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伝令

 神殿の訓練を終えたアヤとレグニスは、帝国滞在中に与えられていた私室へ戻っていた。

 石造りの静謐な部屋に夕陽が差し込み、薄く紅に染まる。

 訓練で汗ばんだ身体を休めるその隙間――

 部屋の扉が、急ぎの手で叩かれた。


「失礼します! 至急、王国よりの伝令です!」


 現れたのは帝国側の使者ではなく、アデルナ王国から派遣された通信使だった。

 手渡された封書には、王印と共にレオンハルトの名が刻まれていた。


 レグニスが眉をひそめ、アヤと目を合わせた。

 静かに封を解き、文面に目を走らせた瞬間、空気が変わる。


「……魔物の動きが活性化している。辺境地域では討伐部隊が苦戦中。負傷者多数、医術士の応援を要請」


 アヤは息を呑んだ。

「住民にも被害が出てるって……」


「帝国皇帝エドワール陛下には、我らから報告する」


 レグニスは立ち上がり、すでに次の行動を決めていた。


──帝国皇宮・作戦会議室──


 数刻後、エドワール皇帝は情報を整理しつつ、周辺諸侯に偵察と報告を命じていた。


「魔物の出現数が異常だ。魔核の変異反応か、何かが地下で目覚めているのか……」


 その言葉は静かだが、奥には鋭い緊張が張り詰めていた。


 レグニスは会議ののち、アヤと共にノクス=フィアへ戻る準備を整える。

 だが、その出発直前――


「アヤ、少し時間をくれ」


 執務棟の廊下で、レグニスが立ち止まり、アヤを見つめた。


「アヤの魔素は、まだ揺れている。先の訓練で俺がかすり傷で済んだからいいが、次は誰かを傷つけるかもしれない」


「……でも、訓練ではうまくできてた。現場に行かせて」


「戦場は訓練じゃない。感情が揺らげば、それが力に出る。今のままでは判断も処置も鈍る。……自覚しろ。........いや、解っているだろう?」


 アヤは、思わず唇を噛んだ。

 ふと、胸の奥から前世の記憶がよみがえる。


『自分の体調も解ってないの?……そんな人はここから出てって。足手まといになるだけだわ』


 それは、救命室の主任の言葉だった。

 怒りではなく、必死の叱責。


『他のスタッフに申し訳ない、じゃないの。あなたが倒れたら、誰がこの人を診るの? 誰が、他の人を助けるの?.....いい?休憩をとるのは"悪"じゃないの。あなたが戻れば、他の人が休憩に入れる』


 自分を整えることは、誰かを守るために必要な責務。

 そう教えてくれた人の姿が、脳裏に浮かぶ。


「……わかった。私、完璧に仕上げる。必ず!」


 レグニスはうなずき、ふたりはノクス=フィアへと転移した。





──ノクス=フィア・中央執務棟──


 アヤの帰還に驚いた医術士たちは、すぐに緊急会議に呼び出された。

 会議室に展開された地図の上には、赤く光る印が無数に灯っている。


「王国の前線へ医療支援に向かいます。戦場は辺境。被害は兵士だけでなく、一般住民にも及んでいます」


 アヤの言葉に、一同が息をのむ。


「この中から志願者を募ります。条件は厳しいですが、現地で命を必要としている人たちがいます」


 一瞬の沈黙。

 最初に手を挙げたのは、ミレイだった。


「行かせてください。その戦場で、自分に何ができるか、試したいんです」


 続いて、サリア、カルヴァス、魔族のイセルタらが名乗りを上げた。


「俺たちも行く。治療が必要とされるなら、理由はそれだけで充分だ」


 アヤは彼らを見渡し、強くうなずく。


 そして、レグニスが口を開いた。

「魔王国としても援軍を送る。俺は戻って、ヴァシュタール=グラーデンに出撃を命じる」


 場がどよめいた。

 “炎の刃”ヴァシュタールが動く――それは戦況の異常性を物語っていた。


 アヤもまた立ち上がる。

「私は後から行きます」

 前線の状況、状態が状態が解っていない今、それらを把握し必要な人材、物資を揃える。


 真っ先に飛び出していきたい衝動を抑えながら、アヤは先発隊に託した。


 レグニスは魔王国へと戻り、ヴァシュタールに前線出撃を命じる。  同時に、魔物の接近報告が複数届いていた。


「辺境の村々、特に移動が困難な集落から中央への退避を急げ。リュシアン=ヴァルゼイル、受け入れに関しての指揮をとれ」


 命令は即座に実行に移される。





──アデルナ王国・辺境地域・ルド=ゼル村近郊──


 かつて水脈で栄えた村は、今や地獄のような惨状にあった。

 倒壊した家屋、赤黒く染まった地面。

 人と魔物の痕跡が入り混じる混沌の中へ、医術士たちは踏み込んだ。


「負傷者の搬送班、急いで! 子どもがまだ残ってる!」


「この子、毒素が回ってる! 解毒剤が必要だ!」


 ミレイは泥と血にまみれながら、叫ぶように指示を飛ばす。

 サリアは医療用テントで火傷と出血に対応し、カルヴァスは喉を潰された兵士に気道確保の即席処置を施す。


「喉を開ける。押さえて!」


 手際よく器具を扱うカルヴァスの横で、魔族のイセルタが魔法障壁で周囲を防御する。

 戦場の片隅で、命が繋がれていく。


「魔核濃度が高すぎる……これは、自然発生じゃない」


 カルヴァスの言葉に、皆の背筋が凍った。

 その場の誰もが、同じ疑念を抱き始めていた。





──そしてノクス=フィア──


 アヤは夜の自室で、静かに手を胸に当てる。

 遠く、誰かの痛みが聞こえる気がして。


「……もう少し、もう少しだけ調整を。私も、すぐ行くから」


 その祈りは声にならずとも、確かに誰かの命に届くよう願われていた。

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