座標F-12
黒灰色の空が重く垂れ込め、風は瘴気を含んで鈍く肌を刺す。指定された座標、地底封印遺構の更なる奥——F-12地点に、王国と魔王国の合同調査隊が到達した。
魔王国軍からは第三騎士団が、王国からは東方辺境守備隊の精鋭が派遣されていた。前衛を担う兵たちの表情は緊張に固く、誰ひとりとして口を開こうとはしない。その場には、レグニス・アーガイルとレオンハルト・アデルナ、ふたりの王の姿もあった。
魔核反応——それはアヤが命を削って探知したもの。その座標には、通常の魔核より遥かに強い魔素の波が渦巻いていた。
すでに辺境の魔物たちは凶暴化の兆しを見せており、今この地が魔素の“中心核”と化していることは明白だった。
「……この空気、明らかに異常だな」
レオンハルトがつぶやく。美丈夫ながら厳しさを帯びた目が周囲を見回し、兵の配置を確認していく。
「アヤ殿の予測通りだ。これが感染の源……あるいは、それに近い何かだろう」
その声は重く、だが揺るぎなかった。
一方、レグニスは地面に片膝をつき、魔素の流れを指先で読み取っていた。
「……この魔素の濃度。今までの比ではない。下手に近づけば、意識を持たぬまま変質する。……だが、我々はここまで来た。戻る理由は、もはやない」
彼の言葉に兵たちは背筋を伸ばす。
そして、レオンハルトが歩を進め、部隊の前に立った。
「王国の兵たちよ。お前たちは、この地に何をしに来た? 魔核を奪うためか? 否。命を無為に散らすためか? 否。民を護り、明日を守るためだ」
「此度の敵は、今までにない脅威だ。だが——恐れるな。怯えるな。……お前たちの背には、民がいる。我が王国の名に懸けて、我らはこの地を越え、真実を掴む。進め!」
雄々しい号令に、兵たちの喉が震え、盾を叩く音が連なった。緊張の中にも、誇りと意志が火のように灯る。
レグニスもまた、魔王国軍の兵たちに向き直った。
「我が軍の誇り高き者たちよ。此度の戦は、征服ではない。力を誇示するものではない。……命を蝕む『根源』を討ち、アヤの導いた“光”を証明する戦いだ」
「覚悟せよ。これは、滅びと隣り合わせの戦。だが——我が命に懸けて、汝らを護る。誰一人、死なせぬ覚悟で挑め」
兵たちは無言で頷き、剣を抜いた。
そのときだった。大地が震え、低く呻くような音が辺り一帯に響き渡る。
次の瞬間、地面が割れた——!
轟音と共に、腐臭を放つ瘴気が立ち上る。その中心から現れたのは、かつて見たことのない巨大な魔物だった。
それは、黒紫の鱗に覆われ、腹部が異様に膨れていた。腹の内部——魔核反応が、そこに集中している。
「……魔核を、飲み込んでいるだと……!」
レグニスの声が、息を呑むように漏れた。
「敵の正体は“魔核融合体”……生態魔核の影響で、魔物と魔核が融合した存在だ」
咆哮一閃、魔物が前方の兵を吹き飛ばす。凄まじい風圧と共に、鮮血が飛び散り、悲鳴が上がる。
「前衛! 散開して包囲! 後衛、魔術隊は連携して攻撃を集中!」
レオンハルトが迅速に指揮を取る。
レグニスも手を掲げ、漆黒の障壁を展開した。「防御結界、展開。負傷者を即時退避せよ!」
魔物は咆哮を繰り返しながら地を砕き、炎を吐き、巨躯を揺らして突進する。兵たちは懸命に迎撃するも、敵の力は想像を超えていた。
幾度もぶつかる剣と牙、魔術の閃光と黒煙、倒れる者、叫ぶ者、立ち上がる者。
凄惨な戦場に、レグニスの声が響く。
「動きを止めよ! 魔核は奴の腹の中だ!」
だが、その腹は分厚く、固く、そして不気味に蠢いていた。
王国と魔王国、ふたつの軍勢が初めて真に手を組んだ戦い——だが、その代償はあまりにも大きく、未だ敵の“核心”に辿り着けていない。
そして、アヤがいない今——ふたりの王にとって、この戦は「絶対に持ち帰るべき真実」と「背負うべき犠牲」の狭間にあった。
魔核は、魔物の腹の中。
それをどう取り出すのか——いまはまだ、誰にも答えは出せていない。




