波形の同調
──魔王国北方・霊峰シェルダレム麓・古神殿跡・地下祭壇室──
薄闇に包まれた地下空間に、魔力の灯が淡く瞬いていた。
黒曜石で組まれた祭壇の周囲には、今や使われることのない石床の医術具置台と、かつて儀式に用いられたという丸環の印。
その中心に、アヤとレグニスの姿があった。
「では、始めるぞ――アヤ」
黒衣をまとったレグニスが、静かに手を差し出す。
アヤは深く息を吸い、その手を取った。
「うん、お願い……レイ」
この訓練は、“魔力律動法・医術応用型”。
目的は、アヤの体内に流れる膨大な魔素と魔力の安定化。
そして何よりも、“実戦での魔力制御”を行いながら、医術としての繊細な操作を習得するためのものだった。
アヤの肉体年齢は25歳。
けれど、膨大な魔王の魔素を受けたその身体は、既に人の枠に収まっていない。
レグニスが手を重ねた瞬間、二人の間に魔力の波が生まれる。
――低く、静かに、一定の間隔で響く心音のような律動。
「まずは、アヤ自身の魔力の流れを“感じ取る”ところからだ」
「……よろしくお願いします!」
「……新鮮な光景だな......」
レグニスがわずかに笑みを見せた。
それは、訓練という厳格な時間の中にも、微かな安らぎをもたらす。
彼女の掌から、じんわりと熱が広がった。
魔力の流れ。
アヤはそれを“見る”のではなく、“感じる”訓練をする。
体内を流れるエネルギー。
それは鼓動に似て、けれど異質なリズムで、己の意思とは無関係に脈打っている。
(心臓の波形....心電図みたいね。レイの波形と....同調....?)
頬が紅くなり顔が熱くなってくる。レグニスが背を向けてくれていることにホッとする。
「次に、ここを見てくれ」
レグニスが祭壇の端に設置された無害な魔素ゴーレムに案内する。
まるで患者のように横たえられたそれには、様々な“症状”が施されていた。
浅い切り傷、毒素の滞留、魔力暴走痕。
「最初は、切り傷の治癒だ。魔力を出しすぎると、逆に細胞が壊死する」
「繊細さと強さのバランス……ね」
アヤはそっと手をかざし、魔力を流す。
――その瞬間、視界が“開いた”。
細胞。
血流。
そして、そこに棲まう微細な菌類が、くっきりと“視える”。
(また……)
魔素視覚が発動したのだ。
自らの意思とは関係なく、能力が暴走してしまう。
頭がずきりと痛み、額に汗がにじんだ。
「アヤ、力を抜け」
レグニスがすかさず後ろから肩を抱きとめ、背に手を当てる。
その手から、安定した魔力の波が流れ込み、アヤの内側を鎮めていく。
「……ありがとう、レイ。大丈夫、少し落ち着いた」
「焦るな。アヤの魔力は今、急速に進化している。制御には段階が必要だ」
そして――第2回目の訓練。
毒素除去。
ゴーレムの中に仕込まれた魔性毒素を、魔力操作によって“選択的”に除去する。
「これを成功させれば、実戦で毒に侵された兵の命を救える」
アヤは集中し、毒素を視覚化。
ただし、今度はレグニスの補助のもと、視覚情報を魔力で制御。
(視たくない時には、閉じる……)
魔力の波が一点に収束し、毒素だけが淡く光って浮かび上がる。
「視えた……やってみる」
繊細に、慎重に、そして正確に。
その“毒”は、アヤの指先の魔力で掬い上げられ、ゆっくりと分解された。
レグニスが短くうなずく。
「見事だ」
アヤは、小さく息を吐いて微笑んだ。
そして第3回目――魔力暴走痕の安定化。
これは難易度が高い。
破壊された魔力回路を再構築するという、まさに医術と魔法の融合だ。
その作業中、アヤの視界に突如、【ステータスウィンドウ】が出現した。
『魔力値:192,430』 『属性:生命/治癒/視認』 『覚醒スキル:命視(改)/魔素共振/未来解析』
(十九万……!? そんな、以前は二千にも届かなかったのに)
驚愕する間もなく、頭に熱がのぼる。
魔力が暴走を始めた。
力が漏れ出す。
「アヤ……!」
すぐさまレグニスが前に出る。
結界を張り、アヤを抱きしめながら魔力を収束する。
「……これ以上は、限界を超える.....」
そのまま、彼女の意識は揺らぎ、抱きとめられるように膝を折った。 アヤを抱き上げ神殿の奥に向かう。
薄暗い神殿の奥。
アヤは簡易寝台に横たわっていた。
傍らには、レグニスが心配そうに見つめていた。
「だから、無理をするなと言ったのに」
呆れたような声音だったが、その瞳はどこまでも優しかった。
「……ごめん。少し、調子に乗ったかも」
アヤは薄く笑い、天井を見つめた。
その視線の先に、奇妙な“光の揺らめき”があった。
「……あれ、なに?」
レグニスが顔を上げ、眉をひそめた。
神殿の祭壇奥。
石壁に彫られた紋様が淡く光を帯びる。
魔力と魔素の共鳴。
レグニスとアヤ、ふたりの力が神殿の古層と反応したのだった。
壁が自動的に動き、奥から石板が現れる。
そこには、魔王語で記された予言文。
「読めるかもしれない……これは古い魔王文だ」
レグニスが指でなぞりながら読み解く。
> “白き衣を纏う異界の者、命を視る者となりて、大いなる疫を制す”
> “されど、その者の歩む未来は、災いと隣り合わせにあり。導く者、傍らに在る時のみ、均衡は保たれる”
アヤは息を呑んだ。
「それって……私のこと?」
レグニスは黙ってうなずいた。
ーその夜ー
帝国内の貴賓室ーレグニスの部屋。
完全遮蔽された防音の空間で、再び二人きりになる。
「レイ……」
「次からは、力を段階的に鍛えよう」
レグニスは静かに微笑む。
「訓練はあの神殿に行って?」
「そうだ....。魔力が暴走した場合帝国が一瞬で地図から消える可能性もある」
「え?....そ、そんなに?」
アヤの慌てた様子にレグニスがクスリと笑みを零した。
「あ、、揶揄ったわね?」
ホッとしながらレグニスの胸をポンッ!と叩いた。気兼ねない掛け合いが心地よい。
「ありがとう......レイ」
正直言って自分が、自分の魔力が怖かった。
そのままレグニスの胸に額を当てる。
「大丈夫だ....俺がいる」
アヤの背をそっと抱きしめる。
膨大な力の怖さを知っている....周りからどのような視線を向けられるかも....。
だが二人なら乗り越えられるだろう......レグニスは想いを秘めたままアヤに寄り添っていた。




