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2人の力で

──魔王国・魔術研究特別塔 黎明の間──


 空がほんのりと朱に染まり始めた頃、塔の最上層、静かな光が差し込む空間にアヤとレグニスの姿があった。


 結界と封印によって守られたこの空間──黎明の間は、古代より伝わる「封印の間」へと通じる唯一の前室であり、魔王であるレグニスと、今や彼に並び立つ医術士アヤのふたりが、決して誰にも邪魔されぬよう静かにその時を待っていた。


 氷のような静寂が満ちる空間で、先に口を開いたのはアヤだった。


「準備は整ったわ。魔核の構造はほぼ解明されたし、熱破壊と封印式の併用も……理論上は問題ない」


 彼女の手には、封印術式を記した蒼い魔術書と、現代の科学知識を融合させた封印道具の設計図があった。それは“古代の術”と“現代の理”が融合した、まさに新しい世界を救う鍵となるものだった。


 レグニスは静かに彼女を見つめた。


「……君は本当に、どこまで進むんだろうな」


 アヤが小さく首を傾げる。


「なに? 急に感傷的ね」


「いや、違う。ただ……あの時、氷の中で初めて君を見たときのことを思い出していた」


 レグニスの瞳に微かな微笑が浮かんだ。


「人間で、傷だらけで、けれど誰よりも強くて。──この人に、すべてを預けてみてもいいかもしれないって、そう思った」


 アヤは言葉を失ったまま、数秒、彼を見つめ返していた。


 そしてふっと笑い、


「その感覚、間違ってなかったみたいね」


 その笑みは、今までの戦いのすべてを、困難を、誤解も痛みも乗り越えてきた者だけが持つ、静かな強さを帯びていた。


 レグニスは少しだけ顔を逸らした。


「アヤ……この先の儀式で、君に危険が迫る可能性がある。いくら君の力が並外れていようと、それでも、魔核と直接接触するのは……」


「ダメよ」


 アヤの声が鋭く空気を切った。


「私がやるって決めたの。レグニス、あなたが全部を背負うのは、もう終わりにしましょう」


「……私は王だ。民の命を守るのが……」


「そう、あなたは王。でも同時に、“レグニス”でもあるでしょう?」


 その言葉に、彼は何も返せなかった。


 アヤはゆっくりと歩み寄り、彼の手を取った。


「私は……あなたを守りたいの」


「……アヤ」


「あなたが私を守りたいように、私もあなたを守りたい。だから一緒に行く。一緒に封じる。それが……“ふたりで生きる”ってことなんじゃないの?」


 手の温もりが、静かに確かに、レグニスの冷えた心に沁みこんでくる。


「君は……どこまでも強いな」


「そうでもないわよ。あなたがそばにいてくれるから、私も前を向けるだけ」


 レグニスはその言葉を胸に刻み、深く頷いた。


「分かった。ならば……すべてを共に乗り越えよう」


 その瞬間、結界の奥にある封印の扉が、音もなく開き始めた。

 白銀の光が差し込む先に、真なる封印の場が待っている。


「行こう、アヤ」


「ええ。行きましょう、“ふたり”で」


 彼らの足元に、淡く魔素の光が満ちる。


 次に向かうのは、過去と未来が交わる、運命の場所。


 それでも、彼らの心には迷いはなかった。


 なぜなら——もう独りではないのだから。




──封印の間──


 夜明け前の空は、まだ深い青を湛えていた。空気は冷たく澄み、星々が淡く瞬く中、魔王国の奥地——かつて大封印の儀が行われたという伝承の地へと、ふたりの影が向かっていた。


 アヤとレグニス。


 魔核という災厄を前にして、その源を断つための最後の旅路。


 封印の間は、魔王城のさらに地下深く、誰も立ち入ることのなかった古の階層に存在していた。


 「……ここね」


 アヤの声が、石壁にこだました。


 冷たく重い扉の前に立ったふたり。


 レグニスはゆっくりとその手を扉に当て、静かに魔力を流す。彼の掌から広がる蒼い光が扉全体に染み渡り、音もなく古代の封印が解かれた。


 重々しい扉が開くと、そこには広大な空間が広がっていた。


 中央には、巨大な魔法陣。床一面に彫られた文様は今なお輝きを保ち、空気には確かな残滓——かつての“力”が残っている。


 「これは……」


 アヤはそっと手をかざし、空間全体に漂う魔素の流れを読み取る。


 「封印の跡……でも、これは“部分的な封印”だったのかもしれない」


 「その可能性は高い」


 レグニスが頷く。


 「ここに来て分かった。かつて語り部が見せたのは、犠牲の儀式ではあったが……完全な封印には至っていなかった。いや、あるいは——封印が“分断”された可能性もある」


 「分断……?」


 アヤが首をかしげた。


 「つまり、一つの魔核を完全に封じることができず、いくつかの“核片”がこの世界に散った。そのひとつが今回、飛竜の中で発見されたもの」


 「……他にもあるの?」


 その可能性に、アヤの背筋が凍った。


 封印は、完全ではなかった。


 その証拠が今、目の前にあるこの魔法陣。そして、かつてアイシャ——アヤの前世が命と引き換えに施したはずの封印の“名残”。


 「この陣、まだ機能してる……わずかにだけど、魔素の循環が続いてる」


 アヤが膝をつき、指先で床の文様をなぞる。


 「ここに、私の前世がいたのね……」


 レグニスはそっとアヤに寄り添い、その肩に手を置いた。


 「……彼女の想いが、今もここに残っている」


 「でも、それだけじゃ足りなかった。封じきれなかった。だから、今度こそ完全に——」


 そのとき、床の魔法陣が淡く発光した。


 「……何か、反応してる」


 アヤの手元の端末が点滅し始める。魔核の反応だった。


 「遠隔観測でも感知してる……ここの魔素に、反応してるのよ。やっぱり、繋がってる」


 アヤは立ち上がり、決意の眼差しをレグニスに向けた。


 「封印を更新するだけじゃダメ。構造そのものを理解し、根源を断ち切らなきゃ。また繰り返すことになる」


 レグニスも頷いた。


 「私の役目は、魔素の制御と構築……君の役目は、命と知識を繋ぐこと。ふたりでこそ成せる封印だ」


 ふたりは魔法陣の中心に進み、両手を交差させた。


 魔力と知識、感情と記憶、過去と未来。


 すべてを繋ぐために——新たな封印の準備が、ここに始まった。

 それは、過去の痛みと向き合い、未来を守るための儀式。


 そしてふたりの誓いは、古の封印の間に、新たな“光”を灯すことになる。


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