのカウンターで、1人で外を歩く人を眺めながら
コーヒーを呑んでいた時だった。
「あの?どちら様ですか?」
初対面でいきなり悩みとか何?と思ったの
「僕、毎日この店に来ていて、君も同じ時間に来ているでしょう?それだけなんだけど、毎日見かけると、何となく知り合いの様に感じたんだ。何となく最近元気無いなって、思ってつい声をかけちゃった。いきなりごめんなさい」
そう言って手を合わせて謝る彼を
ただのいい人だと勘違いしたんだ。
人当たりのいい彼と、少しだけ話をしてその日はそれだけだった。
でも本当に毎日同じタイミングで店に入って来る。
彼が先の時もあった。
気付いたら2人で飲みに行く仲になっていた。付き合ってなど無い。
まだ私は立ち直って無かったから。
彼にもその話をした。
「そんな男早く忘れた方がいいと思うけど、瑠璃の気持ちが前に進めないのも分かるよ。ゆっくりでいいんじゃない?」
と、理解を示してくれていたから、
私は安心して友人として付き合っていたんだ。
彼は私を口説く事も無かったから。安全だと勘違いしたんだよね。
ある日飲みに行ったら、私は酷く酔ったのか意識を保てなくなって
彼に連れられ、目覚めたらホテルに居た。
横には彼が居た。お互い何も着ていなかった。
私はショックで飛び起きた。その動きに彼は目覚め
「瑠璃、おはよう。びっくりしたよね?でも、僕は瑠璃が好きだったから、許してくれて嬉しかった。夢みたいだ」
と抱きついて来た。私は混乱したわ?だって記憶が無いんだもの。
でも、埋まらない寂しさや、久しぶりの人肌に
何となく流されてしまったのが間違いだった…
私は自分の間違いだと認めたく無かったから、彼を好きになる努力をした。
半年ほど過ぎて、彼から半年後に結婚しようと言われ
母に紹介までした
その頃には、私は彼を好きになっていたんだ。
私達は仲が良かった。
お互い忙しいから、会っている時以外は
余りお互い干渉しなかったんだよね
それが裏目に出た。
「ねぇ、今度の連休、私貴方の家に行って見たいわ?」
彼にそう言ったら
「…分かった。散らかっているのを、あちこち詰め込むから、あんまり見ないでね?」
彼は困った様に笑ったが、私は嬉しかったから気にしなかった。
「お家デートなんて初めてね?」
そう、私は
彼の家に一度も行った事が無かったんだ
彼は両親を事故で失い、親戚付き合いが希薄だった為に、天涯孤独で施設出身だと聞いた。信じていたし、
頑張って来た人だと誇りに思っていた。
でも、母にはまだ伝えられなかった。心配かけたく無かった。
でも、彼は挨拶の時に、母にご両親は賛成しているのか尋ねられた時
「はい、問題ありません。良い相手に出会えたと、あとは好きにする様言われました」
と表情1つ変えずにさらっと母に嘘を付いたんだ。




