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魔核

──魔王国・研究棟──


 封印の地から戻ったその日から、アヤとレグニスは休む間もなく、それぞれの使命に身を投じていた。


 レグニスは王として、魔王国の現状把握と、迫り来る脅威への対応に全力を注いだ。執務室に積まれる報告書の山、前線から届く悲痛な報せ、アデルナ王国との緊急連絡。彼は報告の全てに目を通し、心を配る。


「……被害の報は未だ増加傾向か。疫病によるものか、それとも……魔核の影響か」


 その声には焦燥はなかったが、深く静かな怒りが滲んでいた。民を護るべき王として、何一つ見過ごすつもりはない。彼の背筋は常に伸び、王としての威厳と責任を宿したまま、重い決断の一つひとつを黙して受け入れていた。


 一方のアヤは、研究棟の最奥にある実験室へと篭もり、封印の地から命を削って持ち帰ったクリスタルの分析に集中していた。


 それは魔核を宿す異質な結晶体——ただの鉱石ではない。


「……この反応。やっぱり、魔素と……ウイルスが結びついてる」


 アヤは息を潜め、魔術顕微鏡を覗き込みながら呟いた。その視界の中で蠢く粒子は、確かに見覚えのある病原体の形をしていた。


「狂犬病ウイルスに近いけれど……違う。これは、進化した魔素適応型の亜種……」


 彼女は資料をめくり、過去に自ら作成したワクチンの成分と照らし合わせていた。


 魔素により活性化し、感染速度を異常なまでに高めるこのウイルス。その挙動は、自然発生したものとは思えない。


 アヤの指先は震えていた。恐怖ではない。責任感と、突き止めなければという強い意志に突き動かされていた。眠る時間を惜しみ食事すら簡単に食べられるものしか手にしない。


前世で救命室に居たときのような緊張感と使命感がアヤを動かしている。


 その時、静かに扉が開いた。


「……アヤ。ここにいたのか」


 柔らかな声。振り返ると、レグニスが静かに立っていた。彼の表情はいつも通り穏やかだが、その眼差しには彼女への深い心配と敬意が宿っていた。


「レイ……ごめんなさい。もう少しだけ、このクリスタルを調べたいの」


 アヤは立ち上がり、疲れた身体に鞭打って装置の魔術回路を整える。


「君が謝る必要はない。……だが、無理はしないでくれ。君の力は、もはやこの国の未来そのものだ」


 その言葉に、アヤは小さく微笑んだ。


「ありがとう。でも……私は、私がやるべきことをしたい。これは、あの時レグニスが命懸けで守ってくれたもの。無駄にはしたくない」


 レグニスは一歩近づき、アヤの肩にそっと手を置いた。その手は優しく、けれど確かな意志を持って彼女を支えていた。


「ならば、私はここで君を支える。君がこの空間で闘っているのなら、私はここにいる」


 アヤはその言葉に力をもらい、再びクリスタルへと向き直った。


 クリスタルは静かに淡い光を灯していた。しかしアヤには、それがまるで呼吸しているように見えた。かすかな魔素の波動——それは確かに“生きている”ものだった。


「……この魔核、生きてる。単なる魔力の残滓じゃない……自我のような、意志を感じる。この魔核が現在いる場所を魔素感知で特定できれば魔物がなぜ変異したのかが解る」


「その理屈は理解できるが、魔素感知魔素感知を広めればアヤの意識が.......」


「根源を立たなければいつまでたっても解決しない。ワクチンは完全なものでもないし、ワクチンが合わない者たちもいる。彼らの命は危険にさらされたままよ」


 魔素感知の能力を高めるため、アヤはソファに座り、体内の魔力を集中させる。全身の神経を通じて、魔力が薄く広がり、空気のように感知の膜を張っていく。


 レグニスがその様子を見て、眉を寄せた。


「魔力の消耗が激しすぎる。……これ以上は危険だ」


「わかってる……でも、今しかないの。これを見過ごしたら、次の機会は来ないかもしれない」


 アヤの声はかすれていたが、その中に確かな覚悟があった。


 レグニスは言葉を飲み込み、彼女の側に腰を下ろす。その瞳は静かに、しかし深くアヤを見守っていた。


 どれほどの時が過ぎただろう。アヤの額には玉のような汗が滲み、唇の色も蒼白に変わっていく。


 そのとき——


「……あった……反応……」


 アヤが掠れた声で呟いた。


 感知の水面に、小さな石が落ちたような反応。わずかな波紋。けれど、それは確かに新たな手がかりだった。


「……場所は……封印遺構の……さらに奥……。最初の探索では反応しなかった空間がある……」


 アヤは言葉を紡ぎながら意識を手放しかけていた。その身体をレグニスが支える。


「……わかった。座標を記録する。すぐに再調査を命じよう」


 レグニスは彼女をしっかりと抱きとめ、片腕でそのアヤの身体を支えた。


「……よくやった、アヤ。……君は、我が国の誇りだ」


 その言葉は、誰よりも彼女を理解するレグニスだからこそ言えた言葉だった。


 アヤはそのまま力尽き、意識を失った。


 彼女の眠る顔を見つめながら、レグニスはそっと額に手を添え、低く静かに誓うように囁いた。


「……君が命を懸けて見つけた真実。必ず、無駄にはせぬ。……私のすべてを懸けて、この国を守る」


 その眼差しは、魔王としてではなく、一人の男としての覚悟を宿していた。


アヤを抱き上げベッドにおろし頬に掛かっていた髪をソッと指ですく......。


「お休み....アヤ」


額にそっと唇を落とし、レグニスはそっと部屋を出た。


すぐに研究棟、軍部、医術班や全ての幹部に召集をかけ情報の共有と方針を告げる。




根源の発見に時間はかからないだろう。


座標は記されている.....。


問題は封印に必要な人員とさらに凶暴化している魔物との闘い。


そして、行くと言ってきかないアヤのこと。




レグニスはアヤが目覚める前に用意を整えた。




 翌朝、アヤの眠る部屋には新たな指令が貼られていた。王の印を持つ直筆の命令。


『研究棟・補助班を即座に再編成。座標F-12区画、再調査を最優先とする。アデルナ王国への共有も周知済み。』


 その書面は、今まさに動き出した“真実の探求”と、"命の攻守"


ふたりの強い決意の始まりを物語っていた。

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