共に
──魔王国・私室──
薄闇の中、静かに瞼が開かれた。
レグニスは、意識が浮上するにつれて、己の身体が深く柔らかな温もりに包まれていることに気づいた。冷え切っていたはずの体に、じわりと伝わる心地よい熱。
(……これは……)
身体の上に感じる、しなやかな肌の感触。
その温もりが、自分の胸元にそっと寄り添っていることを理解した瞬間、レグニスの瞳が大きく見開かれた。
そこにいたのは、眠るアヤの姿だった。
驚きと戸惑い、そして湧き上がる愛しさに胸が締めつけられそうになる。何より、己のためにここまでしてくれた彼女の行動に、感謝と幸福が込み上げてくる。
レグニスはそっと、アヤの背中に腕を回し、抱きしめた。眠っている彼女の呼吸が自分の胸に穏やかに伝わってくる。
(ありがとう、アヤ……こんなにも、俺のことを……)
彼はもう一度だけ、その小さな身体を確かめるように抱き寄せ、目を閉じた。
再び穏やかな眠りへと沈みながら、その腕の中にある温もりを噛み締めていた。
──数刻後──
アヤが目を覚ましたのは、ちょうど日が高く昇り始めた頃だった。
自分の肌が露わであることに気づいた彼女は、レグニスの体温を確かめたのち、静かに起き上がり衣服を整える。
「……体温、戻ってきてる」
彼の頬にそっと手を当てながら、心からの安堵が胸に広がっていった。
(よかった……本当に、よかった……)
整えた衣服の裾を直し、アヤは椅子に腰を下ろす。そしてレグニスの手を取って、その指に自分の指を絡めたまま、静かに瞳を閉じる。
──そして──
レグニスが次に目を覚ました時、目に映ったのは、自分の手を握りしめながらうとうとしているアヤの姿だった。
その姿に、レグニスは微笑を浮かべた。
「……アヤ……」
囁くように名前を呼びながら、レグニスは彼女の髪に指を通し、優しく撫でた。
愛おしさが、止めようもなく溢れていく。
(俺はもう……この人なしでは、何も意味を成さない)
彼女の存在が、どれほど自分の心を支えていたのか。
その重みに、今さらながら気づかされる。
──その瞬間──
「……ん……」
アヤが目を覚ました。
顔を上げると、そこには目を開いたレグニスの穏やかな笑顔があった。
「レグニス……!」
「おはよう……アヤ」
たった一言。それだけで、アヤの心は決壊した。
「レイ……わたし、本当に……怖かった……」
堪えきれない感情が言葉となり、彼の胸に顔を埋めた。
震える声で、彼の心音を感じながら涙が頬を伝っていく。
レグニスはその背をそっと撫でた。
「……すまない。君に、あんな思いをさせたくはなかった……」
「でも、わたし……どうしても、あなたを……失いたくないの」
「俺もだ。アヤ……俺の命は、もう君なしでは意味をなさない」
その言葉に、アヤは小さく頷き、胸の奥で秘めていた想いを解き放つ覚悟をした。
(……ずっと感じてた……でも、今は……言える)
アヤは顔を上げ、まっすぐにレグニスの瞳を見つめる。
「わたし……あなたのこと、愛してる」
その告白に、レグニスの瞳が驚きと歓喜に揺れた。
「……アヤ……」
彼女の頬に手を添え、額を寄せ、そっと唇を重ねた。
それは、永遠に続くかのように穏やかで温かい、確かな愛の証だった。
──そして、二人の間には、もう隠し事も、迷いもなかった。
ただ、お互いを想い合い、支え合う決意だけが、そこにあった。
緑に包まれた静かな谷間。風が木々を揺らし、鳥のさえずりがどこか懐かしく響く。
そこに、苔むした屋根の小さな家があった。
レグニス──いや、“レイ”がかつてアヤと共に暮らしていた場所。その家に、ふたりは再び立っていた。目隠しされていた手が外された。
「……ここは、あなたと私が過ごした家……」
アヤはそっと、古びた扉に手をかけた。
きぃ、と軋む音とともに開いた家の中は、思った以上に整っていた。
木の香りが残る床と梁、色あせた布のカーテン、小さな台所──ふたりの記憶がそのまま残されていた。
「誰にも触れさせていない。……ここだけは、俺にとっての“救い”だったからな」
レイの声はどこか遠く、少しだけ震えていた。
アヤは、まるで夢の中にいるような心地で室内を見回した。
「あの薬棚、まだ残ってる……。よく失敗したっけ」
レイは微笑みながら頷いた。
「今日は、俺が夕食を作る。アヤは、座っていてくれ」
エプロンを手に、台所に立つレイ。
アヤもつい立ち上がる。「私も、手伝う。せめて野菜くらい──あっ!」
手元が狂って水桶を倒してしまい、びしょ濡れになった足元にアヤが悲鳴を上げる。
「……変わってないな」
苦笑しながらレイがタオルを持ってきてくれた。
「手伝い禁止って、今度こそ守るわ……」
笑いあいながら、窓の外には夕暮れの光が広がっていった。




