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新たな気づき


 帝国医術省の培養研究所は、帝都でも最高機密に属する施設の一つであり、通常は王族や政府高官ですら立ち入りを制限されている。

 だが今回は、皇帝エドワールの特命によって、アデルナ王国・魔王国の医術交流団に特例として視察が許された。


 アヤとレイ(=レグニス)は、その第一視察団の一員として、厳重な衛生管理区域に案内されていた。

 白衣に似た防護服を身に着け、隔離された廊下を通り、最奥の観察室へと進む。


「ここが、帝国最大の細菌培養室です」


 案内役を務めるのは、帝国医術省の中でも若き実力者と呼ばれる研究官・ヴァイセル。

 彼の説明に従ってガラス越しに見る培養槽の数々は、魔法的構造とは異なる、実に“人の手”による緻密な技術の産物だった。


 培養槽の中でうごめく微細な存在。

 高精度の顕微鏡で覗いた先、アヤはふと、ある違和感に気付く。


 (……これは)


 目の前のプレパラート上に置かれた細菌。それは本来なら顕微鏡を通さなければ見えないはずの存在だ。

 だがアヤには、それがまるで視界のレイヤーの一部のように、色とりどりの粒子や線で鮮明に見えていた。球菌、桿菌、螺旋菌――それらの構造までがはっきりと視認でき、動きすら感じ取れる。


 「アヤ様……顔色が……?」


 同行していた医術士の一人が心配そうに声をかけてくる。


 「……ごめんなさい、大丈夫。ただ、ちょっと……」


 困惑を押し隠しながら微笑んでみせたアヤだったが、内心では強い衝撃と戸惑いが渦巻いていた。


 (見える。細菌が、見える……)


 ガラスレンズを通さずとも、そこにいるはずの細菌たちの形が、直接視界に浮かんでいる。

 しかも、色や形、構造の違いまで。


 (……これ、私の“目”で見えてる?)


 無意識のうちに視界に集中すると、今度はさらに驚くべき現象が起きた。目の前に、淡く光る魔素の枠が浮かび、そこに文字と数値が並び始める。


 《STATUS》

 名前:アヤコ・シノハラ

 年齢:25(転生体)

 魔力量:90,438

 体力:12,021

 耐性:高(毒・菌類・魔素汚染)

 覚醒能力:命視、共鳴領域、新魔術適応


 (久しぶりに見たわ……ステータスウィンドウ……)


 過去、前世で見たデジタルなゲームUIに似た感覚。だが、今目にしているのは現実。アヤの体は確かに変わっていた。


 その魔力量は以前の数十倍に跳ね上がっており、耐性も飛躍的に高まっている。そして、「命視」――。


 (これが……“見えている”理由?)


 ステータス画面は、アヤの意思で閉じようとすればスッと消える。しかし気を抜くと、また浮かび上がる。

 視覚化された細菌や菌糸の動きが、意識せずとも次々に飛び込んでくる。


 (だめだ、これ……視界が、煩雑すぎる……)


 アヤは目眩を覚え、壁に片手をついて息を整えた。


 「アヤ?」


 優しい声とともに、そっと背中に手が添えられる。


 「……レイ」


 魔王レグニス――今は帝国内での医術支援役として“レイ”と名乗る彼は、気配を消すように静かに現れていた。


 「無理はしないで。様子がおかしい....体調が悪い?」


 「……ううん、体調のせいじゃないの」


 アヤはかすかに首を振ると、声を潜めて続けた。


 「後で、少しだけ……相談したいことがあるの」


 レイは短く頷き、 「わかった。視察が終わったら、部屋で話そう」と小声で伝えた。


 視察は順調に進み、分類室では細菌を特性ごとに分けた一覧表や、特定の菌種に対する薬剤試験なども公開された。


 だがアヤは、常に視界に浮かぶ“情報”に集中していた。

 細菌ごとに異なる数値、危険度、感染経路、抗菌性。

 見たくない情報まで視界に流れ込んでくる。

 細菌、空気中の微粒子、菌の活動、そして研究者の手袋についた微細な汚染すら――すべてが、過剰に映る。


 ようやく視察を終え、賓客用の宿舎に戻ると、アヤはレイの部屋へと向かった。

 その部屋は、魔力によって完全に遮音・遮蔽された特別な空間だった。


 「座って....。」


 アヤが腰を下ろすと、彼はそっと対面に座った。


 「……さっきの視察で、変なことがあったの」


 アヤは、目の前で見えた細菌のこと、突然浮かんだステータスウィンドウと、魔力量の異常な増加を話した。


 レイは静かに話を聞き終え、深く頷いた。


 「おそらく、私の魔素が影響している」


 「……やっぱり」


 「君を救うために与えた力は、君の根幹に深く染み込んだ。その結果、君の肉体や魔力の性質そのものが進化したのだろう」


 「でも……見たくなくても、見えてしまう。自分で操作しないと切れないみたいで……もう、疲れちゃった」


 言葉を濁しながら、アヤは額に手を当てた。


 その手を、レイが優しく取る。


 「君の魔力操作を、補助する。今はまだ、覚醒したばかりで制御ができていないだけだ」


 彼の手から流れ込む魔素は、柔らかく温かく、まるで深い湖に包まれるようだった。

 次第に、アヤの視界から不要な情報が遠のいていく。


 「……視界が……静かになった」


 「君の意思が優先されるよう、魔素の流れを整えた。けれど、これは応急処置にすぎない」


 アヤは息を吐き、そっとレイを見つめた。


 「私、この力……未来のために、きっと必要な気がする」


 「そうだな。君はいつも誰かを救おうとしている。その力は、必ず役に立つだろう」


 レイの言葉には、揺るぎない信頼があった。


 「これから、何度かに分けて魔力操作の練習をしよう。毎日、決まった時間を設けて、私が付き添う」


 「ありがとう……レイ」


 アヤの目に、光が戻っていた。


 新たな力に戸惑いながらも、その可能性に向けて彼女は再び歩き始めていた。

 

 「絶対操作できるようになる!」

 宣言するアヤに苦笑するレイ。

 こう決めたときのアヤはできるまで何度でも挑戦する。

 

(諦めたのは......料理だけだったか......)



 出会った頃、共に過ごした時のような関係の二人にレイは優しく微笑んだ。

 

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